4月3日 - Part6
その日、谷橋 ノリト(r2p002549)と谷橋 一(r2p002550)の2人はおかしなものを見ていた。
いや、世界を取り巻く状況がおかしいといえばそれまでなのだが。そうだとして谷橋 カシリ(r2p001076)を襲っているそっくりの人物は誰なのか?
それを語るには、カシリが遠出していた両親と定期的に連絡を取りながら、自宅で避難の準備をしていた辺りまで時間を巻き戻さなければならない。
連絡の途絶えた両親を探しに出たところで「それ」に遭遇し、外見をコピーされるたカシリはそのまま暴行を受け、ボロボロの状態になっていた。
そして幸いにも、あるいは不幸にもノリトと一は息子を見間違えることはなかった。
だから、だろうか。それは標的を変えた。あるいは、そこに対した理由はなかったのかもしれない。
けれど確かなのは。ノリトと一には、それをどうにかする力はなかったということだ。
「あ、あ……」
だから、カシリは見てしまう。自分の両親が殺される姿を。
それは……あまりにも衝撃的で。あまりにも無力で。あまりにも呪わしくて。
けれど、今のカシリには何も出来ない。それが向かってくる、この瞬間も。
「その顔! その顔が見たかったんだよ、兄さん……!」
「誰だ、誰だお前は……ぉ゛ま、えはあ……!」
知るはずもない。「これ」は元々カシリとはなんの縁もない“どこかの誰か”であった。
兄さんなどと呼ばれる筋合いは微塵もない。
けれど、自分にそっくりな……けれど確かに違うそれが、愉悦の表情を浮かべながらカシリへと腕を振り上げて。
怒り、憎しみ、痛み、絶望の坩堝の中、トドメを刺されそうになったその瞬間、カシリは座標消失する。
「兄さん!?」
それは獲物を逃がした悔しさか、それとも中身のない愛情の発露か……それはカシリの名を呼び慟哭する。
あまりにも残酷なこの事件。犯人であるそれは……以降、谷橋マガツ(r2p002404)と名乗ることになる。
座標消失。それは愛野 涼(r2p000196)にも訪れた。
そう、今日の涼は色々あって大阪のライブハウスでライブをやっていた。実に豪胆だ。
しかし、そこにもいよいよ天使が迫ってきた。
そうなれば仕方ないからライブを中断になり、涼もファンのみんなと一緒に逃げることになった。
「よしよし、皆慌てずに避難できてるね」
トップアイドルのカリスマというものだろうか。これなら何も問題はない。
そう考えたその瞬間、涼の視界が真っ白になった。それが涼に訪れた座標消失。
「何だって! 涼との連絡が取れない? 馬鹿な、あいつが夢を叶えることなく死ぬ訳が無い! きっと天使のせいで電波が悪くなっているだけだろ?」
梶原 蒼一(r2p000232)は、そう涼のことを全面的に信頼していた。それはプロデューサーだからというのもあるだろうが……だからこそ、しっかりと避難誘導を続けていた。
天使など恐れないと、そう言うかのように。まさか座標消失していたとは知るはずもない。
それは、恋人同士をも容易く引き裂くものだ。午前2時。
雨宮 庚(r2p000473)と音無 沙織(r2p000458)は避難所の裏で抱き合い見つめ合っていた。
沙織は愛しい彼と一緒ならどこまでも行ける、耐え切れると信じていた。だが過酷過ぎる現実に折れた心は、庚を求めてしまう。
庚もまた、どうしようもない焦燥感と諦めが心を支配していた。
逃げる先々で目にする惨劇。共に逃げる彼女だけはと思うがそれすらも。
アレ以来、身体がどれ程疲れても訪れない眠り。
そして不意に、闇の中視線と指が絡み抱き合う。
「私に、庚くんの全てを下さい。それで、それだけで、頑張れますから……」
(そうだ、沙織が。この温かささえあれば俺は――)
爪先立ちの沙織と交わされた口づけ。けれど、瞬間。沙織は座標消失した。
「沙織!?」
消えてしまった。けれど、何処へ?
