4月3日 - Part3


 三日目ともなれば、本来戦う力を持たない民間人でも天使に抗うものがいた。
 元自衛官の三枝 雄二(r2p001644)が率いる一団もそのひとつで、頑丈そうな建物に立てこもると、襲い掛かる天使に徹底抗戦の構えを見せていた。
「奴らだって無敵ではない!」
 仲間を奮い立たせようと自ら最前線に立つ雄二。だがそこに一体の天使が迫り――吹き飛ばされた。
「こんなところで死なれちゃ困るのよね?」
「すまない、助かった」
 天使を吹き飛ばしたのはエルシャ・アスモデウス(r2p002902)を名乗る女性。昨日出会ったばかりの雄二を何故か気に入り、こうして行動を共にして手助けしてくれていた。
 しかし、こうして戦えているのはごく一部でしかない。

「ケーッケッケッ! やれ、ベイビー!」
 高笑いするそれは、人の体に鳥の頭が付いた異形で、天使の一団に属しラルカ(r2p002085)と名乗った存在。指示を出したのはその配下であるキラー・ベイビー(r2p002893)は、巨大な赤ん坊といった姿だがその口元は鮮血に染まっている。
 無数のベイビーはラルカの指示で取り囲んだ人々を次々に食い殺していたのだ。
 その中には、仙道・勲(r2p002646)や仙道・忍(r2p002649)の姿もあった。残っているのはあと二人。
 そのうちの片方である江崎・里香(r2p001044)は、目の前で友人の両親が食われる姿を見てしまい気絶。そんな友人を庇うように抱きかかえる仙道・琴里(r2p000460)も戦う力は持っておらず、目には涙が浮かび体も恐怖で震えていた。
「ひっ……。来ないで……こっちに来ないで!!」
「なっ!? これは……!」
 嬲るようにゆっくりとベイビーが距離を詰めていったその時、琴里が叫ぶと共に正体不明の力の奔流によって、ベイビー諸共にラルカが吹き飛ばされた。
 その力の中心で強い輝きに包まれた琴里は髪と目の色が変化し、背中には鋼の翼が生ええていた。
 何が起きているのか琴里自身にも分かっていない様子だが、その答えが出るよりも先に琴里と里香は光に包まれその場から完全に”消失”した。

「たすけて、おねえちゃん、なずねぇ……死にたく、ないよぉ」
 天使に掴まり、無慈悲にも熱線のようなものを浴びた水織 あんず(r2p000200)は、姉に助けを求める言葉と、血に塗れた髪飾りだけを残して消えたが、これは噂される人の消失とは別物だ。
 目の前で妹を失った水織 かえで(r2p000038)はその場にへたりこみ、そして自分の体の変化にも気付く。
「なずな、なずなぁ……私、わたしも、魚に。お魚みたいに捌かれちゃう。あんずみたいに……」
 両腕に魚のヒレのようなものが生え始めたのだ。
 妹の死と自身のありえない変化にパニックへと陥ったかえでは、そんな言葉を呟きながら茫然としている。
「よくも、あんずを……! かえでは私が守るよ、このお祖父ちゃんの剣で」
 そんなかえでに容赦なく襲い掛かろうとした天使の腕を切り落としたのは柊木 なずな(r2p001269)だった。武器として祖父の形見の剣を持ち出していたが、一般人が剣を持ったところで天使の相手にはならず、みすみすなずなを死なせてしまったが、せめてかえでだけはと必死に守っていたのだ。
 しかし多勢に無勢。追い込まれ万事休すと思ったその時、かえでとなずなは光に包まれて消失した。
 その場にあんずの髪飾りだけを残して。

 皇神 社(r2p001592)は走る。
 二日前に連絡を取った松井 結弦(r2p001185)との連絡が途絶えたからだ。
 この状況で思い描くのは最悪の結末。自分が助けを求めなければそうはならなかったかもしれないのに。と、自責の念に駆られながら夢中で走り続けていくと、いつしかその背には翼が広がり頭上には天冠が輝いていた。
「……」
「松井さん……っ!?」
 漸く見つけた結弦にも翼と天冠が現れていたが、自分の変化に気付いていなかった結弦は一瞬怯む。しかし、一向に襲ってこないどころか、頭から血を流しながら彷徨う姿を見て結弦を守ろうと足を踏み出した。
 体が変異したせいか、社の体は軽く天使相手にも肉弾戦で引けを取らない戦いぶりを見せたが、戦い慣れしていないためにすぐに体力が尽き欠ける。
 動きの止まったところに天使が襲い掛かってきて、もはやこれまでかと思ったその時。背後から鋭い爪で貫かれて天使が倒れた。
「あ、ありがとう……」
「……」
 すんでのところで二人を救った霜星 幾(r2p000812)は無言でいるが、どこか困惑した様子だ。
 幾は天使を殺して回っていただけで、人助けをするつもりは無かったのだ。ゆえに、偶然にも人を助けることとなり、感謝の言葉まで貰えるとは思っていなかった。
 そして胸の中に宿る仄かな暖かさは、その感謝の言葉によるものだろうか。
 その正体を確かめたい。そう思って二人に話しかけようとした瞬間、助けた二人――結弦と社は光に包まれてどこかに消えてしまった。

 天使の姿を見てワダチの魂に刻まれた記憶が蘇る。
 あれは故郷を滅ぼした者たちだと。
 次に訪れたのは諦念。もう地球は滅びるのだと無気力になっていた。
 しかし、天使から逃げるために必死に走る子供の姿を見て考えるよりも先に体が動いていた。その子供に天使の凶刃が迫る直前、飛び込みながら抱きかかえて転がると、自分が引き付けている内に逃げろと叫んでいた。
 子供が再び立ち上がって走り出すのを見てワダチも逆方向へ走る。しかし、ワダチは逃げ切れず捕まってしまい、自分へと無慈悲に振り下ろされる刃を目にする。
 結局ここまでか。そう思った瞬間、ワダチはその場から消失した。

 炎に飲まれた町中を焦燥に駆られるままに走り、蔵岡 水津葉(r2p001005)は実家の神社へと向かう。
 漸く辿り着いて鳥居を潜れば、大災害が嘘のように静かで大きな被害も見られず安堵するが、ここまで来たのだからと家族が無事かを確認しようと本殿へとむかい、さっと戸を開いた時だった。
 本殿内に広がる光景に水津葉は瞠目し、慟哭する。
 父も母も妹も。血の海に沈み二度と動くことは無かったのだ。
 直後に響く絶叫は、水津葉が消えるまで続くのであった。

 破局が訪れたのは日本だけではない。
 正しく世界規模であり、日本から遠く離れたギリシャでも。
 病弱でベッドに寝たままのKastor Willy(r2p002743)は、異変を感じ取って使用人に外を観に行かせたが帰ってこない。
 両親も帰らず一人の室内で発作が起きて、命が削られていく実感がする。
 人に頼らなければ薬も飲めない自分自身の体を忌々しく思いながらカーテンの閉まった窓を見る。
 そとで何かが起きているのは間違いない。あと一年も生きられないのならば、最後は安らかに終わりたかった。そんな願いが叶わぬと察した時、Kastorの姿はベッドから消えてその家は無人となったのだった。

 なんと酷いものだろうか。目の前に広がる破壊の痕を見て姫野 時雨(r2p000780)は思う。大切な教え子は全員が命を落とし、娘も目の前で消えた。
 絶望が胸を埋め尽くすには十分すぎるほどの衝撃。しかし、同時に簡単に屈してなるものかと奮起する。こんな事態を引き起こした天使を憎悪に燃えた瞳で見据え、最後まで足掻き続けようとその場から駆け出すと、道端に座り込んでいる少女を見つけた。
「大丈夫か?」
「あ、えっと……。少しお腹が空いて……」
 甘宮 ぷらむ(r2p000782)の背中に翼が生えたの昨夜の事。天使に襲われ友人たちの死を見てしまった時だったか。
 悲しみに打ち震えながらも、今の姿を受け入れられる可能性は少ないと考え、避難所から離れた場所で天使との孤独な戦いを繰り広げていたのだ。
 しかし、休みなく戦い続けたせいか、疲労は限界まで募り空腹で動けなくなってしまったのだ。
「世界が元に戻ってくれないかな……」
 空腹で回らない頭の中にふと出てきた切実な願い。それを呟きながらぷらむは消えていった。まるで、始めからそこに誰もいなかったかのように。

