力天使級ラファエラ・スパーダ
「だから何度も言っているだろう?
天使が天使らしくない行動を取るなんてそんなの神話的ナンセンスなんだよ」
かつての人類の栄華の欠片。『世界最強』のアメリカ軍が極東で大きな働きを果たした横須賀基地。
今は天使の手に落ちたその場所にて、らしくもなく――そして酷く不本意にも出会った敵との決着を先送りにした『凍土の天使』スティーリアが不機嫌を隠さずに言った。
「え? どうなんだよ、ラファエラ・スパーダ!」
詰問する彼女の視線の先には一人の女が、彼女の周囲には複数の人型の影がある。
見るからに異形のものもあれば、信仰の語る天使の如く美しいものもある。
だが、それ等は人間に近しいフォルムでも、決して人間とは相容れぬ別物である。
スティーリアの言葉に応じたのは言葉を向けられた女――ラファエラと呼ばれた天使では無かった。
「我にも理解はし難いな。我は天使ではない。だが、天使は目的を共にする者であると承知している。
それは即ち、この地球に蔓延る肉袋共を殲滅する事に他ならぬ。
我等の目的が人類の殲滅であるとするならば貴様の指令は些か合理性を欠くものと言わざるを得まい」
無機質な声に僅かばかりの苛立ちを滲ませたそれは遥かな昔地球に降り立ったアザーバイド――メタル・ビースト群と称された破壊的侵略者の生き残りである。元の世界を滅ぼし、流浪の身となっても人類と称される全てに理不尽な憎悪を向ける『プライム・メタル・ビースト』ゼロ・ツーをK.Y.R.I.E.がグラッジ・ワンと称するのも自然であったと言えるだろう。
「総て天意思の示す通り」
不満げな二個体を嗜めるように第三の個体が口を開いた。
白い小さな鳩を連れた女性型の天使は、長い金髪に、トーガのような白い長衣を纏う。目元を隠し、鍵の形をした、短いオリーブの木の杖を持っている。
「お言葉を」
荘厳な神秘という意味においてはスティーリアやゼロ・ツーよりは大分と天使らしい『白鍵の天使』アドネティエルはあくまでこの場の長である『天槍の乙女』ラファエラ・スパーダの返答を待っていた。
「積極的な戦闘を当面回避しろと言ったのは我々に目的があるからだ。
理解しているだろう? その目的は下位共が漫然と行う人類殲滅の仕事に優先する。
否。最早黄昏に過ぎない人類の光の残滓は放っておいてもやがては朽ち果てる徒花だ。
我等に与えられた役割は死に損ないに構うよりも遥かに重い」
「―――――は!」
如何にも武人然として冷徹に言ったラファエラをスティーリアはせせら笑った。
「そんな死に損ないもののついでで片付ければいい。
ぼくに自由にやらせるならおまえの手なんて借りないよ」
「可能性と優先順位の問題だ」
上位に歯向かう下位の態度さえも歯牙にはかけず、ラファエラは硬質に言った。
「我等の使命はアーカディア・ワンより賜ったものだ。
成る程、確かに人類の生き残り等、貴様に掛かれば鎧袖一触のようなものやも知れぬ。
だが、問題はあくまで可能性にこそある。
不測の戦闘から生じる不確実性を否む事はこの場合、全く不可能だ」
「……」
睥睨するようなゼロ・ツーにラファエラは僅かに嘆息した。
このアザーバイドは偶然に目的を一致する友軍に過ぎない。
彼女は故にもう少しだけ言葉を足す事にした。
「かつてに比すれば確かに現在の人間の勢力は小さなものに過ぎない。
だが、至高のアーカディア・イレヴン不在の内に産まれ殖えた彼奴等は極度に侮るべき存在には無い。
事実、幾つかの会敵と戦績はそれが一定の脅威である事を示しているではないか。
……焦る理由はない。むしろこの現状を喜ぶべきだ。
アーカディア・ワンの指令の達成は人類の確実かつ性急な破滅に直結する。
ゼロ・ツー殿の目的はあくまでこの人類も終わりにする事なのだろう?」
「……………」
冗談ではない鉄面皮――ゼロ・ツーの表情からその心情は読めないが、ラファエラは続けた。
「我々は万難を排して指令を達成する必要がある。
万が一、億が一の可能性でも短絡的な戦闘で指令に問題を生じさせる事は許されん」
「……チッ」
スティーリアは露骨な舌打ちをする。
指令とやらは兎に角彼女の趣味ではない。
(家出娘を探せだって? そんなの餓鬼のお使いだろう?
……素晴らしいぼくに指図するようなクソ女はどうでもいいけど。
アーカディア・ワンを出されると面倒だな。いや、本当に面倒だ)
「理解したな?」
「……栞田花束はどうしたんだ?」
「奴は鎌倉方面へ移動したらしい」
「そういう身勝手は許すのか?」
「成り変わりの連中は制御が難しい。止める方が面倒を生じると判断した」
幾度目か分からないスティーリアの悪態をラファエラは無視した。
「まあまあ」ととりなすように言ったのは長い髪をした美しい男の天使だった。
『揺籃の天使』エストダールは偏に美しい天使を愛している。
勿論、美しいならばやがて祝福を受け天使となる人間の事も――
「そう表情を歪めては美しい顔が台無しだ。良いではありませんか。
我々は当面指令を優先する――しかし、美しきラファエラ。リミットの存在は否定しますまい?」
「……………」
「人間勢力は恐らくこの横須賀基地の攻略を狙っている。
彼等が何処まで進むかは兎も角として、その勢いが落ちないのだとしたらやがては我等との決戦になるでしょう。
我々は確かに至高の捜索を命じられてはいるが、地上の拠点を放棄しても良いという許可も受けていない。
愛しきスティーリア? だからそう焦る必要は無いのですよ。
ラファエラは指令を優先し、しかし必要とあらば彼等の駆逐を命じるでしょう。
それもこれも、全ては大いなるアーカディア・ワンの御意思のもと、ね!」
食えない男は気障に言って鳥のような小さな笑みを零していた。
薄暗い世界に幾多のヘイローが揺れている。
人類が超えねばならない深い絶望のヴェールは未だその真の姿を現してはいない――