庚が沙織を呼ぶ声が闇夜に響いて。深い絶望の中、意識も闇に消えていった。
「……そういえば、お父さんとお母さんは大丈夫だろうか」
そんな当然の疑問を抱いた竜胆・楓(r2p000836)は夜 苺姫(r2p000834)と共に実家へ向かっていた。
「楓ちゃんの両親、無事だと良いけど……あれ、あそこで襲われてるのってまさか!?」
苺姫が気付くも、それはすでに何をするにも遅かった。
天使に殺された楓の両親。その事実に楓はフリーズしてしまう。一瞬遅れてきたのは、絶望。
「楓ちゃん!」
呆然と立ち竦む楓ちゃんを守るために鳥の形の氷柱を飛ばす魔法、グラキエスアヴィスで天使を攻撃するが……一撃で屠るつもりだったのに倒せない。
「え、ボク弱くなってる!? 楓ちゃんも姿が変化していくし、このままだとマズい気がする! 楓ちゃん!」
伸ばした腕。変わっていく自分の姿。掴んだ手の暖かさは、強く印象に残って。
その瞬間。楓と苺姫は、座標消失した。
襲い来る絶望。その中で菊月 隼人(r2p000010)はまだ小さい妹の澪と共に家財道具をシェルターへ運んでいるところ、その澪が座標消失によって離れ離れになってしまった。
つい二日前の4月1日には両親が目の前で死亡し、せっかく助けられた妹までもここで失われた。
「……そん、な」
託されたのに。どうして。そんな絶望は、隼人に一切の救いを与えてはくれない。
それでも……生き延びなければならないというのか。
雪下 碧(r2p001486)、雪下 戒斗(r2p001890)、雪下 瑞希(r2p001891)の雪下家の3人も避難所にいたが、それで全て安心ではないことは分かっている。
「瑞希……碧を見ておいてくれ……。俺は今後のことを相談してくる」
天使に襲撃された場合は自身の異能……吸血鬼の力を使って応戦するつもりだった。
それを分かっているからこそ、瑞希も戒斗を頼りにしていた。
「大丈夫よ碧……あの人が……きっとなんとかしてくれるわ」
寝ている碧を、瑞希の手が優しく撫でて。けれど、戒斗も瑞希も座標消失するなどとは思ってもいなかっただろう。碧がその瞬間を見ていなかったことも、更なる不幸を呼んだ。
「お母さん……どこなの?! ねえ!お母さーん!! ……お父さん……どこにいるの……? どこに行っちゃったの……? 置いてかないでよ……!! 独りにしないでよ……!!」
避難所の何処にも両親の姿はない。あるはずもない。座標消失してしまったのだから。けれど碧には分からない。だから必死で両親の姿を探して。
「ん、あれ? みんな、どうしていなくなってるの」
そんな声を、碧は聞いた。それはハル(r2p000161)の声だ。
「それならなんで、ハルはいなくならないの? あのへんなばけもののせい? それとも、なにか、みんな隠してたの? ハル、もうわかんない。なにをしんじて、なにをしんじないのが、いちばんいいの?」
「君は……」
「……。ねえ。あなたは、ここにいてくれるよね。それとも、みんなみたいに行っちゃうの? ハル、ひとりぼっちはさびしいよ……いくなら、ハルも連れて行ってよ……!」
それは、失った者同士の歪な出会い。いつ途切れるとも知れない絆だけれども。それでも、寂しさを誤魔化すことは出来たのだ。
そして……斉賀 京司代也(r2p000917)は、望んでいた穏やかな日々が来ないことを悟っていた。
天使襲撃から今まで救助と戦闘支援していたが、頑丈で速度が出る改造した電動車椅子が停まるのが先か否か。魔術と術式に必要な力も神秘詰めた杖も体も呪を唱える喉も全て使い切る寸前だった。
そんな京司代也は、諦め顔の鵜来巣 真昼(r2p000778)を見つけていた。
娘は消え、兄貴分の京司代也は天使との戦いに行ってしまった。二度と会う事はないだろうと……そんなことを真昼は考えていたのだ。
再会の約束をしていた教師仲間も、生き延びているとは思えない。
「殺せよ」
退魔道具の方解石を捨て、目前に迫る天使の狂刃に命を委ねる。
「真昼、可愛い弟分。君ならきっと、夜を超えられると信じておる。だから後は頼んだ」
けれど、真昼は死ななかった。京司代也が差し違えたから。せめて声は届いてと、そう望んで。