 人が突然消えていく。そんな噂が広がっているが、消えるのはごく一部で大半はこの地獄を生き抜かねばならない。
 そうした人々の集まる避難所の入り口近くで銃声が響いた。
「しの先輩! お願いします!」
「ジュリ、よくやったね!」
 父の遺してくれた拳銃を構え、四十万 樹里亜(r2p001681)が天使の一体の脚を撃ち抜くと、横から飛び出した氷咲 忍(r2p001702)が医療用のメスで首元を深く斬り裂いた。
 始めは拙かったものの、何度か戦ううちに多少は慣れたのか攻撃の精度が上がっている。
 しかし、それまで戦闘の経験がない少女たちがいつまでも戦い続けられるはずもなく、既に疲労はピークに達して肩で息をしている。
 だが、それでも無力な人々を守るために、このような事態を引き起こした憎き天使を殺すために、戦い続けなければならない。

 大災害発生から三日目の夕方、中原 妃翅(r2p000540)が寄ってくる天使を左手に握る骨剣で斬り裂きながら、横須賀に向けて町中を歩いていると近くから高笑いが聞こえてきた。
「いやぁ! 楽しいね!」
 これだけの災害を前にして、愉快そうにしている茅切 言羽(r2p001009)はコモンウェルスという団体の代表であり、天使の襲来が無ければテロを起こしていただろう危険人物だ。
 体制への反抗を掲げるコモンウェルスとしては、今の状況は望ましいのかもしれない。が、同時に天使が目障りでもある。
「私こういうの結構得意…」
「ねいなちゃん、危ないよ! ちょっと下がっ―――」
「ねいなクゥン? 僕ぁもうバイクの修理したくないんだけど?」
 ゆえに、同士にも天使への攻撃を指示しており、結樹 ねいな(r2p000031)はそれに従ってキーの刺さったままだったバイクを駆って弱そうな天使の一体を撥ね飛ばすと、密輸入していたショットガンで追撃を入れていた。
 明らかに前に出過ぎなねいなに松日 明(r2p003171)が声を掛けるがそれも気にせず戦い続ける。
 そんなねいなを支えるのは、明原 由平(r2p001756)だった。
 突撃に使われるバイクの修復を行ったり、以前に作成していたギリギリ合法レールガンといった武装を渡したりしていたが、荒っぽいねいなの戦いぶりに少々辟易としているようだ。
 補給もままならず極限状態にも関わらず、どこか楽し気に戦うコモンウェルスの面々だが、その中で真っ先に異変に気付いたのは佐奈 弓里(r2p003078)だった。
「ところでさ、なんか由平教授、幼女になってね?」
 変態を拗らせて肉体改造までしてしまったのかと呆れ気味に続けているが、それは天使の物量に押され始めいよいよもって危うくなってきたと感じての現実逃避のようなものだろうか。
 いつの間にか言羽の声が聞こえなくなっており姿も見えず、真っ先に逃げたのかと思った弓里は自分もまた逃げようと動く。
「私等も無理だね逃げ――」
 最後まで言い切ることもなく弓里は消えた。弓里だけではない。由平もねいなも消え、その場には明だけが取り残された。

 家族と避難所へ向かう途中の来栖 凛(r2p002181)は、どこかで拾ったらしい鉄の棒を武器とし、襲われても家族を守るために戦うつもりでいた。
 しかし、それが天使に通用するはずもなく、返り討ちにあって家族諸共に殺されそうになった時、迫る天使が真っ二つに斬り裂かれた。
「戦あるところ赤谷あり! この戦場は赤谷の煌陽が平らげる!」
 身の丈を超える大太刀を振り回す赤谷 煌陽(r2p002169)は、殺人剣術の継承者であり闘争を求め天使との戦いに身を投じていたのだ。
 人助けのつもりはないが、天使を狩ってればそういった状況になることもままある。
 アザレア=スクリーム(r2p002421)もそうして煌陽に救われた者の一人だ。天使から逃げる民衆の一人として、恐怖し、逃げ惑い、そして絶望した。
 目の前で死を目撃することだってあった。
 それでも無傷な自分は幸運なのだと勘違いもした。
 そして、いざ目の前に天使が現れると、逃れようのない死に絶望した。
 そんな中で煌陽に救われて見上げた空は毒々しい朱に染まり、もう世界は後戻りできないほどに壊れてしまったのだという事実にどうしようもないほど昂揚したのだった。

「どうした、ひより?」
「声が……」
 避難所を目指して逃げる天原 翔(r2p001321)と天原 ひより(r2p001709)の兄妹だったが、ひよりが足を止めてしまった事で翔も止まらざるを得なくなる。
「くそっ囲まれた! ――ぐわっ!!」
 それを見て天使たちが集まってくると、翔は妹を守るために無謀にも拳を振り上げるが、容易くあしらわれて地面に叩きつけられる。
 動けなくなった翔をよそに、天使が群がるのはひよりの方だ。
「~♪ ~♪」
「ひより! ひよりーっ!!」
 何かに思考を支配されたかのようなひよりが頭に響く謎の歌を口ずさんでいると、その背中からは翼が広がり頭上には天冠が生じる。
 翔の叫びが響く中、ひよりは群がった天使共にどこかへと飛んでいき、残された翔はその後ろ姿を見ながら虚空へと消えるのであった。

 執筆:東雲東



四月三日。二回目の朝日を拝めたね、運がいい。少なくとも昨日死んだ奴らよりは。あるいは、昨日までに死ねなかった分、運が悪かったかもしれない。この二日を生き延びた連中はみんなどこかのねじが外れてしまっているから。

