2052 Summer vacation
――猛暑。人の社会が滅んでも尚、気温だけは健在だ。
マシロ市でも夏服を着込む者が増える中、一つのニュースが流れていた。
それがプール開き。刻陽学園における催事――と言う程でもないが、少なくとも学生にとっては一大イベント――である出来事だ。夏の訪れを感じ得る時期に開かれるソレは火照る身体を冷やす絶好の折でもあろう。ただ。
「今年はさて……どうなる事か」
「ん――何か不安な事でもあるのか?」
「いえ、不安という程ではないですが……」
学園の生徒会長である嘉神 ハク(r2n000008)はやや物思いに耽っていた。
近くには忍海 幸生(r2n000010)の姿もあろうか。
彼の服装もすっかり夏仕様であれば、季節の香りを感じるものだ、が。
「学園のプールが現在の能力者の数に対応できるかどうか、と言った面がありまして」
「あー……転移でめっちゃ増えたからなぁ」
「そうです。まぁ4月からずっとの話ではありますが、現在の人口数は全てにおいて予想外の増加になりました。マシロ市内の食料事情を筆頭として――しかしプールといった慰安の為の施設のキャパシティ問題もそろそろ出てくる可能性があります」
要は望まれている避暑の為の施設や催しの恩恵を、全員にきっちり行き渡らせる事が出来るかどうかの問題があるのだ。学園のプールは多数の能力者利用が可能ではある、が……4月の転移によって増加した人数すら許容できるかは悩みの種。
猛暑を避ける為の慰安催事。
ソレは『所詮プール』などと、決して馬鹿には出来ない。精神の安寧を保つための一環であり――何より天使症候群はストレスによっても加速するとも言われているのだから。
何が能力者の負担や負荷になるとは知れぬ。一つ一つは些細な事であったとしても。
能力者には可能な限りの待遇が与えられて然るべきだ。
しかし学園のプール規模だけでは全ての能力者の満足となる保証はない。
だからどうしたものかと悩ましいもの。
……あぁプールが使えなければ、では海に行けばいいと思うかもしれないが。
『海は危険』だ。
天使が潜んでいないとも、異形と化したサヴェージが潜んでいないとも限らない。学園のプールというのはそう言った見えぬ脅威すら明確に存在しない、安全圏であるという重要性もあるのだ。
ここは。この今の世界は2024年ではない。
それだけは決して忘れてはならない――
だからこそ。
「役所やK.Y.R.I.E.の方には『その先』にも何か考えがあるらしいですが、ね」
プール開きと緊急的情勢、無論スムーズに結びつくような類のものではないが、マシロを取り巻く事情はやはり一筋縄ではいかないらしい。
「彼等は存外に秘密主義ですからね。それが何かは分かりかねますが、何れにせよ合理主義者の市長がはしゃげと言うのならそれにも意味はあるのでしょう」
ハクは告げる。つまる所は『あの優秀な市長』の頭の中を覗こうと努力をするのは徒労に近い。
ハクからすると、なんとなく予想は付かないでもないのだが、憶測を口にする意味も実を言えば余りない。
正式な何かが決まればいずれはこちらにも情報が降りて来る。そうすれば『同じ』なのだからそれまでは――
「……目前の事に集中するとしましょうか。
そういえばそろそろ期末考査もありますよ。
どうです、幸生。期末の準備は万全ですか?」
「ああ――一夜漬けの準備はバッチリだ」
「日々の勉学の積み重ねが重要ですよ、全く」
笑みを見せる幸生。苦笑しながら、吐息零すハク。
心配事もあるが、しかしそれでも日常はやってくるのだ。
夏の暑さも。学生悩ますテストも。
それが過ぎ去れば九月には浴衣を着込んだお祭りもあったろうか。
天からの日差しが窓より生徒会室へと零れ落ちてくれば。
同時。蒸し暑く生温い――季節の風を肌に感じるものであった。