けれど、差し違えた"何者か"が京司だと、真昼は呪いで気付けない。想いは決して、届かない。
「俺はずっと終わりを望んでいるのに!」
そんな慟哭だけが、響いていた。
「一体何をしたというんだ! ただ普通の生活を送っていただけなのに! あれが真に天使だと言うのなら何故私達を助けてくれない! ただ教えに従って善良に生きてきた、なのにこんな仕打ちが許されるのか!」
フリスト・レウニール(r2p002007)は、そう叫んでいた。
「家族を助けて欲しいという私の願いこそが罪だというのなら罰は私が受けよう。……カルミア愛しい妹、どうか君は生き残って欲しい」(天使に囲まれて切り刻まれる)
天使に刻まれたフリストの願いの対象であるカルミア・レウニール(r2p002603)は……慟哭していた。
最初はSNSのエイプリルフールの一環だって思っていた。
けれど一気に空が明るくなって。本当に翼の生えた化け物が上から降って来た。
避難所に行こうとした両親は、天使の攻撃で崩れた家の下敷きになった。
幼かった兄弟たちは……考えたくない。
「あぁ、また天使が降りて来る。頭が痛い…もう私達から何も奪わないで!」
ヴァニタスとなったカルミアは、天使へと襲い掛かっていく。
「何が天使だ、皆消えて居なくなればいい!」
けれどそんなカルミアも、座標消失してしまう。
「僕は、悪い夢でも見てるんやろか」
梅雨時 紫陽(r2p000664)は、そう呟いていた。
ひたすら逃げて、隠れて、泣いてる。
人が殺されてる。家が燃えてる。悲鳴が聞こえる。
「姉ちゃんは? みんなは? 特殊能力とかないねん。一騎当千の兵とかでもないねん。ただのゲームとお喋りが好きな一般人やねん」
姉と義兄。特に義兄は公安警察。リアルなヒーローだ。
そんな2人を探して紫陽は前を見て進んで。
「あ、なに。急に意識が……」
けれど、座標消失したのだ。
そんな中、諸星・龍二(r2p000411)は必死で戦っていた。
ヴァニタス化し、因子が覚醒した竜人の肉体を使った肉弾戦で天使を狩っていたのだ。
天使を狩り尽くす事が目的なので、無謀な突撃などは必要以上に行わないが、だからといって数が減ったように見えないのは困りものだ。
「どうしたもんか……えっ」
そんな龍二は突然自分の肉体と世界が断絶される様に感じられながら、座標消失していく。
「まだ。こんな所で、死ねるか――!」
死ではなく、気力で対抗できるはずもなく。そうして龍二の姿も消えていく。
杜野 瑠華(r2p000395)と杜野 紬(r2p000723)の2人は、座標消失せずに戦えていた。
「G.A.R.D.E.Nの一員として……私も頑張らないとね。スノーホワイト様たちは無事なのかしら……」
「あたしが一体何になっちまったのかはわかんないが……今はコイツらを倒すのが先だ! 新手だ……母さん! いくよ!!」
「って瑠華ちゃん! あんまり先行しすぎないの!」
ヴァニタス化した瑠華と魔女である紬は、そうして天使に襲い掛かっていく。
地面を液状化させて足を取るなど、搦手の攻撃を多用する紬は瑠華の変化を気にかけつつも、まずは安全を確保するために戦うことを優先しているが……肝心の瑠華は自身の変化にちょっと戸惑うところもありますが、憧れていた異能の力を得たこと、大量の敵の出現などもひとまず気にはしていない。
だからこそ機械の拳での殴打や地面を隆起させるなどの派手な土属性攻撃を繰り出し、天使級をなぎ倒していく。少なくとも、今のところは敵なしだ。
その近くの避難所となっている修道院ではアティ=ブラッドウォード(r2p002700)が必死に戦っていた。
修道院への天使が侵入に呼応するように昨日から続いていた頭痛と背中の痛みが消えたかと思ったら頭上には天冠、背中には天使の翼が生えていた。
ならばと両手剣を光の粒子で再現し、侵入してきた天使の首を切り落とすことに成功する。
「やりました……!」
しかし、その瞬間アティは座標消失する。近くに戦力がいたことは、アティの幸運であっただろう。
幸運があるなら、当然不幸もある。伏見 優作(r2p003086)は不幸にも2日間の天使との闘いで所属していた自衛隊の班は壊滅し、自分も足を負傷しながらコンビニの屋上に隠れ身動きが取れなくなっていた。