「全く……もう戦うことはないと思ってたのにね。でもやるからには本気だよ」
 音羽 宏大(r2p000532)は、破壊・強盗活動をする者たちに制裁を与えるヒーローに戻るべく、黒の戦闘服に身をやつした。
「残念だけど、これでも昔はヒーローやってたから簡単には負けないよ」
 制圧した相手を拘束した上で避難所まで送り届ける。
「大切なものが増えたから、たとえ僕の勝手でも最後まで戦わせてもらう」
 八神 奏音(r2p000589)はちゃんと考えた。
アレ天使遊ぶたたかうのも面白そうだけど、非常事態だし……もっと大事なことはあるよね)
「混乱に乗じて悪いことをする子達と遊んであげようかな! みんなのため!」
 戦うことは好きだけど、暴力は嫌い。後、武器に頼る奴。金属バット振り回すとかない。
 本能であごを下から上に突き上げる。なんでかって聞かれたら何となくとしか答えようがないがそこが「弱い」
 不完全燃焼だけど、鎖を外してはやりすぎだ。
 いずこかへ逃げる途中の車のフロントガラスをぶち破り、金品は言うに及ばず食料などを強奪する一団に少女は近づいた。
「あ、えと……メ、です」
 夕映えの中、ケイ・アッシュ・クラフト(r2p002557)は制止する。
「悪ならば、殺します、です」
 手にはナイフ。宣言の後、速やかに振るわれる。目撃者の悲鳴。ああ、よい人を怖がらせてしまった。反省。
 悪い人を一人殺せば多くの善い人が救われる。
「あ、苦しいですか。未熟でごめんなさい。練習します」
(ここが終わったら、お兄ちゃんを探そう)
 高音と重低音が絡み合い、怪鳥の鳴き声のようだ。
 安名 素良乃(r2p000429)は、見るからに邪悪な竜のポチ(r2p001426)の背中に乗っている。天使の特徴と同じものをもった少女が、邪竜の背に乗って悲鳴を上げている状態をいかに解釈するか。少なくとも、逃げている二人――二人でいいのだろう。ヒトの目など気にしている場合じゃない。 狙ってくださいと言わんばかりに片や悲鳴、片や咆哮を上げながら跳ね回る主従は徐々に天使に追い込まれていく。
 ポチは、ある程度は戦えるが、素良乃は――まず心が敵に立ち向かおうという気概がない。その時点で無理だ。俗にいうイヤボンさえできない。
 しばらくは戦えるだろう。しかし、どのくらい戦い続ければいいのだ? 一日? 三日? 一週間? 空は天使の群れに埋め尽くされているというのに。
「へ、へへへぇ」
 笑ってる場合じゃない。挑発でもない。じり貧だ。目の表面がジワリとうるむ。ポチは意気軒高。諦めていない。自分とごすずんの未来を。
 ポチが手近な天使にとびかかろうと姿勢を低くし、素良乃が覚悟を決めてその首筋に抱き着いた途端。
 主従の座標は消失した。この時、この場にいないモノになった。
 一族では珍しい雄蜘蛛――ナクア(r2p001451)は断罪する。
「悪ハ殺す。例外なク殺す。慈悲はなイ。求めるナ、祈るなら祈レ」
 ナクアはナクア。悪を、愚カ者を滅ぼす為に生まれた者。ナクア本人がそう定義した。
 だから、ナクアが愚かだと思った者から殺した。
「殺ス、殺ス。一切の慈悲なク貴様らに凄惨な死ヲ。ナクアの糸かラ、悪は逃れられなイと知るとイイ」
 天使も悪人もナクアは分け隔てなく殺した。
 白雪姫 ウルスラ(r2p002212)の手指がすけている。感触はあるのに。
 おととい、両親とはぐれた。混乱してもぐりこんだ瓦礫の下から引っ張り出してくれる魔法使いの女の子がいた。途中でもらったチョコパイは少しずつ食べた。靴も履いている。
 避難所として機能している小学校を足掛かりに両親を探そう。そして助けてくれた人にお礼を――そう思った矢先。
 受付の列から飛び出していた。走る足。もらった靴が透けて。次の瞬間、消えた。
 汐陽 と なめろう(r2p002051)に避難という選択肢はなかった。
水族館に暮らす海獣、魚類、甲殻類たちは物言わぬ家族だからこそ、寄り添い、声なき声に耳を傾けなきゃいけない。
「安心して、俺がきっと守るから……!」
 餌やりに意気込んで走り出した瞬間、体制を崩す。
傾ぐ体。盛大な水飛沫。。春の暖かい水温を感じながら意識は暗転し、未来へと消失した。靴底に転倒原因のイカナゴをつけたまま。
「なに!? いったい何が起きてるの!?」
風見・鶏(r2p001998)は、自分の足がぴったりとしたブーツに包まれていくのに声を上げた。
 拾った杖が光りながら音を出し軽快に回っている。
『落とし物かな。あたしも昔似たようなの持ってたなぁ』
 あっちなら安全そう。こっちなら――。この三日漂うようにしてここに来た。
「家にまだあるかな……帰りたいな……」
 その瞬間の出来事。ただ行先は家ではなく、少し先の未来だということを鶏は知る由もない。
 木田 電理(r2p000350)は、タブレットが入ったいつものカバンを抱きしめていた。インストールされたたくさんの物語。
 電理が逃げ込んだ避難所は比較的平和で、充電が切れる恐怖と戦いながら死の恐怖から逃げるため読書とその十数倍の反芻で時をしのいでいた。
 鞄を抱き枕にして気絶するように眠りにつく。
 そのまま、この時間軸とサヨナラすることになるなんて思いもしなかったのだ。
 ヒリュウ・シルバー(r2p000116)は額の汗をぬぐった。
(皆、皆いなくなった)
 気が付くと肩を並べて戦っていた者が消えている。足元に死体は見つからないし、切り伏せた天使に面影がある者もいない。
 やられたのか、そうじゃないのか。孤立無援という言葉がよぎる。
「それでも、ぼくは絶対に諦めてなんかやるもんか!」
それが、『希望の剣』を受け継ぐ者だから。
「この世界に、未来を取り戻す!」
 背を押す風は、ヒリュウの味方だ。
「その為なら、ぼくは、ずっと戦い続ける!」
 ヒリュウがどうなったか知るモノはいない。
 ネル・シス・キガル(r2p000366)はずっと笑いっぱなしだ。
「えっひ、いやあ大変なことになっとりますねえホント。人も"天使"とやらも入り乱れての大乱闘。イヤア、生きてるってカンジ! 死神なので死んでますけどもねエ!」
 異界からの来訪者。彼女らの世界は滅びている。
「――さ、帰る場所もなくなっちゃったしィ? 人間ちゃんのために、ちょっと暴れていきますかア!」
 そう言いながら、ヒトの形をとれない下位天使をパンをちぎるようにむしり、その辺にほおり出すを繰り返す。
「ええい、あんまり派手に暴れるんじゃあないの!確かに行くあても無い身だけども、これじゃただの八つ当たり――」
 シバ・タタラ・キガル(r2p002810)は、ネルをたしなめた。いつの間にかヒト型の天使が増えている。
「いわんこっちゃない!」
 気が付くと、ネルの特徴的な笑い声が聞こえなくなっていた。気配もしない。
「……ネル? ちょっと、ネル! どこ行ったのよ! まさかアンタも消滅して……」
 考えを巡らせるには押し寄せる天使が多すぎる。ネルのとばっちりだ。
「ああもう数多い! 邪魔なんだから─ッ!」
 小菜名葉 ナナコ(r2p002354)は絶対無敵だった。お嬢様なので。
「何とか実践で戦えるようになりましたわよ!」
 光の矢を乱射し、態勢が崩れたとみるや光の槍を投げつけてくる、
「いかがかしら!?」
 バナナで補給。指導したVioleta machinacruse(r2p002330)に向けて胸を張る。
「なかなかだと思いま――」
「なんですの、これ」
 あっけなくナナコは掻き消えた。手から滑り落ちたバナナの皮だけ落ちていた。
 その後のことはVioletaもあいまいだ。
 寄ってくる天使を斬り捨てつつ、当てもなくナナコと周辺の状況を探った。
 機械と人が入り混じった異装は天使達の脅威を高めたのだろう。一際大きな天使が行く手を阻む。
 多勢に無勢。そもそもナナコが目の前で消失したことによる心理的負荷は大きかった。武装は砕け大剣もひび割れ墜落していくVioletaに追撃をかけることなく天使は次の獲物を狩りに行く。
「ナナ……ちゃん……」
 地に伏したVioletaが這ってでも目指したのはナナコの消失地点だった。
 たどりついたVioletaもまた消失しようとしていた。

