雲のあわいにさすひかり


 ラフィ・A=F・マリスノア(r2n000017)が、あくびを噛み殺す。
 そして共用リビングフロアの窓際に並ぶ、花瓶の水を入れ替えていった。
 飾られているのは、色とりどりのアジサイだ。雲間から覗く朝の太陽と、蛇口からの水しぶきに、花びらがきらめている。
 薄ピンクと、青紫と、水色と――
「私は、これかな。これが一番好き」
 ――深紅の花を最後に並べ。

 そうこうしていると鐘塔カンパニーレが響き、山百合館の朝食時を告げてくれる。
 山百合館は刻陽学園に数ある学生寮の一つで、代表格たるグレイスリィンよりはずっと小さく、モダンで便利な訳でもない。けれどラフィはこの寮の、素朴で優しく規律正しい雰囲気をとても気に入っていた。
 広々としたダイニングに、寮生たちが次々に入ってくる。
 パジャマ姿なんて誰もいない。ラフィと同じく、すっかり制服に着替えて。
 楚々とすました顔の寮生もいれば、眠気まなこをこすりこすりに、大あくびをする寮生もいる。きっとセンサの契りをかわしているであろう上級生お姉さまから、優しくお小言をもらっている様子に、ラフィはついほほ笑んだ。
(ああいうの、ちょっとあこがれるけど)
 さながらビュッフェのように、トレーにお皿とナイフやフォークをとり、メニューを選んでいく。トーストと、ブリオッシュと。それからベーコンエッグとサラダ、牛乳とオレンジジュース。今日はこんなところにしよう。
(そういえば今日はキャンプだったっけ)
 どんな人たちと一緒になるのだろう。
 刻陽学園の生徒と、K.Y.R.I.E.の能力者と、先生などの協力者と。
(そういえば昨日、アガルタでの実習のあとで、(・マ・)先生が……)
 じゃなくて、と。ラフィが首をよこにふる。
「どうしたの? ラフィちゃん」
「へっ、え、な、なんでも。おわっ」
 同級生に間近から顔を覗き込まれ、ラフィは慌ててのけぞった。
「ほんとーかなあ。どれどれ、確かめてしんぜよう。じーーー…………」
 そう言いながら顔を見つめてくるものだから、思わず頬が熱くなってくる。
「ちょ、まっ。てか急に近いって」
「えー別にいいじゃん、ラフィちゃん、なんか顔あかいけど? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だから、はやくご飯たべよう?」
 いやこれは、今はどうでもよいのだ。
 そうそう。所長のシェス・マ・フェリシエ(r2n000067)先生に何か言われたっけ。
 それに蓮見 凪紗(r2n000013)なっちゃん先生も似たようなことを言ってた気がする。
(たしか、明日一緒になる中等部の花祀 あまね(r2n000012)ちゃんは繊細な子だから、よく見ておいてあげてね……だったかな)
 面識はないが、幼いころから堕天使ヴァニタスになった、の一人だった気がする。あまねは山百合の寮生ではないし、そもそもあっちは中等部で、こっちは高等部だから、よく知らないのも無理はないが。
(あっちのほうがよっぽど大先輩だとおもうけどなぁ)
 三年ほど前にこの世界へ転移してきた異世界人オルフェウスであるラフィにとって、自身はまだまだ学び足りないと感じている。
(でも、そっか。あまねちゃんは13歳だっけ……)
 だったら、してやれることもあるのかもしれない。
 ラフィは軽く、その10倍以上は生きているのだから。

「はっ! ぁっ、め、恵みに感謝して、いただきます」
 考え事をしていたら、となりの子にひじでつつかれた。
 寮母シスターの祈りを復唱するのを忘れていたのを、教えてくれたのだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
 食事を終えたら、歯を磨いて。
 学園がっこうに行って。
 講堂に用意されているはずの、機材やアガルタの食材を取りに行って。
 参番館アーコロジーの西側のあたりに集合して。
(いざ、蒔田島へ……かな。すごく楽しみ)
 まじめな実習ではある。
 危険もある。
 サヴェージや天使イレイサーとの戦闘になるかもしれない。
 けれど、こうしたある種の非日常は、ラフィのように刻陽学園の能力者レイヴンズである者達へ、ささやかな楽しみを提供してくれてもいるのだった。
 横顔に陽光をあびながら、ぐっと背伸び一つ。
「午後からは雨だったっけ、あ、みてみてあれ!」
 ついつい、隣の寮生をつついてしまった。
「え? わぁ……」
 だって朝日に虹がかかっていたものだから。
 今日はいいこと、あるのかもね。