磔の萌し


「またかの。ここ最近『聖釘』の数が増えている気がするの」
「ったく随分とガラの悪い連中が入り込んでるみたいだな。
 終末論者の連中、こりねぇこった。
 ま、天使を崇拝するような連中は元から素面じゃねぇんだろうが……」
 ――中華街。
 薄暗き世界の狭間にて華氷 ヒメリ(r2n000018)と神寺 一弥(r2n000019)は言を交わしていた。その主題となっているのは……近頃中華街にて発見されている『聖釘』と呼ばれる品だ。
 それは簡単に言うならば神秘を宿した道具。
 効果は様々だが多くは所有者を正気非ざる状態へと導く――
 それ故にこそ中華街では小規模ながら『面倒事』が起こっていた。
 ヒメリ率いる龍華会が鎮圧に出向く事もあるし、K.Y.R.I.E.のレイヴンズに協力してもらった事もあるか。そのおかげか聖釘による影響は深刻な事件を起こす程の事は今の所生じていないのだ、が……
「捕まえた連中やら調査の結果で単語だけは聞き出せた――
 聖釘を取り扱ってる奴らは『グルガルタ』とかいう集団らしい」
「ふ、む」
「仔細はまだ不明だ。本当に名前だけが分かったって所だ」
「面倒なのはこちらの動きに合わせて行動する節がある事かの」
 それでもどこぞから流れて来る聖釘は未だ止まらなかった。
 『グルガルタ』なる集団が流している事は分かったのだが――しかし尻尾を掴ませぬその動きが中々厄介。特に彼らは――恐らくマシロ市の市外遠征という大規模行動に紛れるように裏で活動を進めていたのだろう。
 水滴を垂らすように。静かに、静かに……されどその一滴が地に沁み込まんとする様に。
「……K.Y.R.I.E.は偵察も含めて市外への行動が増えた。
 同時に天使との接敵回数が多くなった訳だが……その辺りも関わってるのかねぇ」
「今の所は何とも言えんが、まぁあり得る事じゃの。
 静寂を保っていたあちら側にも少なからず変化がある、と。
 天使らも随分と永く動きが鈍いとはいえ――無知蒙昧ではなかろう。
 これより先、激動足りえるかもしれんな」
 一弥は眉を顰めながら、この件の裏にいる終末論者へと思考を巡らすものだ。
 連中は危険だ。天使を崇拝し、天使の為に行動する人間。
 秩序が統制されているマシロ市に天使が侵入するのは容易ではない。が、一見すれば只の人間である終末論者ならばマシロ市に入り込むのは決して不可能ではないのだ。特にここ最近はフレッシュの流入による人口の増加もある。
 グルガルタの狙いははたしてどこにあるのか。
 明確に天使と繋がっているのか?
 それとも全く別の意図があって来ているのか――?
「――いずれにしても聖釘の流入は放置してはおけねぇ」
「おぉ無論よ。マシロ警察辺りも動いておろう、そちらも含め小僧に任す」
「あぁ……ところでなんだが」
「ん?」
「その恰好はその、なんだ。近頃噂の1日幻影薬か?」
「おぉ――可愛らしかろう?
 どうじゃ、ヒメリちゃんからの飴ちゃんじゃぞ。喰うか?」
 ふっ、と。笑みを浮かべるヒメリの格好はまるで中華街の魔女が如く。
 その指先には金色の飴が握られていようか。口に含め舌で弄ぶように転がせば甘未が広がりたもう。
 ……全く、終末論者には邪魔をしてほしくないものだ。
 世界の朽ち果てに構わず、人々が楽しみとする営みが――ここに在るのだから。