聞こえてくるのは天使に襲われる人々の悲鳴。
「もう俺も助からないッスね……」
そんな泣き言を言いつつ、涙を流しながら逃げる人達を襲う天使をライフルで狙撃していく。
残弾数が1発になった時点で銃口を咥え自決を試みるも、引き金を引く勇気が出ない。
「……えっ?」
起こったのは座標消失だ。
橋場・アヤメ(r2p001010)もまた、今日まで頑張っていた。
最初にお母さん達が準備していた本牧埠頭に逃げ込んだ。
そこから色んな事があった、銃を手に友達を探した、避難してきた皆でワイワイ騒いだりもした。
「そして一番大事な約束を果たす為に、色んな人に力を貸して貰い仙台まで一飛! ね、ボクはちゃんと会いにきたよ、キミの傍に居たいから」
夜明け前、アヤメは予感と共に目を覚ます。
隣を起こさぬ様に小箱を置いてその寝顔を眺める
「ちゃんと帰ってくるからね」
そうして、アヤメも座標消失した。
戦いが激しくなる中で、古多恵 花見(r2p000256)は横浜南部のビジネスホテルでの天使との戦いに勝利したものの、重傷を負い磯子避難所へ搬送されていた。その原因が自分を庇ったからとあれば甲斐 つかさ(r2p001265)も気が気ではなかったが……多少の余裕が出て迎えにいくことが出来ていた。
「花見ちゃん、今どこにいるの?」
しかし花見は程なくして目を覚まし、重傷のまま拠点を抜け出し相棒たるつかさに会うためにホテル方面へ移動していた。
だから、互いに連絡を取り合って……磯子への道の途中で、つかさは花見を発見する。
「花見ちゃん!」
「つー、ちゃん」
花見の背中に自分を庇った傷が出来ていることを、つかさは知っている。
だからその傷を服の上からそっと撫でる。
よかった。また会えた。その喜びをかみしめるように抱擁しあって。
そうして、2人とも消えていく。それが、花見とつかさの座標消失だった。
離れ離れにならなかったことは、きっと幸せなのだろう。
同時刻。フォルトゥナリア・ヴェルーリア(r2p001978)と天原 鈴(r2p003158)、天原 颯(r2p003159)は自宅に立て籠もり天使たちを迎撃していた。
「ヴェル、強くなったのは知ってるけど無理しないでね! 颯、こんな誕生日なんてついてないけれど、お母さんが絶対守るからね!」
鈴のそんな言葉に続き、フォルトゥナリアも颯を安心させるように言う。
「鈴も颯ちゃんも、絶対に守るよ! だから安心して!」
そう、フォルトゥナリアはオルフェウスとしての力、世界を救った勇者としての力で颯と鈴を守るつもりだった。三頭身の自分の軍勢を召喚しての天使級の殲滅と、自分ごとできる域回復で家に立てこもって守るだけならなんとかできる。そう考えていたからだ。
そんな中で、颯は無力感に苛まれていた。
(私はいつも守られている。一人だけ生き残った時もそうだった。家族が私を守ってくれた)
それは決してフォルトゥナリアと鈴をどうこう思うものではない。ただ、自分の弱さが。
(今日もそうだ。勇者だった、世界を救った人が、お母さんが、ヴェル姉が、私を守っている。足手まといが居なければもっと他の人を助けに行けたかもしれないのに。守られてるだけなんて嫌だ。私も誰かを助けたい)
その願いに応えたわけでは、絶対にない。何故ならそれは……座標喪失であるからだ。
あまりにも突然。振り返ったら消えた……そんな、あまりにも理不尽な。
「何で? 何の予兆もなかった……」
絶対に見つけ出す。そんな決意だけを、2人に残して。
一方で、染宮 南天(r2p000567)と沢田 栞音(r2p001415)の2人は命ヶ崎 兆(r2p000571)の運転する車で移動していた。
「っち、これだったら家業だけじゃなくて元々の才能の方も目を向けときゃ良かったなおい!」
仮免だが何とかしてやらぁ、とまあ……緊急時だからさておいて。天使を攻撃して怯ませた隙のアクセル全開での逃亡は今のところ上手くいっている。
(どこに逃げる? 知らん。今はまず、何としてでも生き延びるんだ。実家の連絡はつながらんが、戦う連中がいるくらいだし何とかなる場所はあるはずだ!)
