遠雷と、竜胆


 南西には鎌倉が、南東には横須賀が、そしてマシロ市から見て北西部には雷の領域が広がっている。
 マシロ市は横須賀方面――三浦半島は逗子市や葉山町が削り落とされた格好になっているようだが――に広がっている凍土地帯の攻略を第一目標とした。
 それは中位天使である『凍土の天使』スティーリアが横須賀基地側への移動を行った事で、一気に横須賀側の危険度が上昇したからだ。
 本来の天使イレイサーは人類を滅ぼして然るべきである。
 スティーリア始めとする天使達はそうはしなかった。能天使級は更にその上の司令官を有しているとK.Y.R.I.E.は判断したのだ。
 中位天使である司令官の号令が掛れば氷取沢橋頭堡を始めとした各地に天使による襲撃がに行なわれる可能性を危惧しているとも言える。
 と、言えども天使達は未だその動きを見せず此処が組織的指令の解れである為に討つならば今だろうと認識されているのだが――
「横須賀地域の索敵と情報収集は行なわれているが、それだけでは気に掛かることもある」
 黒崎 光太郎(r2n000041)は目を伏せった。探偵である彼は氷取沢橋頭堡から鎌倉側への進軍経路を探る内に大天使級の存在を観測した。
 鎌倉市に入るか、入らないか。その辺りの区域には多くの天使や変イタの姿が見られる。それらは氷取沢橋頭堡からすれば脅威に他ならない。
「ええ……どこか統率されたかのような動き。まるで鎌倉という拠点を守っているかのような雰囲気があります」
 憂うような声音を発したのはパトリシア(r2n000088)。湘南台への探索で生存者は終末論者と思わしき人間が鎌倉へと移動したとも告げたのだという。
 生き残った人類が存在する可能性は非常に高いが、終末論者だというならば人間如何しての敵対となるのはやむを得まい。
「一先ずは鎌倉方面の索敵及び調査を同時的に並行するべきでしょう。横須賀に手を取られ
「ああ、同感だ。と、言っても地固め程度で、横須賀を終えてからの本格的調査となるだろうが……」
 パトリシアと光太郎の傍にやってきたのはアルテマ・ウィンフィールド(r2n000073)その人であった。
「お二人は鎌倉方面調査ですか? こちらは保土ヶ谷方面……大和市の近郊への調査に赴こうかと。どうやらが発見された――との事で」
 静かに告げるアルテマに慌ただしく走り寄ってきたのは匂坂 愛(r2n000011)。「雷がどーんだよ!」と両手を挙げる。
「ええ、でした」
「ねっ、すっごいんだよ。雷が壁みたいになっててゴロゴローーでどーんなの!」
 両手を挙げた愛と同じように「ドーン!!!」と両手を掲げたのはマリィ・ニールセン(r2n000016)だ。
「うう……映像を見ただけでもみみがわんわんします……こわいです……」
 顔面蒼白のマリィ、不安げな彼女の傍で愛も「怖いよねえ……」と身を縮めている。
 アルテマと愛、そしてマリィが向うのは 保土ヶ谷方面から進行方向は塩化地域を避けて大和市方面に向うのものである。
 それはこれまでのK.Y.R.I.E.の調査報告によって塩化地帯は人類が現時点で踏破不可能であると判断されたからだ。
 その耐性のない変異体は肉体をも塩へと変化させて見る見るうちに崩れ落ちる。
 東京都は日本全土でも最も重要な拠点とも呼べる地点だ。故に、その奪取を目標と掲げるのは間違いではないのだが――横たわる塩化地帯は無機物であれば早期に、人体及び生物であれば一定の区域程度で崩れ落ちて行く。
 これまでK.Y.R.I.E.で行なわれた遠征においてそうした情報を得ることが出来なかったのは随行したドローンが先に塩化して信号をロストさせ、その後、塩化の影響を受けたか遠征派遣任務に従事した能力者達もそうして――……。
「……先がどうなっているかの継続調査ですね」
 アルテマに愛とマリィは深く頷いた。

 背後でモニターが小さく電子音を立てた。文字が浮かび上がりK.Y.R.I.E.のロゴがぐるりと回り始める。
 K.Y.R.I.E.データベース専属司書AI、Operational Reliability and Computational Logistics Engine――通称をO.R.A.C.L.Eは本作戦行動者のリストアップを終えたのだろう。
 機械音声が流れ始め、作戦開始の合図を告げるのだ。このデータベースに鎌倉と大和市方面の調査結果を蓄積するのもまた能力者の仕事なのだから。

『――レイヴンズ、今日の任務内容は確認出来ましたか?
 作戦行動日和であることには違いはありませんが、鎌倉及び大和市方面に対するK.Y.R.I.E.データベース上の情報は欠落しています。
 それでは、作戦行動を開始して下さい。どうか、お気を付けて』