凍土へと進め
「やれやれ、こんな所にまで呼び出されるとは……さっさと帰りたいのだが……」
嘆息した天逆 九天(r2p002759)の傍には是枝 美琴(r2p000808)が立っていた。
「ダメですよ、天逆課長! しっかり仕事しないと!」
「俺の代わりに神秘対策課はしっかり仕事をするだろうよ。課長が態々前線指揮なんざ向いちゃいないさ。
狗瀬やら春名にでも仕事を押し付けて置けば良いだろうに」
「警察官である以上は市民の無事は最優先です!
現場には冬澤先輩達が向うことになりますが氷取沢橋頭堡の防衛も重要任務ですから」
胸を張った美琴に「一人用の結界を張って引き籠もりたい」と九天は呻くように言った。
彼等マシロ警察の協力の下で氷取沢橋頭堡にはしっかりとした防衛陣形が張られている。幾人ものK.Y.R.I.E.の能力者達が此度は氷取沢橋頭堡へと移動してきている。
その理由というのも金沢区への進軍を行なう中で横須賀が見えてきたからだ。
氷の気配をさせる横須賀は目的地である旧人類軍横須賀基地へ向かう為の道程だ。
オペレーターである乙羽 燈和(r2p003277)や情報管理官の金合歓 文彦(r2p000268)が現場にまでやってきたのは大規模作戦に先駆けてのことである。
「鎌倉への調査も同時進行していますが……大和市側はあの領域からはでて来なさそうですね。
両方とも現状としては引き続きの偵察任務となるでしょう。しかし、横須賀は違う。大天使の迎撃が幾度か行なわれて居る様子が見て取れます」
そう呟いた文彦に燈和はこくりと頷いた。氷取沢橋頭堡から能力者達へと連絡と連携をするオペレーターである。
愛しの旦那様も某かの任務へと望む可能性がある実情だ。恋に生き、愛に殉じる娘はここ氷取沢橋頭堡での前線オペレーター勤務を希望したのだ。
「兄さんが任務に向って帰還するならば氷取沢橋頭堡ですもの。
ここは安全だし、オペレーターを必要としている。兄さんだって私のことを怒りやしないはずだわ!」
「……怒られる、のですか」
「ええ。危険なことはしてはならないって。私だって堕天使なのに」
少し膨れ面を見せた燈和に文彦は危険と呟いた。そうだ、彼にとっても孫娘が前線作戦へと挑む可能性がある。
「……危険を減らすのも我々K.Y.R.I.E.の後方支援職の仕事ですね」
「ええ。旧人類軍横須賀基地まで一気に駆抜けることが出来たならば、K.Y.R.I.E.が天使達を包囲できる。
その道中の確認作業だって今は進められているもの。作戦行動で上がってきたルートを確定させれば、あとは攻めるだけ」
如何にも果敢に攻めることを得意とする燈和に文彦は頷いた。
そこまで確定しているならばオペレーター兼務としてマシロ警察の監督責任を己が負わなくて良いのではと九天はぼやく。
「いけませんよ。課長! あんなに寒い場所に皆さんが進むのですから、この氷取沢橋頭堡の防衛は完璧でなくては」
「と、言ってもな、是枝……」
「暖かい施設に美味しいご飯。それを用意して皆さんの帰りを待つのも後方支援です。
K.Y.R.I.E.から医務官の皆さんやオペレーターの皆さんも此方に向っていますから」
背をばしんと叩いた美琴の力強さに「いたた……」と呟いた九天は「嫌な気配もするのがなあ」とぼやいた。
――きっと、進む先には脅威が待ち受けて居る。
相手の連携が乱れている内こそが肝だとは耳にしているが、彼等の本拠地にまで攻め入ることとなればその状況は一変する可能性がある。
今までは人類よりも目的を優先する動向を見せている天使達も本拠地では防衛という目的に合致すれば何らかの連携を見せる予感がする。
天逆 九天はマシロ警察神秘対策課課長である。故に、酸いも甘いもある程度のものならば噛み分けて生きてきた。
(若人が苦労する世の中になったもんだな。全く――)
明るく笑う新米刑事の是枝 美琴が張り切る様子を眺めてから九天は嘆息するのだ。
「ところで、是枝。神秘対策課には――」
「お化けとか、分かりません」
「……そうか。そうだな、まあないとおもえばないのだからな」
そう言ってから彼は何処ぞを眺めてからやれやれと肩を竦めた。その仕草に美琴が青ざめてから文彦と燈和に泣きついたのは言うまでも無い――