頼りになる風を見せながら、兆は弱音を吐きはしない。南天が限界だと分かっているからだ。
「お父さんも、お母さんも。お友達も、先生も、みんな死んじゃったんだよ……私はもう、これから生きていこうと思えないよ」
そんな南天の呟きは、まさにその最たるものだっただろう。
「お兄ちゃんも車を運転したりお化けと戦ったり、栞音ちゃんも荷物整えたりとか必要な時に道具使って色々やったりとかしているのに、私だけ何もしてないんだよ。怖くて縮こまって、役に立っていないんだよ。ずっと助けられてばっかりでお邪魔虫なのに、どうして私は生きてるんだろう……」
「それでいいんだよ」
「お兄ちゃん……」
「自分に出来る部分でやりゃあいい……沢田みたいにな」
そう、栞音も自分に出来ることをしていた。
これからどうなるのか、まだ何もわからない。それでも、何か好転できるモノはないか探していたのだ。ドラッグストアやホームセンターで食料や資材、薬品を回収し、選好みせず車に近い物から集めすぐに車に運んでいた。とにかく、出来ることを。
……まさか、兆が座標喪失するとは夢にも思わなかっただろうけども。
戦いが激化する中で、日 実咲(r2p001521)の入院していた病院はそのまま避難所になっていた。
病院という建物の頑丈さもあるが……戦える人間が残っていたということもあるだろう。
そのくらい、状況は切迫していたのだ。実咲自身、「意外と体調がいいから」と防衛に加わっているほどだ。猫の手も借りたい、とはまさにこの状況だろう。
そこにやってきた氷坂 慧(r2p000594)と氷坂 敏(r2p000592)が堕天使になったことは驚きもあったが、実咲はだからこそ慧に抱き付いてハグすることで周囲の不信感を消すことに成功していた。
「……無事でよかった」
驚きは、勿論ある。けれど、姿が多少変わっても2人が自分の知る2人であることが嬉しかった。
「史も無事でよかった。くーちゃんに抱き付かれて安心してちょっと泣きそうやわ」
「……うん」
片白 史(r2p001522)も、そう頷く。本当に嬉しい。史は、心の底からそう思っている。
史は実咲と一緒に病院で防衛に加わっていた。怖いけど誰か死ぬのはもっと怖いからこそ、だ。
敏の翼と天冠も、驚きはしたけども。
「僕も友達が生きてて嬉しいです」
「ま、ともかく。うちも敏も戦える様になったらしいわ」
一通り再会を喜び合った後、慧はそう説明する。
「お陰で実咲の居る病院の避難所まで来れたけど、やっぱ羽なおせんと目立つなぁ。敏も友達と会えたみたいやけど居づらそうや」
言いながらも、慧はしっかりと周囲の状況を確認する。
「……敏の友達の史君避難所の防衛してんか? ほなあたしらもそっちに回して貰えるやろか?」
「うーん、そうね。戦力は必要だしお目付け役が必要なら私が成るから良いよ」
「僕もお父さんにかけ合います」
実咲と史もそう頷きあい、敏もホッとしたような表情になる。
「史と実咲姉ちゃんはぼくと姉ちゃんがあのバケモンとは違うって信じてくれてるから避難所居るよりこの方が気ぃ楽やねん」
それはなんとも世知辛い話ではあるだろう。しかし……実咲たちのような理解者はすぐに増えるはずだ。何故なら、この極限の事態……敵と味方は、残酷なくらいによく分かるのだから。
それは、イタリアのスラムでも明らかだった。
「スラムの人間だって生きてる、これは僕たちが生きるのに集めた食料だ!」
Gatto libero(r2p000995)とジョン(r2p001260)の2人は、スラムで確保していた物資を奪いにやってきた悪人と交戦していた。こんな状況だからか人の心は荒み、こうしてスラムにまで奪いに来る奴がいる。