 そして、四月四日が来る。長く続く復興の日々が来る。
 この日以降消えた者たちがこの地に現れ始めるまで28年の歳月を要することとなる。

 執筆:田奈アガサ


⚫︎四月三日の絶望/消失
 状況は一向に良くならない。
 BAR烏夜のバーカウンター。そこでうずくまっていたのは、ゲルダ・ドレッセル(r2p002210)だ。
(きのう、から、いたいの、あたまが、背中が、焼けるように、あつくて、いたい)
 一昨日、天使たちの襲撃が始まったあの日、このバーで歌っていたゲルダは一人ステージを降りた。そのおかげで助かった。――一人だけ。
(これは、罰なの? みんなを、見殺しにした、から……)
 このまま死んでしまうのかもしれない。何者にもなれず、愛されないまま。そんなのは嫌だ――。
 そう思いながら、ゲルダは意識を失った。
 絶望は、誰の元にも訪れる。
 クラン・イノセンテ(r2p000453)は行方が分からなくなった妹を探して、街中を駆け巡っていた。
 天使による襲撃から三日目。手がかりが無いどころか、人が突然消えるという噂まで流れている。
「頼む……頼むよ……」
 前向きに考えようと思っていても、つい悪いことばかり考えてしまう。友達も消えたという情報も入って来ている。
「もう俺の家族は……あいつしか居ないのに!」
 その悲痛な声は、ただ空に消えていった。
 そんな状況であることなど知らずに、レイン・シュナイダー(r2p002342)は施設で大人しく待っていた。
 今日は年に一度、家族と会える日だった。しかし、家族が来る気配はなく、施設の研究員たちは慌ただしくしている。
(皆、忙しそう……何かあったのかな)
 だが、今聞けるような状態ではなさそうだ。
 家族から届いた手紙には、『明日良いことがある』と書かれていた。それなのに、だ。
(ちょっとだけ……外に出てみても、いいよね……?)
 少し確認して戻るつもりだった。その後、彼女の行方は分からなくなった。
 慌ただしいのは、どこも同じである。
 花喰 刃弥(r2p001523)は、天使たちと戦い続けていた。だが、その戦いに終わりは見えない。
 丁度、天使たタイミングで、刃弥の元に花喰 百合(r2p002876)――まだ結婚前の七瀬 百合が姿を見せた。
「百合! どうしてこんなところに」
 婚約者である百合は、刃弥に逃がされていたのだ。しかし、百合は戻ってきた。
「ごめんなさい。でも、わたし……本当は魔法が使えるの。戦うことだってできるの。だからどうか、あなた一人でいかないで……嫌いにならないで」
「いいや、嫌いになんてならないさ。俺のことを話しても、変わらず愛してくれた君だから」
 花喰家は武器を身体に宿す一族である。家同士で決められた婚約だったが、それでも、互いに愛し合っていた。
「わがままを言っても、いつも笑ってくれるあなただから。傍に居たいって、思うの」
「……そうか。なら、傍にいてくれるかい?」
「もちろんよ」
 天使が一体、二人の存在に気づく。二人も共に天使を見据える。
 二人が生きる未来を願い、槍を、魔術を振るった。
 同じように、誰かとの未来を願い、戦う者がいた。
 楠木 泰介(r2p000859)は、天使たちに囲まれている橘 恵梨香(r2p000134)を発見した。
「恵梨香!」
 初めて出会った時の状況に似ている。泰介は得物手に取り、大切な彼女である恵梨香を囲む天使たちに立ち向かう。
 長年の研鑽と、仲間から受けた薫陶で磨かれた剣術。それを天使相手に振るう。
(早く、恵梨香を連れて道場へ帰ろう。
 ……このばか騒ぎが終わったら、結婚して一緒に道場継いでくれと伝えるんだ)
 受け入れてくれるかどうかは分からないけれど、泰介はどうしても伝えたかった。その一心で、天使たちをどうにか散らし、恵梨香を救い出した。
「助かった……! ありがとう、泰君」
「どういたしまして。恵梨香、手を……」
 そう言って、泰介は恵梨香に手を差し伸べた。恵梨香がその手を取ろうとした瞬間、異変が起こった。
「――えっ?」
 恵梨香の身体が消えて行くのだ。
「嫌、嫌……! うちの身体が消える!?」
「ま、待って……!」
 泰介の手に恵梨香の指先が触れる直前、恵梨香の姿が消えた。
「ぁぁ……ぁあ? ……ぁああぁあぁあああ!!!」
 恵梨香はどこにもいない。泰介は、恵梨香の手を取ることができず、悲しみ、叫ぶことしかできなかった。
 天使たちの猛攻と同時に起こった悲劇。それは、別の場所でも発生していた。
 母と共に魔法でなんとか家を守っていたベサニー・ボイド(r2p001442)。
(どうして、こんなことになってしまったの?)
 ようやくこの街にも慣れ、友達もできたばかりだった。無事でいて欲しい。けれども、もしかしたら……と考えると、涙が溢れてしまう。
「大丈夫よ」と母はベサニーを抱きしめた。ベサニーはこくん、と頷いた。
 ――そのすぐ後だった。光がベサニーを包み込む。
「な、なぁに、これ……お母さん!」
 母が何か言っていたような気がしたが、ベサニーは聞き取れずにその場から居なくなった。
 同じように外へ出ずに過ごしていた者もいた。山奥の屋敷で幽閉されていたフィオラント・ネクステア(r2p003160)は、屋敷内で天使たちから逃げ回っていた。しかし、回り込まれたせいか、天使から一撃を喰らう。
 双子の妹であり炎を扱う魔術師であるフェニシアが天使を退け、一命を取り留める。
 彼女の傷を回復させようと、触媒を探しに行くフェニシア。フィオラントはそんな妹の背を眺める。
(最期に、フェニシアの姿を見れて……良か、った……)
 フィオラントの意識は、そこで途切れた。それと同時に、屋敷から彼女の姿は消えた。
 続々と、人が消えるという話が出てくる。
 襲撃初日から避難所へ来ていた縫月 星夜(r2p000033)は、守るために天使たちと戦っていた。
(頭が、痛い……)
 重い身体を引きずりながらも、翼が生えた化物を拳で殴る。
(猫たちを……何かを守るために戦ってたはずなんだけれど……)
 頭部を負傷したせいか、記憶が曖昧な星夜。そんな彼女は、遠くにある人物を見つけた。――縫月 夜明(r2p001889)だ。
 夜明は縫月 蒔昼(r2p001640)と、飼い猫たちと一緒に避難所で待っていた。
 だが、姉が帰ってこない。その上、天使が襲撃しに来たと聞き、夜明は戦いの場に出たのだ。だというのに、蒔昼が避難所の外にいる。
「蒔昼! 避難所の中に戻れ! 猫たちがいて文句言われるからって外にいるな!」
 そう怒鳴るが、戻る気配がない。仕方がないので、諦めて天使たちがいるという方を睨みつけた。すると、遠くに星夜が居る。
「姉ちゃん!」
 無事だった、と夜明は安堵した。その声で蒔昼も視認したのだろう。
「ふえぇえ……お姉ちゃん、助けて……!」
 だが、二人の声は星夜には届かなかった。
 星夜は近づかないと、と思い、二人の方へと向かっていた。だが、運命の悪戯なのか、その瞬間、星夜の姿は消えてしまった。
「そん、な……姉ちゃんが、消えた……?」
「……お姉ちゃん? どこに行ったの、お姉ちゃーん……!」
 どこを探しても居ない。弟たちを残して、綺麗さっぱり消えてしまった。
 そんなことが外で起こっていることなど知らず、佐賀野 紫亜(r2p002860)は避難所内で怪我した人たちの手当をしていた。
「大丈夫、すぐ治りますからね」
 優しく声をかけている紫亜だが、外で何が起きているのか分からない、という不安がある。
(だけど、私にできることはこれくらいだから……)
 避難所の外では戦っている人たちがいる。その代わりに、人々を治すのは任されたい。
 紫亜は不安など感じさせない明るさで、元気よく怪我をした人々の手当し続けた。
 外は変わらず悲惨な状況である。
「あー、もう! 鬱陶しいなぁ!」
 この世界に逃げてきた私市 琥珀(r2p000150)は、この世界にも現れた天使たちから逃げていた。
 天使たちと戦っている者たちは、他にも大勢いる。だからこそ、逃げ回っているのだが……。
「た、助けて……!」
「もー、見て見ぬふりはできないんだよー」
 戦う力を持っているのに見捨てることはできない。琥珀はどうにか襲われている人を救助した後、天使たちを撒いた。しかし、
「な、なにこれー……か、かまぁー!」
 その声は、琥珀の姿と共に消えていった。
 姿を消す者が多々いる中、天藍書店の店主である天野 藍蔵(r2p002620)は一人店内で最後の時を待っていた。
(老い先短い身。避難してもしょうがないだろう)
 外からは何やら破壊音が聞こえる。この店が物理的に潰れるのも、時間の問題だ。
(こんな終わりだが、悪い人生ではなかった……)
 店の最後を見届けるために、会計用のカウンターの椅子に座り、いつも通りの日常を続ける。
「ああ、だがもしも。儂に力があれば、昔憧れた英雄になれたのかね……」
 呟いたその言葉は、瓦礫の中に埋もれていった。
 一人、また一人と消えて行く中で、紫崎 天子(r2p001137)は避難所から避難所へ、駆け回っていた。
 一般人を救い出し、天使だなんて嘯く化け物を倒す。それは、消えて行った皆の分も含めて、だ。
 悲しむ顔も、疲れた顔も、見せられない。
(本当は辛いけれど……それも、見せられない)
 そんな思いを抱えながらも駆ける。
 だが、それも限界は訪れる。天子は一人、道端に倒れた。
 見上げた空は、炎と煙と綺麗な星々が散らばっていた。
「どうかこの世界に――『光あれ』」
 星へと伸ばした手は、他の者たちと同様に消えていった。

