龍の住処
「わらわもキャンプに行きたかったんじゃがな~?」
まるで幼い子供が石ころを蹴り飛ばすように少女めいた外見の龍は何気ない仕草で地に伏せた者を蹴り飛ばした。
華氷 ヒメリ(r2n000018)は不機嫌そうな表情をそのかんばせに貼付けながらも声音だけは明るい。
「しかし、悲しいものよなあ。警察達の巡回が強化されている中でわらわが縄張を放棄しては示しがつかぬのじゃ。
貴様等のような小童がおイタをして居らぬならな~?
キャンプに行ってのぅ……わらわも飯ごう炊飯をしてのう?
こう、そう……さっきみたいに、切り刻んでのう。
……ふふふ、何を? 野菜に決まって居ろうが、愚か者。野菜になりたいのかえ?」
じらりと脚下に転がった愚か者の頭をぐりぐりと靴底で押さえ付けながら睨め付ける女は不機嫌ですと言わんばかりに声を潜めた。
少女めいた愛らしさからは想像もつかぬ覇気に愚か者と呼ばれた男が引き攣った声を出す。
「ちーっとばかり、理解してくれれば嬉しいんじゃがなあ。
わらわ、優しいんじゃよ? 命も奪って居らぬ。貴様等はただの莫迦で、わらわが粛清するほどでもないと分かって居る」
龍の尾を揺らした女は地に伏せて居た跳躍者の顎に小さな掌をやってから掴み上げた。
「……誰に、唆された?」
首を振る。聞いたところで無意味だと龍妃も分かって居るのだ。
座標消失を経て2024年からやって来た者達が現在と合流した時には中華街も、その地下に連なる地下街もごった返しの大騒ぎだった。
素直にK.Y.R.I.E.に参入する者だけが全てではない。全てが全て善人でもない。
例えば、殺人鬼として名を馳せた者は跳躍し、罪を知られぬこの場所で新たな悪事に手を染めた。
例えば、疑心暗鬼に陥った怯える者は跳躍し、そのまま全てを否定するように住民達を傷付けた。
例えば――何処かで唆されたように、ヒメリが手にした魔法道具を手にして精神を則られ動く者も居ただろう。
そうした者達への対応に龍華会は追われて居た。人間を狩るというのはそれなりに精神的な負担を強いることとなる。
龍妃と呼ばれる女は能力者達の精神的状態を慮って内々での話しに済ませたかったが、そうも行かぬか。
「まあ、マシロ市ともなれば、遺留品と思い回収したが良からぬ道具であったというのもよくある話し。
このようなスラム、ある程度の統治が出来ていようとも人口増加にて、品が流れ込むというのも仕方が無いというべきであろうよ」
聖釘とそう呼ばれている魔法道具はマシロ市の外から遺留品として流れ着いたか、これを機に何処かから細々と転がり出てきたかどちらかだ。 何方にしてもヒメリには面白くはない。自らの縄張を荒す不届き者が居るのだから。
その大元を蹴散らすのが龍妃の流儀ではあるが、そうは行かぬのが実情だ。
全容は見えることはない。きっと、はぐらかすように全てが見えないようにと細工も為されている事だろう。
つまり、真相は闇の中なのだからヒメリが「大元じゃよ」と蹴散らすことも出来ぬのだ。
「そろそろ、小童達の手を借りるのも良いじゃろうな。……奴らには楽しいキャンプと学園生活を過ごして欲しかったが……。
まあ、奴らも頼りになるのは確かなのじゃろう。
警察の坊も、あの昼行灯も……何より、巫山戯た猫娘も地下街に対してK.Y.R.I.E.が介入するべきとわらわに進言してくる。――どう思う?」
唐突に意見を求められたのはヒメリの脚下に転がっていた男だった。
謎の魔法アイテムが綺麗だと露天商から手にしてから大暴れをし、お忍びであると通りかかったヒメリに鎮圧されたのがこの男の現在である。
「え、ええ、と……」
「そう焦るでないよ。なんと答えようともわらわは怒らぬ」
「わ、わかりませ――ギャッ」
勢い良く踏み付けてからヒメリは「まあ、先延ばしにしても意味はないのう。K.Y.R.I.E.に要請しておくか」とぽつりと呟いた。
人を狩る。それは異形と化した天使や変異体とはワケが違う。
(……まあ、庇護下において可愛がるというのもそれ程良いことではなかろうでな。
これから先を思えば龍華会もK.Y.R.I.E.の良き隣人でなくてはならぬじゃろう。色々と、な……)
建設的ではない応えを返した男は「怒らないって言ったのに……」と呟いたがヒメリの耳には届いては居なかった。