静まり返った火曜日に
K.Y.R.I.E.による地形把握及び進軍経路確保の為の制圧が開始された。
マシロ市としての初の大規模遠征任務の先駆けである。外部に拠点を有することが出来たならば、人類は反撃手段を得る事となるだろう。
幾人もの能力者達はマシロ市から旅立ち、暫しの任務遂行に当たる。
常ならば学生達の朗らかな笑い声が響く校舎もどこか冷えた気配を感じさせた。まるで秒針が微動だにもせず、全てが眠りについたような時間だ。
その中を刻陽学園の学園長である棟耶 匠(r2n000068)は歩いていた。
「おはようございます」
「おはよう」
幾人か擦れ違った学生達が挨拶を返してくれる。先遣隊に友人が向ってしまった者達か。
学園には非能力者達も多くは無いが所属している。マシロ市民には護るべき人間が無数にいるのだ。
K.Y.R.I.E.はもしもの時にそんな彼等を守り抜くべき人員が必要だと認識している。
生徒達は学生服姿の者も居るが、K.Y.R.I.E.の制服に身を包み何時招集があっても良いようにと緊張の糸をぴんと張り、隈無く周囲に目を光らせているようだ。
匠は嘆息する。己よりも幾分も若く、まだ未来のある者達が戦いに身を投じなくてはならぬ事が歯痒い。
老体に鞭打ち己が前に出たとて足手纏いだ。古傷はじくりと疼いて己の無力さを知らしめる。
「学園長先生、おはようございます」
「ああ、おはよう」
礼儀正しく微笑んだのはK.Y.R.I.E.の職員だったか。臨時講師をしている彼等は学園内でも姿を見かけるが忙しない足取りで校舎を行く。
人々の帰る場所。それがマシロ市である。故に、マシロ市を守る事を重視する者も多く居るのだ。
日常を謳歌しながらも常に戦闘とは隣り合わせだ。顔を見合わせるように不運が目の前には立ち竦んで居る。
日々の業務と同じように近郊掃討の手を伸ばしておかねばならない。その為に彼等は準備をし、都度の人員派遣を行なうのだろう。
そして、もしも拠点となる地が見つかったならば、拠点設営のための物資とて必要だ。
アーコロジーは稼働率を上げ、生産性の向上を図っている。その為にと授業を欠席する生徒も数多い。
「お早うございます。学園長先生。随分と静かな日だ」
「……ああ、お早う。シェス君。それはアガルタ研修会の指導要綱かな」
「はい。例年9月のアガルタ研修会は生徒達も楽しみにしてくれていたでしょう。
こうした日常だけは欠かしてはなりませんから我々も準備を続けて居ます」
穏やかに微笑んだアガルタ所長シェス・マ・フェリシエ(r2n000067)に匠は頷いた。
アガルタやKPAでは遠征任務用にと研究を続けるものも多く居る。シェスもその一人ではあるが、学校行事に組み込まれたアガルタ研修会は滞りなく開催する段取りを付けていた。
それが、シェスや匠の戦い方だ。
――この日常を守り抜く事。
代わり映えもしないような、在り来たりな毎日を「何時も通りだね」と学生達が笑って過ごせる事こそが教育者にとっての最善なのだ。
マシロ市で能力者は10歳になればK.Y.R.I.E.に所属することを求められる。
戦わずには生きていられない。外敵と呼ぶべき存在は永きの沈黙を解いたように活動を始めて居たのだから。
「フレッシュ達がやってきたあの日から、外部は騒がしくなった。
……それ故に任務数も増え、生徒達を送り出す事も多くはなってきた」
「嫌だ、などと駄々を捏ねるおつもりですか?」
「いや、遣る瀬ないことだな、と思っただけだ」
冷たい刻の満ちた校舎を眺めてから匠は嘆息する。
どうか、無事で居てくれと願う事しか出来ないのだ。先の見えぬ道、手探りの日々は、まだ当分続くのだろうから――