 執筆:萩野千鳥



 魔術師協会のセーフハウスは激戦の跡を持っている。
 前線で防衛する者達の活躍は流石に魔術師というべきか、数多の階級を蹴散らしている。
 対する千瀨 琉惺(r2p002593)の活躍は彼らに比べれば些か地味ではあった。
 もっともここでいう『地味』は『欠けてはいけないもの』を意味している。
 戦えないことに無力感は、ずっとあった。結界の構築は門外漢だった。
 それでも、きっと『ここにいたこと』に意味がある。
(無力な自分を識ったからこそ、できることだって探せる。父さんたちも、じいちゃんもきっとそう言ってくれる)
 そう自分に言い聞かせながら、マニュアルや魔術書、何より自身の星見の術を応用した魔術式の観測を駆使して食らいついていた。

 アクア・フィーリス(r2p000099)は音無・P・静良(r2p000611)の手を引きながら走っていた。
 天使たちの到来から2日が――いや、もうそろそろ日を跨いだだろうか。
(逃げなきゃ、生き延びなきゃ……! せっかく自由を手に入れたんだから、こんな所で死んじゃうわけにはいかないもん)
 そう思った刹那、ずきりと天使に噛まれた傷が痛む。
 振り返りみた静良は頭を抱えて蹲っていた。
(うぅ……いやだ、いやだ、やめて……痛い声が、悲鳴が、無数に聞こえてくるのだよ……!
 平和なこの世界に来て、もう聞かずに済むって、嬉しいと思ってたのに……こんなの、あんまりなのだよ!)
「セラちゃん、絶対手を離さないで!」
「……アクアちゃん、絶対手は離さないのだよ。
 お願いだからボクを一人にしないで欲しいのだよ!」
「大丈夫、一人には……」
「……えっ」
 目を瞠ったのは、どちらだったろう。
「何? 体が、消えて……セラちゃん!セラ―――」
「……体が、何なのだよ! アクアちゃん、やだ、やだ!アクア―――」
 そうして、どちらともなく2人の姿は消失された。

 北方の小国の片隅で、ジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァ(r2p000400)は祈りを重ねていた。
 本当なら、今頃は日本へと旅立っているはずだった。
 空の上で飛行機が墜とされた可能性も考えば、それは一種の幸運であったのかもしれないが。
 3日が経過する中、未だ騎士団長たる父カジミール・スフォルツァ(r2p000881)との連絡は取れないでいた。
 父を探し続けて3日、気付けば不安と恐怖で食事も安眠も出来てなかった。
「お母様……どうか、どうか……わたくしとお父様を、お守りください……!」
 ――あぁ、それは果たして幸運であったのだろうか。
 願い、祈る乙女は、その姿のままに忽然と姿を消すことになった。
(ああ、愛しいジェーヴィ……私と妻のたった一人の宝物。
 お前に何かあったら私は……私は……!)
 そして、それはジュヌヴィエーヴを探すカジミールとて同じであった。
 今は亡き最愛の妻と瓜二つであった愛娘は文字通りに目に入れても痛くはない。
「ええい、退け! 私は娘の元に行かねばならないのだ!
 天使を両断して周囲を見渡し、娘の名を呼ぶ。
 もし怪我をしていたら? 瓦礫の下で動けなくなっていたら?
 嫌な想像ばかりが巡っては理性で振り払う。
 それはまるで神の天罰かのように、こんな状況で離ればなれになるぐらいなら――
 過る最悪を振り払いながら、カジミールは会えるはずのない娘を探し求めた。

 ぼんやりと宇治橋 アキラ(r2p000947)は歩いていた。
(もう何も思い出せなくなってきた。僕の名前は? 何が好きだった? 誰が好きだった?)
 ふと気づいたのは手を引いてくれる早吸 真砂美(r2p000166)の姿。
(この子は誰? ――最後に大事な人くらい思い出させてよ神様)
 立ち止まったアキラに気付いて真砂美が振り返って、いつものように笑っている。

 ――いつものようにって? あぁ、でも。そっか。
 君の名前も伝えたかったことも、最後に少しだけ思い出せたかもしれない。

「僕……真砂美のこと好きだったみたい」
 ぽつり、気付けば声に出していた。
「にょわっ! アキラ先輩、まさみんのことが好きなんだ~」
 近づく天使達を浄化しながら、真砂美は驚いたようにも見える仕草を見せた。
(『愛する』って何なのか。ずっとずっと、知りたかった。
 でも結局分からなかった。皆と一緒に過ごしてたのにね)
 先輩はどんな気持ちだったの?
 問いかけたい気持ちがあったけれど――それはもう、一生聞くことなんて出来ない。
 だって、ほら。こんなにも――

 天冠を戴き、孔雀のように翼を広げた『先輩』に、真砂美がかける言葉は決まっている。
「またね、先輩」
(……もっとちゃんと心配してくれる子のこと好きになればよかったのに)
 手を伸ばして、彼をどこかへと押し流す。
 誰の手にも届かない所へ、逃がしてあげた。

 天使達の襲撃から3日目が来ていた。
 チャラオ(r2p001925)は主人の尾家 彩子(r2p001624)や肥島 宅之助(r2p001002)とも逸れながら必死に逃げ回っていた。
 あぁ、けれど。けれども。いつの間にか天使たちの数は増え続け、囲まれる只中にあった。
「ウェイウェイ……!(俺ちゃん食べても美味しくないじゃん! ポンポンペイン待ったなしじゃん!)」
 チャラオの泣きながらの命乞いは通用しているかと言えば怪しいことこの上ない。
 聞きなれず意味の分からぬ声で笑っている天使達はそもそも捕食目的かさえ怪しいところだろう。
「ウェイ! ウェイウェイウェーーーイ!」
 もう、叫んでいた。思いっきり泣いていた。
「む? この声は」
 少しばかり離れた位置にて、宅之助は背筋を伸ばして周囲を見やる。
「宅之助、何か聞こえたかの?」
「チャラオ殿のお声が聞こえたでござる」
「なんと! それは良かった、速く見つけ出すのじゃ!」
 ほっとする気持ち半分、彩子は宅之助を急かせば、短く頷いた宅之助は高台へ跳躍。
「チャラオ殿はいずこにおわすでござる?」
 声のする方を見やれば、群れる天使の中心に確かにその姿を見た。
「見つけたでござる! 彩子殿、着いてきてくだされ!」
「ま、待つんじゃ!」
 場所さえわかればこちらのものと跳び出そうとする宅之助を呼び止め、唄を紡ぐ。
「よし、これで良いじゃろ!」
「かたじけない!」
 彩子のバフを受けるまま、宅之助は群がる天使どもを蹴散らし、チャラオの前へと躍り出た。
「ウェイウェイ!」
 涙ぐんで飛びこむチャラオを受け止めた――その時だった。
「宅之助、チャラオ! そなたら、身体が透けて――」
 最初に気づいたのは彩子だ。再会を喜ぶ間もなく、3人は座標を地上から失った。

