6月はキャンプに行こう


「そういえば、今年は春の遠足は延期だったねえ、幸生くん」
 食堂でサンドイッチを囓りながら匂坂 愛(r2n000011)は少し拗ねたような表情を見せた。
 刻陽学園では5月に春の遠足を行なっている。しかし、2052年ではフレッシュ達の大量流入により、学園的にも落ち着かず遠足は延期となった。
「まあ、仕方ないだろ。落ち着く暇も無かったんだからさ」
 忍海 幸生(r2n000010)は食堂の中を見回す。随分と人が増えたものだ。まだ刻陽学園になれないフレッシュや、新たな友人に緊張するロストエイジ、それから、嘗ての時代を取り戻すように過ごすヴェテランの姿もある。
 K.Y.R.I.E.では能力者の増員と、円滑な都市経営の為にもマシロ市の生存圏を広げる活動に転換した。棄民政策をとらず、全てを守る為に確実な生存圏拡大を狙うのだという。
 この狭苦しい都市で全てが生き残るには余りにも難しい――市街戦に不慣れな能力者達の慣らし運転も随分と進んで来たことだろう。
「わたしは遠足好きだったんだよねえ。マシロ市内で植物園に行こうとかでも楽しかった!」
「……まあ、それどころじゃないんだろう。これから大きな作戦が始まったりしたらさ……こんなのんびりもしてられないだろうし」
「そうだねえ。武器の使い方とか、慣れておかなきゃかな。わたし達が、戦わなきゃならないんだから」
 にんまりと笑う愛に幸生は肩を竦め――ふと、喧騒に目をやった。何かの情報が掲示されたらしい。生徒達の中では浮き足立つ者やげんなりとする者も居る。
「なんだろ、見に行く?」
「ああ」
 立ち上がった幸生は能力者あなたを見かけてから「何かあるらしいぜ、K.Y.R.I.E.との共同指令っぽい。見に行こうぜ」と声を掛けた。

 ――キャンプ合宿

 それは6月に行なわれる刻陽学園行事である。行く先は比較的安全地帯であろうマシロ市外、蒔田島である。
 安全というのはあくまでも比較的である。索敵の観点で言えば島となった蒔田区は狭くそれなりに目が届く。周辺を塩湖、大岡川に囲まれるため防衛行動もとりやすい。且つ、マシロ市への帰還や市内からの増援も用意であるというだけの話しだ。
 楽観視できる場所ではないのだが、能力者達は市外探索時の野営や遠方任務に向けての宿泊学習を行って居たのだ。
「えっ、今年もキャンプ合宿できるんだ? わあ、どうしよう! 楽しそうだねえ。今年はみんなと一緒だもんね」
「……するのか。このご時世に」
 幸生がぽつりと呟けば「この状態だからこそ、だ」と声が響いた。杖をかつりと鳴らす棟耶 匠(r2n000068)は生徒達に微笑みかける。
「K.Y.R.I.E.の行なう任務は慣し訓練とは名ばかりの実戦だ。正しく命の取り合いとなるだろう。
 しかし、それでは学生としての日常が疎かになってしまう。K.Y.R.I.E.からの正式依頼の一環ではあるが学園でのキャンプ合宿を和気藹々と行ないたい。
 あと、まあ、これは大人の都合だが、雨天時対応や遠征時の活動訓練にもなるだろう。この状況だからと言う意味は分かって貰えたか」
「……そういう事ならば」
 幸生は何処か罰の悪そうな顔をしたか。急いた様に天使を倒したいと願うのは天使に肉親を殺された経験がある者ならではだ。
 愛のように孤児院で育った事で家族についての情報を何ら有していない彼女は刻陽学園での生活を伸び伸びと楽しみ当たり前の様に天使と戦うという価値観を有しているのだろう。
「えへへ、たのしみだなあ」
「知らない変異体サヴェージを喰うなよ。とかじゃないんだし」
「勿論だよ! お腹は大事だよ。学園長先生、説明ありがとうございまーす!」
 ぱあと明るい笑みを浮かべる愛は掲示されていたプリントをまじまじと見た。
 6月中にK.Y.R.I.E.から同行員募集が行なわれる。蒔田島での一泊学習では持ち込める物品には限りはある状態で、野営地を自らで設定する形式だ。
 学生達、OBOG、教師達。それからK.Y.R.I.E.に所属する能力者は協力員や臨時講師としての同行が求められることになる。
「キャンプ……たのしもうね!」
 愛はぱあと明るい笑みを浮かべてから、友人を見付けて「ねえねえ、キャンプだって」と走り出した。