持ち前の身体能力をフル活用してスラムにいる老人や、女子供を守って戦闘するGattoだが……ジョンも負けてはいない。
「年寄りと甘く見たな? まだまだ現役だわ!」
Gattoが強いと分かるからこそ倒すのはGattoに任せジョンは防御を中心に戦闘していた。
とにかく、後衛にいる戦えないものを守るため……Gattoも猫のような軽やかな動きでジョン(r2p001260)と連携し、悪人を倒していく。
慣れ親しんだスラムの路地はGattoにとっての戦場だ。
「まったく、なんて状況だ!」
人の心は荒む。それは、追い詰められるほど加速するのだろう。
そんな状況でも、白塚 無黒(r2p000110)と狗瀬 永利(r2p000300)のように美しい絆を持つ者もいる。
無黒が戦う敵の攻撃は一撃が重く、餓者髑髏の姿で刀を武器に打ち合っても手が痺れる程の衝撃が届く。
「寄ってみたがなんだこの骨、雑魚が集まっただけか。くだらねぇ、つまらねぇ!群れても結局雑魚は雑魚だ! それでいっちょ前に何かを守ろうってか。ま、無理だけどな」
「神秘対策課だか何だかしらねぇが、人間が愚かなのは変わらねぇなァ! 青髪の男を侵蝕する前に、別の奴が庇いに入ったのは予想外だったが……お前みたいなスカした奴の歪んだ顔は、とっても好きだぜぇ!」
アビアタル(r2p003071)とコルディケプス(r2p003074)。獅子丘 丈……永利の同僚を浸食したコルディケプスと、弱肉強食をただ体現するアビアタル。
この天使のコンビはあまりにも強力で、無黒たちはハッキリと押されていた。勝ちの目があまりにも少ないと、そう無黒は理解できていた。
「おい、いつまでそんな骨と殴り合ってんだアビアタル。戦闘狂め! そろそろ呼んだ下級天使どもがこの辺りを埋め尽くす。どうせそいつらは生き残れねぇよ」
「なんだよコルディケプスもう終わりか? じゃあな! 骨野郎! 生き残ったらまた会おうぜ」
「あばよ青髪! 二度と会う事はねぇだろうけどな! ヒャハハハ!」
それでいて撤退の判断はあまりに早い。違う、どうでもいいと思われただけだ。
襲ってくる天使の群れは一体ごとの強さはあの2体ほどではなくとも……無黒たちを殺し切るには充分で。
それでも、あるじ様――「永利様」の為なら無黒は戦い続ける事が出来たのだ。
その無黒の姿を見ながら、永利は思う。
ここが己の死に場所かと覚悟を決めた時点で考えたのは、未だ己を守る為に戦う無黒のことだった。
(彼の怨念との親和性はこの戦場には向いている。彼一人ならきっとこの場から逃げおおせるだろう)
だから、契約を破棄して彼に自由を、どうか生き延びて欲しいと。その一心で無黒との契約書を取り出し、握りしめる。
無黒は思う。此処で自分に出来ることがあると。
「だからもう、全て終わりだ。最期に俺が出来るのは、あるじ様が眠る地を天使達から守る事」
従える全ての怨念を集め、全力をもってその場に迫る天使の群れを一掃する。
『必殺・北条桜流し』
そこには永利の姿すらもなく。ただ一本、満開の桜だけが咲いていた。
座標消失。それは絆すらも、引き離す。
執筆:天野ハザマ
●4/3
「先生! 目の前にまた羽付きが……!」
「落ち着きなさい。これぐらいの相手ならば脅威ではない。
この事態、幸か不幸か……さて。しかし私がついている。成してみなさい」
出羽院 杏(r2p000446)は姿が見えた天使に対しアンセルム・A・アッシャー(r2p001039)へと判断を求めていた。恐怖心。戸惑い。あらゆる感情が杏の心中にはある、が。『先生』と呼ぶアンセルムが彼女を導く。