「大丈夫だ、父さんがずっと傍にいるぞ。正人兄ちゃんもすぐに来るからな。大丈夫だ」
 怯える我が子を抱き寄せ、心配させまいと撫でてやりながら、無量井 直仁(r2p001721)はそう呟いていた。
 迫りくる天使を切り伏せながら、一つ息を吐く。
(こんな訳の分からないものに殺されてたまるか……!
 まだ邪鬼も復活してない! 俺の使命を果たせてない!)
 倒したばかりの天使を横目に走る無量井 正人(r2p001333)の気持ちは晴れないでいた。
 地獄と化した街を走り続けて既に3日は過ぎている。
 唯一繋がった父との合流はもうすぐのはずだった。
(母さんは死んだらしい……あいつが無事ならいいけど)
 自然と拳を握りながら、視線を向けた先で懐かしい声。
「良かった、無事に合流できたな」
 正人の姿を認め、直仁はほっと胸を撫でおろす。
「正人、これを。邪鬼を討つべく鍛えられた一族の宝だ」
「ありがとう……皆で生き残ろう」
 差し出されたのは一振りの刀。それを受け取って顔を上げる。
 そこにいる父親の顔が、驚いているように見えた。
「兄ちゃん……?」
「大丈夫だ、父さんがずっとそばにいる」
 忽然と消えた兄を呼ぶ我が子を、直仁は抱きしめる事しかできなかった。

 荒く息を吐いて、紫乃崎 栖(r2p000386)はあてともなく走り続ける。
 天使たちの襲来から3日が経ったのを広がった視野を包む闇と光で認識していた。
 口下手でお茶目だった父も、おっとりとした優しい母も、栖を庇って奴らに殺された。
 強くて格好いい――そんな兄は、もういない。いるのは化け物だけだ。
「なんで……」
 追われもしないまま、流離い続けた栖がようやく得た安息の地で、沢山の人が跡形もなく消えた。
(ぼく、『独りぼっち』だ……)
 虚しさが怒りへ変わるまで、きっとそう遠くない。

「やあ、君。僕の飼い主にならないかい?」
 日常が崩れ落ちて早3日が経っていた。
 そんな中で時頃田 ツバメ(r2p000108)が声をかけたのは1人の女性だった。
「僕は無能だ。君を救うことはできない。悪いね! でも。僕はヒモだ。
 君の最後の時を、独りにしないことだけはできる。どうかな?」
「つ……ツバメ」
 にっこりと笑って、そう言えば、名乗る前に自分の名前を呼ばれた。
 そこで漸く気づいた。彼女は、随分前に暫く飼ってもらった相手だった。
「信じられないかもしれないけど……大丈夫。
 今回ばかりは勝手にいなくなったりしないよ……おやすみ」
 そっと、まだ残っている顔を撫で、微笑んで、手を握ってやる。その手が力を失うまで握り続けた。

「なっ、なんで……!?」
 夕谷 ひろき(r2p000272)は驚愕に声を漏らす。
 辛うじて電気系統が未だ生きているのか、電灯に照らされた公衆便所の鏡に映るのは、自分――なのか。
 戴く天冠に翼、その姿は人々を襲っているあの怪物たちと何ら変わりない。
(――いやだ。逃げなきゃ……人が少ない場所に……)
 誰も殺したくない、殺されたくもない――ふらふらと、ひろきは歩き出す。
 その矢先に見かけたのは、逃げ遅れたであろう子供達の姿だった。
(怪物になるぐらいなら、このまま……)
 化け物の間に割り込んで、痛みに備えて目を閉じる――

「うぅぅ……」
 一日中動き続けた疲労が佐倉 八重(r2p001606)に襲い掛かる。
「誰かいませんかぁ」
 念のために声をあげても、返答はなかった。
 昨日は逃げるので精いっぱいだった。
 気持ちを入れ替えた今日は一日中、桜木町方面で両親を探していた。
 成果は何もなかった。
(おとうさん……おかあさん……)
 すっかり暗くなっていた。もう日付だって越えただろうか。
 すんすんと鼻を啜りながら、小さく縮こまった少女の姿が忽然と消えたことを知る者はいなかった。

「何百、何千と天使を殺したってのに、減ってる気配がしねえ。何匹居やがるんだコイツ等」
 飛び交う天使達を見上げ、ビオウ(r2p000231)は微かな苛立ちを見せる。
 後に天使と呼ばれる異形、天使級と呼ばれる最下級の連中は、未だその数を減らさない。
「ビオウ、おめめ……」
「……眼? 今から修理に向かうから問題ねえって」
「ほんと?ほんとに治るよね?」
 ナナ・シドール(r2p001063)は彼の機械の身体に痛覚がないことは知っている。
 けれどそれは心配しない理由にはならなかった。
(ナナの奴、心配性だな……実際、不便ではあるか。早くアイツと合流しねえと……)
 短く笑って歩き出そうとした時だった。
「……おい、見たよな?」
「……見た。けど、何が、起こってる?」
 それは後に座標消失と呼ばれる現象である。
 敵は未だに多く、この状況で『戦える者』が消えれば――
「これは……マズいな」
「う、うん。何が起こってるか、確かめないと」
 ビオウに応じたナナは知り合いのうち何人かと連絡を取ろうと試みた。
(……何人かと連絡がつかない? 消えたの?)
 顔を上げてビオウを見る。
(……ビオウ、いなくならないでね……?)
「……通話は繋がらねえか、移動するぞ」
 応じるナナと共に、先を急ごうと走り出した。
 ビオウとナナが動き出したのとほぼ同時刻。
 安治 涼(r2p000685)は自分の研究所に向けて移動を始めていた。
「急がなければ……!」
 ビオウのメンテナンスはその力を作り上げた涼の仕事だった。
 無数にある敵の目を掻い潜りながら、素早く銃弾を叩きこむ。
(――)
 強そうな個体や群れを見つけれは潜み、1体であれば何とか処理しながら、突き進む。
(弱いのが一体ならばまだ何とかなるが……)
 一つ、息を吐いた。呼吸を整え走り出そうとした時、ずきりと頭に痛みが走り――その身体は消え去っていた。

「くっ……」
 ディアベル・ピッツァラストロ(r2p001947)の表情は険しい。
 叔父や避難民たちと共に集った小学校での防衛戦での戦いは近郊の下で続いて『いた』。
 3日目、疎らに消え始めた人々の中にいた『戦える者』達。
(叔父よ、どうした?)
 無理をおして戦うディアベルの視線の先には、思い詰めている様子の叔父の姿がある。
(……己の中の昏い気持ちを宥めつつ、ヨコハマ店でサブチーフとして働いた。
 このまま、駆け上る甥を横目に、じりじりと登り続ける。それが正しいと分かっている、わかっているんだ……)
 そんなディアベルを見やり、ピエトロ・ピッツァラストロ(r2p002510)は俯いていた。
 嫌いではない――ただ嫉ましかった。
(このままではこの避難所はもう長くはもたないだろう)
 あぁ、それぐらいしかできないから。
 心許ない錬金窯に力を籠めて、ピエトロは外へと躍り出た。
「俺が! 引き付ける! これは大人の役目だ!」
 叫ぶままに、群がる天使達を退けるべく力を使い続けた。
「皆、悲しむ間も無く、やらねばならぬ事は多い! 奮い立つんだ!」
 いったん引いた波、ディアベルの激励は実のところ、自身へと掛けたものだった。

 喫茶【Tsuchimikado】でも防衛戦は続いている。
 巡らせた結界の補強を終わらせた土御門 常蒼(r2p001398)は3階へと移動しつつあった。
 2階にいる避難民達に今のところは大丈夫だと知らせてから、式神越しに連絡を繋ぐ。
「セルマ、そっちは大丈夫か?」
「ジョーソー しんぱい しすぎ はねつき たいしたこと ない。
 きっさてん あんぜん ほう ずっと しんぱい なの」
 たどたどしい口調のアンセルマ・イアハート(r2p000022)の返答はこの2ヶ月ほどで聞きなれた。
 避難民の一部を別の避難所へと護衛していた彼女の声色は平素そのもので。
「はっ、そっちこそナマ言ってんじゃねえよ。こっちがお前より先に落ちるとかねーから。
 そこまで言うなら寄り道ぐらいして来ても良いんだぜ? 夕飯までには帰れよ」
「ナマ? じゃなく きゃっかんてき じじつ よりみち ふよう みて たのしい ない なの」
 天使の襲撃から3日、とっくに平凡な地球はそこにない。
「あれ けしき かさなって……」
 そう呟いたアンセルマの声が移動しながらの言葉特有の揺らぎを止めた。
「おい、どうした?」
 返答は、なかった。
「……おい、セルマ応答しろ、悪戯してる場合じゃねえんだぞ」
 重ねた言葉に返るものはない。それは座標消失と後に呼ばれる現象だった。

