軌轍と水底
マシロ市より8km程度の距離。と、言えども瓦礫が多く、その上で外敵だらけであった土地を人間が時速4kmの早さで進むのは困難だ。
狭苦しいとしか言いようのない範囲に籠城し、その周辺外敵の排除を行ない続けてきたマシロ市――いや旧横浜市を遂に脱出する足掛かりとする為に漸くのことで旧中区近辺から旧金沢区近辺にまで歩を進めることが出来たのだ。
「素晴らしい成果だよね~♪」
その声音を弾ませた藤代 ガーネット(r2n000030)はくるりと振り返った。
千里の道は一歩から、とは言うけれど此れまで緑化廃墟地帯と呼ばれている磯子区周辺を整備するのは骨が折れる。
うごうご💙かわょかに号ことKPA-05ASV・ポルトゥヌスを駆使して物資を運びながらも線路修繕や区画整理を桟原 紗穂(r2p001695)とこなしてきたが――
「電車でこっちまで来たりして、そしたら昔の生活を徐々に取り戻していけるのかな」
「ぜーったいそうだよ! アタシも前線でライブとかしたいなぁ!
……その時には非能力者のファンの皆も磯子の辺りにも出てくる事が出来たり……。それも夢のまた夢かな? でも、憧れるよねー!」
少女の憧れは、時に儚いとも称される。それでも人類の希望であるガーネットの唇は夢を語り、その眸は未来を見据える義務がある。
ひしゃげた信号機が撤去され、瓦礫の撤去が始まったばかりの磯子を歩いていたガーネットは仮設された氷取沢橋頭堡へと向おうと紗穂へと声を掛けた。
KPAとK.Y.R.I.E.は急ピッチで橋頭堡を設立させた。資材搬入を同時に行ない、磯子周辺の整備を行なう別働隊により道路整備を依頼することでKPA-05ASV・ポルトゥヌスの稼働率を向上させた。
幾人もの能力者達が休息をとっているキャンプへと物資は運び込まれ現時点を以て橋頭堡は迅速に整えられたと言うべきか。
「光ファイバーを食べるロバのサヴェージが居るみたいだからその辺りは警備を強化しないと行けないね。
あとは通信回線を確立させておかなくちゃだけど……次回作戦までは少しそのテストも兼ねた方が良いみたい」
「ふうん……そうだね、ある意味氷取沢の橋頭堡はマシロ市外初の電波塔みたいなものか」
紗穂がふと橋頭堡を見上げればそこには居るとは想定していなかった人影が数個見えた。
一つは刻陽学園生徒会長――いや、K.Y.R.I.E.人事統合部に所属する指揮官の嘉神 ハク(r2n000008)。
そして、その傍には忍海 幸生(r2n000010)と一桜(r2p000220)、藤ヶ崎 モカ(r2n000009)の姿があった。
「あれ、紗穂じゃん。おつ」
「幸生だ。お疲れ様。どうだった?」
紗穂の問い掛けに「報告しましょうか? しちゃいましょう!」とずいずいと前へと飛び出してきたのはモカだった。
「え、えーと、じゃあお願いしようかなー?」
流石はファンサの鬼、藤代 ガーネット。明るい微笑みでモカを促す。
ハクと一桜が向ったのは大岡川が枝分かれし、更なる河川区域を広げることとなった湘南台付近だ。
その周辺が水没していたのは大岡川というよりも、更に西方の相模川や更に上流の桂川、そして山中湖周辺に何らかの変化が起こっただろうとも推察はされていた。
「サルベージ任務ではあったけれど、それだけじゃなかったのよね?
あ、私はマシロ市内でハク君の代わりに聖釘系調査をしてたのだけれど」
「そうですね、どうやら……こちらも終末論者がらみでした」
ちら、とハクが一桜を見る。ぎこちなく頷いた彼は探し人のヒントを求めて湘南台へと向ったが、そこで長く住み続けている老人より終末論者達にも動きがあったと告げられたのだ。
「一部の終末論者が移動したって……でも、何らかの商いをして居た人達もあの辺りを拠点していたって聞いたから……」
「うーん、じゃあ聖釘の売人グループグルガルタも元々はその辺りが活動域だったのかしら?
でも、不思議なのはどうしてK.Y.R.I.E.が作戦開始するタイミングを知っていたのか……ううん、一先ずは置いておきましょう!
グルガルタは終末論者の中でも巨大派閥として知られている終鐘教会に関わり合いがあると聞いているのよね」
モカの問い掛けに幸生は頷いた。「まあ、あれは結構色んな所に散ってるってやつだろ?」と返されれば一桜もハクも渋い顔をするしかないのだ。
「そうですね。同様のグループであったとしても、主義主張の乖離があれば所属を変化させることもあります。
徐々に派閥が分離することもあるでしょう。グルガルタはマシロ市内部に訴え掛ける事で戦力の増強を狙ったのでしょう。
それから、僕達の作戦を察知した事で湘南台を放棄し、マシロ市内で戦力を得てから更なる拠点移動を行なおうとしていた、と」
「そうね。そう考えるのが自然だわ。終末論者と言っても天使は人間は人間だと扱うはずだもの!
そもそも、天使が人間の区別をするだなんて飛んだ思い上がりだわ。彼等は滅ぼす者だって教わってきているはず。そうじゃないと――」
そうじゃないと、罪もなき人々が殺されたというのに別の場所に理由を求めねば鳴らなくなって仕舞うではないか。
モカは首を振ってから何時も通りの明るい微笑みを浮かべて見せた。
「それで、グルガルタではなさそうな人達は?」
一桜は頷いた。ある意味で、行く先は全て何処かに繋がっているようだ。
水底に直隠しに為れ続けるはずだった湘南台の人々の生活は明るみに出た。
水の流れに沿うように、それは海へと通ずるかの如く。
「――鎌倉へ」
モカは頷く。彼女が此処に居るのは任務に当たったハクの代わりに氷取沢橋頭堡の確認と本部の指令を伝えるためだ。
「それではモカさん。橋頭堡周辺はこのまま整備を続けることになりますね。
それに僕達の調査で分かった二俣川方面に存在する雷の領域への調査作業」
「そう。それから、横須賀方面の中位天使への対策。鎌倉はその次に。
中位天使がK.Y.R.I.E.の存在を認識した。しかも、マシロ市にも近い場所で。
そうなると、私達は何を思おうとも、戦わなくっちゃならないだろうから……」