彼女には今『力』が宿っているのだ。
ならばその『力』に慣れさせるためにも――アンセルムは指導する。
この異様な大惨事。『契約』もいずれどうなるか分からないのならば。
不確かな力でも――彼女が一人で扱えるように。戦えるようにするために。
ある程度までの相手ならばアンセルム自身の力でどうとでも成りそうなのだ。
いざとなれば魔術を紡ぎ、敵を薙ぎ払う。
彼女を鍛えつつも傷付けさせぬと……思考しながら。
「やかましいわこの羽虫共があっ!! 誰の許しで飛び回っとんじゃい!!」
同じ頃。蹂躙するが如く攻め吼えるのは連城 岳彦(r2p003173)だ。
この程度の相手であれば左程の問題はない、が。
それよりも岳彦には疑問があった――なにやら人の気配が次々と消えているのだ。
殺された? 違う。これは、存在自体が……
「……上等や」
御同類も減っている。残った者達だけで西を護らねばならない。
――闘志に火がつくものだ。久々の現場、暴れ倒してみせようと。
祭門 煌(r2p001347)、ライカ・カルディア・孟夏(r2p001323)、ロック(r2p000444)は共に行動していた。襲い来る天使に対しロックと煌は目につき次第応戦。ライカは四苦八苦しながらもなんとか打ち倒そうか――
「は、はッ……これが、実践……」
「姉さん、無理をしないで。姉さんはまだ慣れていない」
ライカは身に付ける鎧と剣の重さを知る。
訓練と全く違う。鎧と剣に違いはない筈なのに。
これが、実践。
そんなライカを見ながら弟のロックは気遣おうか――今出会ったのが雑兵の類であったのは幸いだった、と。これ以上の相手が来る前になんとか姉さんを安全な場所まで連れていきたい所だ。故にロックは煌へと視線を滑らせて……
「教主、ここは僕に任せて。あなたは姉さんを連れて安全な……」
「ふむ……いや二人共、聴きなさい。
我々の神、スヴァーヴニル様が仰せになった。
あなた達の力が必要となるのはこれから『ずっと先』の事であると」
と、その時。手刀で天使を仕留めていた煌が言の葉を紡ごう。
信仰せし存在よりお告げがあったと。だがそれは一体どういう意味なのか。
「教主様、ボクの力にいったいどんな秘密が……」
「これから、きっと予想もつかない事が起こるかもしれない。
だが揺らがず、受け止めるように。それがスヴァーヴニル様よりの神託」
「それは――」
「ッ、姉さん!」
刹那。ロックとライカの身に『何か』が生じる。
天使の攻撃? いや違う。これはもっと別の……
スヴァーヴニルの言とはこれの事だったのだろうか? 分からない。確かなのは、疑問を口にする暇もなく二人の姿が忽然と消えた事だ。残るは煌のみ。あぁこれも――神託か。
煌は思考する。他のフィダーイーの子供達も呼び戻さねば、と。その為に。
「少し本気を出すとしましょう」
眼前。新たに現れた天使の群れを見据えながら、彼は呟くのであった。
「はぁ、はぁ、なにこれどういう事!? 仕事に行ってただけなのに……!」
そして。神咲 唯奈(r2p001852)は駆け抜けていた。
街を襲う『何か』に追われていたのだ――まるで世界の終わりのようだ、と。
なんとかして振り切り安全と思われる場所まで来たが。
友人たちは大丈夫だろうか。焔たちは……
「夢、だよね。これは……って、あれ? なにこれ、なに!?」
刹那。彼女の身に異変が生じる。
何かが歪む。目の前の景色がシャットアウトするような。
混乱と焦燥。訳も分からぬ儘――しかし。
彼女は跳ぶのだ。
運命の未来へと。
執筆:茶零四