 ――思えば、あの子を拾い上げたのはもう随分と前だ。
 育児をしたことなかった私には苦労の連続だった。
 だからかな。所帯を持てない私にとって、息子のような存在だった。
 アダム・ザ・ミドルフィンガー(r2p001217)はその青年の姿を漸く見つけ出した。
 きっと、子供達を助けるためだったのだろう。グレゴール・イレ・ディエス(r2p000095)という青年はそう言う男だ。
「グレゴ、危ねぇ!」
 押すだけでは『巻き込まれる』。言葉だけでは『止まる』。
 だから――渾身の力で殴りつけて吹き飛ばすしか、なかった。
「すまねぇ」と、最後に謝った言葉は、きっと届かなかった。
「なにす――は?」
 体を起こしたら、物心ついた時から世話になった先生の丸太のような足があった。
 足だけが、あった。この3日間、先生の元から飛び出して生存者を探して――その結果がコレだ。
「……ふざ、けんな」
 最初に零れた怒りは、どっちに向いたものだったろうか。
 ――いいや、そんなものは些末な問題だ。
 いつの間にか拳には黄金の火が散りついていた。
「テメェら……」
 ――ぶち殺してやる。一秒でも早く、消す。
 その身が2024年から消えるその刹那まで、グレゴールの拳は天使を殴り潰し続けた。

 煙管(r2p001118)は旅を続けていた。
 邪魔な天使どもを蹴散らし、屋台を曳いて各地の避難所へ訪れては集めた物資を配る。
「この近くに避難所があるから、そこまで連れてってあげるよ」
 親を失ったか、ぽてぽてと歩く子供達を見つけては避難所へ送り届ける。
 そんなことももう何度目になるだろうか。
「お腹すいてるのか? んしし、これ食べて元気出せって!」
 集めた物資の中から取り出した握り飯を見て子供は目を輝かせる。
 ぱくつく子供を見て、自然と「んしし」と笑い声が出た。

 ロロが死んだ。この世界に来てからの唯一の家族だった。
 また、奴らだった。南條 風理(r2p000572)が赤月堂に帰還したのは4月2日の未明だった。
 見るも無残に変わり果てた建物の下で、潰されたロロを見つけ出した。
(私は、これから、一体どうすればいい?)
 一日が経ち、漸く『これから』を思えども、分かるはずもない。
(分からない。分からないけれど、私に出来るのは、奴ら(天使)を殺すことだけだ)
 魔女は再び杖を握りしめた。
 隠れ潜み、近づく天使を一体ずつ確実に消し炭に変えて行く。
(あぁ、いっそ怒り狂えてしまえば良かったのに……)
 その身が2024年から消えるまで、淡々と、冷静に。

「どれもこれも天使級ばかりだな」
 空に立つドミニク・怜旺・サンチェス(r2p000996)は有象無象を見下ろし短く呟いた。
 それらに向けて魔力の剣を打ち下ろしながら、探すのは『群れ』の長に他ならない。
 そんなドミニクの思惑を知ってか知らずか、人型の個体が見えた。それがにぃ――と笑い、ドミニクを見た。
「ようやくか……ではこの世界の武力の性能を貯めさせてもらおう」
 天使級たちがそれそのものが弾丸の如く近づいてくるのをマシンガンの弾丸で撃ち落とし、ロケットランチャーを人型へ叩き込む。
 炸裂の勢いで落下していくそれへ、手向けとばかりに手りゅう弾を放り投げた頃――その身体は忽然と消えていた。

 坂上 瑞希(r2p000207)が天使への迎撃を始めてから2日はたっただろうか。
「地球も物騒になったね……」
 鉄パイプやら石なんか手頃な物も使ったが、手に馴染んだのはどこぞの死体から鹵獲させてもらった銃だった。
 視線を上げれば、さっと視線を背ける人々の目。
(一応、人助けしてるはずなんだけど化け物みたいに見られるな……余裕あるのかな……)
 休息に腰を下ろしてみれば、その視線はより強く感じ取れる。
「……残弾が心許ないね、そろそろ補給したけど」
(素直にくれるはずもないね……これはまた死体漁りかなぁ)
 そんなことを考えながら立ち上がれば、動き出す前に2024年から消えることになった。

 ウルリカ・ヴァンシュタイン(r2p002942)は当てもなく歩き続ける。
 戻るつもりなど無いが、富士樹海魔術監獄への帰り道もすっかり忘れてしまった。
「人が消えたんだ! さっきまで一緒に戦ってくれた奴も、そうじゃない奴らも!」
 そんな声を聞きながら、感じた不吉な気配。
「何かが起きたようね……私には関係ないけれど」
 杖を握る人型の天使は知性を以て合理的に術式を叩きこんでくる。
(居なくなった仲間を気に掛けながら防衛線を維持できるかしら?
 ……集まり直さない限りは、また消耗を強いられるわね。きっと)
 私には関係ないけれど、と昏き闇を天使へと撃ちこみながら考えていた。

「ほんと! 天使って奴はハートの女王より理不尽で赤の女王より残酷ね!」
 爆走する軽トラの荷台から飛び降りたアリス=スリア(r2p002493)は笑う。
 目の前の天使へと軽やかに跳び込んで鍵剣を叩きつける。
「いつも何時も私が旅する先に現れて、いつもいつも何もかもを滅茶苦茶にする。
 貴方たちはティーパーティーにお呼びじゃないの」
 肉を薙ぎ、天冠を圧し切り、アリスは柔らかな顔に敵意を見せる。
 憎悪も過ぎれば狂気になって、狂気も過ぎれば愛になるのだから。
「けれど、会いたかったわ、愛する天使達! 今度こそ殺し尽くしてやるわ!」
 アリスは舞うだろう。もう二度と――今度こそ、彼らに私を受け入れてくれた人たちを奪わせないと。

 呻く声は藤咲 汐恩(r2p001414)のものだった。
 真紫色をしたナニカがずっと外にある。激しい頭痛と吐き気は止まらない。
 砂嵐がかった視界の向こう側、羽根つきの怪物どもが不定形の『ナニカ』に貫かれ、ねじ切られ、磨り潰される。
「…………ぁ」
 ナニカが戻ってくると、汐恩に残されるのは壮絶な疲労感だけだった。
 崩れ落ちた身体が地面に強かに打ち付けられる。その痛みなんて微かな物だった。
「……さ、きさ……」
 天使達が現れてから逸れ、ついぞ再会できなかったあの人の名前が零れでる。
 無理やりに体を起こす途中で、汐恩は身体が消えていくのに気づいた。
 驚く時間も、余裕もなく、その姿は2024年を後にする。

(記録せねば。世界にもたらされた激しい変化を。記憶せねば。カメラの向こうで起こる凄惨な風景を)
 ミスティ・C・ ネフィル(r2p000152)はモニタを食い入るように見つめていた。
 監視カメラらしき映像は天使達の襲来と人々の絶望と、懸命に抗う人々の姿をたしかに収めている。
 秩序が乱れ、人々の絆も壊れ、人が異形へと変ずる様。恐怖が伝播し、それが新たな異形を生み出す地獄絵図。
 それらこそはミスティの視たいモノだった。
(ああ……世界の終わりって、悍ましくも美しい)
 口元に笑みが刻まれたのと同時――その姿は消え失せた。

「お腹空いたよぅ……」
 エル・コノエ(r2p001630)はぼやきながらもぐもぐと箱中華を頬張っていた。
 だいぶ冷えてしまった炒飯だったが、3日ぶりの食事である。文句は言えなかった。
 思えば、父はどこにいったのだろうか。
 実家での用事を済ませた父の姿はすっかりと消えている。
 観光と食べ歩きをするつもりだった予定はすっかりおじゃんだ。
 適度に近づいてくる天使は風で追いやりながら、ぱくりともう一口。
(うぅ……チリビーンズとマッケンチーズがたっぷり乗ったパンケーキが食べたい……)
 そんなことを考えていたエルの姿はそのまま忽然と失われることとなる。

 天使どもの攻撃で半壊した『ぼうけんしゃのさかば』をヨモギ=ラビュリント(r2p000792)が後にしてから既に2日が経過していた。
「本当に行っちまうのかい?」
 迷子になりながらも辿り着いた先、横浜市磯子区のセーフハウスにてヨモギは声をかけられていた。
 襲来から考えれば3日目になろう。
 携帯食や偽天使の手羽先を作って提供するのは、やはり性に合っていた。
 頭に双葉が生えたりもしていたが、それは良いとして。
「えぇ、ふと『帰りたく』なったのです」
 ここはヨモギの知らない世界である。故郷でも何でもない、そのはずなのに。
「そうかい……」
 ぺこりと頭を下げたヨモギの事を惜しむ彼らに踵を返して。
(ああ、頭に草が生えたように、何か不思議なチカラが発現したら良いのに……)
 そんなことを思いながらセーフハウスを後した。
「まさかこんな事が起きるとはな……既にこの老体の身、出来ることは多くは無ぇ。
 戦いは若い奴等に任せて、老兵は老兵らしく、無駄に長生きしてきたツテを使わせてもらおう」
 そう言っていた店主(r2p002771)は既に初動での各種行政、機関、組織への連携を済ませていた。
 かつての傭兵の手腕は流石というべきか、店主の近隣では避難経路の確保はスムーズであったと言えるだろう。
(こりゃあ、最低でもあと1日は持たさねぇと)
 集めた情報を精査した上での結論はそうならざるをえなかった。
(良く知らねぇが、あいつがいれば一先ずの食糧問題は大丈夫そうか?)
 ちらりと視線をあげたところにはクイネ スメシィ(r2p001403)が食事を提供していた。
「飯食え飯! 天使ぃ? 知らねえ知らねえ! 飯を食え!!!
 災害だぞ災害! キチンと飯食って腹満たして備えな! 腹が減ったら精神にもよくねぇしな!」
 そう言って転がり込んできたクイネは飯を食わせて回ったのである。
「俺が作る飯は頬が落ちるくらい美味いぞ! 飯食え飯!」
 そう言って作られた食事は大言壮語なく抜群に美味しいらしかった。
「出社どころじゃない。こんな状況で死んでられるか――」
 その一心で九頭竜 渚(r2p001604)が避難所へと辿り着いてからどれくらい経っただろうか。
 近くにあった避難所の方角からは爆発音や光が見えた。
 2日目、逃げ遅れた子供達と一緒に近くの安全そうな避難所に転がり込んだ。
「お姉さん、ありがとう」
 子供達からそうお礼を言われた時、やっと生き残れた実感がした。
「大丈夫よ、怪我はなかった?」
「うん!」
 そう笑う子供の笑顔に思わず頬が緩ませつつ、渚は足りなくなったという物資を手渡して、座標消失に巻き込まれた。
 最後の記憶は子供達のショックを受けたような顔だった。

 スミシー一家の面々は激動の3日間を屋敷の中で潜り抜けてきた。
 ヴァニタスへの覚醒を自覚的な羽取・魅月(r2p000072)の他にも、異能持ちの者が多いことで防衛に苦戦を強いられることはそれほどなかったからだ。
 それでも、いつまでも此処にいられないことをJ・D(r2p000927)は理解していた。
「お前達……どうか、苦難の先でも生きて欲しい。いつでも俺は、お前たちと一緒に居るからね」
「うん、分かったよ!」
 魅月はJ・Dの指示に頷いてみせる。
「皆、行こう! 大丈夫、皆で生き延びるんだよ」
 佐伯 めぐる(r2p000806)とシン=リトル(r2p000771)に手を差し伸べれば2人の小さな手が合わさった。
「みんなでひなん! シンちゃんも、だいじょうぶだよっ!」
 めぐるは無邪気な笑顔のままにシンへと声をかけた。
 普段よりも、身体が軽いのはヴァニタスになったからだろうか。
 今ならどこまでも跳んでいけそうな、そんな軽やかな足取りで魅月は先頭を走り出す。
『大丈夫、皆で生き延びるんだよ』――その言葉は可愛い家族達への励ましであると同時に、魅月自身を励ますものだった。
 ――けれど。
「ァ? ミミちゃん、きえちゃった」
 めぐるが魅月と握りあっていた手が、不意に空を切った。
 里場 圭介(r2p001895)は結界を展開しながら進んでいた。
「皆、大丈夫です、ほら」
 張り巡らせた結界に上から通した術式は周囲を包み込む。
 それは『生存を感じ取る』魔術。死とは違う、何か不思議な感覚。
 希望を感じさせる優しい何かが辺りを包んだ。
「大丈夫! なくさないように、ね」
 そう呟いた圭介の身体が、残っていられたのはそこまでだった。
「皆で生きよう、ですから。
 ……めぐる様にシン先輩、スマホ様。せめて、皆様は私が無事に送り届けてみせます」
 空虚になってしまっためぐるの手をメルクーリア(r2p001287)が取った。
「幸い、今の私なら天使を倒せます。道中の露払いを致しましょう。
 私が傷付くのは構いません。機械は後で直せますから」
「うん……あたまをうってころんでも、たちあがるの! みんなでいきるって、きめたからっ!
 ね、みんな ぱってなっちゃっても、ぜったいまたあえるっ!
 あきらめないで、いっぱいいきてね! みんな、いきてるって、おもうから」
 そういつものように笑ってみせためぐるの身体もまた、その場から消えていく。
 シンが家族と繋いでいた手は、また空いていた。
「皆、居なくなっちゃったのです……」
 零れるように、シンは声に漏らす。
「シン様、スマホ様。立ち止まってはなりません。
 めぐる様も仰ったでしょう。絶対にまた会えます!」
 立ち竦んだシンの手を取って、メルクーリアは再び走り出す。
「うん、生き残ってまた会うのです……」
 頷いたシンと、それにスマート・ホーム(r2p002437)が続いた。
 今のスマート・ホームには戦う力が無かった。だからこそ、撤退に同行することになった。
 けれそそれは悲劇とは言い切れないだろう。
 消えていくスミシー一家の面々たちが残した、生々しい音声たちはスマート・ホームの保存機能の中に眠る。
 人間の記憶にこれから続く28年はあまりにも長すぎる。
 忘れ、折れそうになるときに立ち直るための声が、すぐ傍に残り続けるのは幸運ともいえるだろうから。

「守る……最後まで……!」
 J・Dは屋敷の中に残る事を最初から決めていた。
 退避が済むまでの時間稼ぎ、結界を張り巡らせるにはJ・Dの存在は必要不可欠だった。
(これで、皆は安全圏内まで退避できるはずだ――)
「2人も早くいけ」
 移した視線の先にはリツィ=ティオ(r2p000966)と翠玉(r2p000930)の姿がある。
「主君、ほらもう逃げるんや」
「大丈夫だ、死ぬつもりじゃない。ただ死ぬ気で護りたいものがあるだけだから」
 手を伸ばすリツィへ、J・Dは小さく首を振った。
「であれば最後まで供を。私は執事デスノデ」
 真っすぐに主を見据えて言った翠玉の目を見たJ・Dは諦めた様に「分かった」と短く言うのだ。
「……主君?」
 最初に気付いたのはリツィだった。J・Dの身体が透けていく。
「待って!! 置いて行かんで……!!!」
 駆け寄り引き留めようと伸ばした手が、空を切った。
「……どうなるかは分かりません。ですが、この身が生き続ける限り――貴方の命令を守りマショウ」
 崩れ落ちて慟哭するリツィを連れ、翠玉は屋敷を後にした。
 ――必ず生き残る。その言葉は離ればなれになった家族の合言葉になるだろう。

 執筆:春野紅葉


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