![](https://img.rev2.reversion.jp/systemimages/413/296764c930087e8c94ef301eb11f19c4.png)
力天使・バルトロ
エデンとは別の場所、しかして近しい場所。
暗く、美しい神聖の場に二つの人影が在る。
外部にある誰にも絶対に知覚出来ないその場所は文字通りの『隔絶』だった。
人ならざる世界にも昼夜はあるのか?
否。人の世が元より天を模して造られたものならば、なぞりしは人界の方である。
「マリアテレサは我々の顕現を禁止した」
流麗な美貌に純白の聖衣を纏ったその男、即ちアーカディア・ファイヴ――アレクシス・アハスヴェールは念を押すように目の前の天使に言葉を投げた。
「バルトロ、君はその意味が分かっていますね?」
「承知しておりますとも」
バルトロと呼ばれた黒い甲冑の力天使は主人の言葉に当意即妙を得ている。
今更に問い返す事すらせず、彼は主人の言葉を代弁した。
「まずは地ならしのようなものでしょう?」
「ご名答です。しかし、君は相変わらずですね」
温く笑ったアレクシスにバルトロは「性分なもので」と悪びれなかった。
バルトロの声色は畏まらず、その言葉は絶大にして偉大なる熾天使に対するには余りにも軽薄である。
たかだか力天使がこんな口を利いたなら、相手によっては比喩ではなく首が飛ぶ。
「森閑と粛々と、それでも使えない駒よりはお好みでしょう?」
「まあね」
されど、バルトロにとっては先刻承知、そして幸運である事に彼の戴く頂点は必要な采配を的確に振るい、自らの駒を適切に動かすだけの度量と合理性を持っていた。つまり、主人への理解が早く機転のあるバルトロは当を得た軽口が許される程度には、小回りの利く駒としての評価を受けているという訳だ。
「しかし、慎重ですね。まさか俺とは」
栄えある熾天を戴くアレクシスの麾下には幾らでも強力な天使が居る。
力天使は精々が中位格だ。即ち、上位の個体とは大きく力で水を開けられている。
主人が望むものの大きさを考えたならば、本来は自身如きにお鉢が回るような話ではない筈だった。
「それだけ、これが重要な話という事ですよ。
主天使以上を動かせば、確実に厄介な話になる。
逆に言えばこの話は君程度だからこそ都合が良いのです。
力天使バルトロよ。君は弱く、そして幾分か賢いから」
「どっちかって言えば荒事の方を評価して貰いたいもんですがね」
「弱い」の言葉にバルトロの口元が幾らか吊り上がった。
対抗するのも馬鹿馬鹿しい絶対存在に訂正を求めるような愚かはしないが、何せこの天使――武闘派である。
「まあ、偉大なるアハスヴェールに我が忠勤と能力の程をお見せするのも一興です。
何せ、地上にはラファエラ・スパーダを負かした連中も居るんでしょう?
指揮官気取りの堅物女が実戦でへま打つなんて、まあ俺からすりゃあさもありなん、ですけど。
何れにせよ腐っても力天使を仕留めたのは事実です。
それに、地上には幾分か例外的な連中も居る様子。
御身もそりゃあ――これからを見るなら、多少の気には掛ける訳だ」
へらへらと言ったバルトロにアレクシスはやや不快そうに呟いた。
「私が、塵芥を気に掛ける? それは不敬ですか? バルトロ」
「滅相も無い! 偉大なる我が五位は他の愚物と違い、何処までも賢明でいらっしゃるだけのこと!
俺は貴方様の命で貴方様の為に、貴方様の計画が全て完遂するよう動くまでです。
俺はね、単純な性格ですけど。真逆な貴方様のそういう所が結構好きなんですよ」
「ふん」と鼻を鳴らしたアレクシスは生意気な部下の戯言を捨て置く事にした。
実際問題、この男はまあまあ良くやるのだ。少なくとも力天使以下で適任を見繕うなら最も確実と言える――
「その大言壮語を現実のものにして下さいね。
まだ私には準備が要る。その間に君は為すべきを為しなさい。
全て自分で判断してね」
「仰せのままに」
最後だけは恭しくややわざとらしい一礼をしたバルトロは実に楽しそうに笑っていた。
顕現の命がこうも早く下るとは。剣を仕留めた奴等と遊べるなんて最高だろう!?
![](https://img.rev2.reversion.jp/systemimages/403/f3a6dcaf7f0293a50344ef270497e52d.png)
![](https://img.rev2.reversion.jp/systemimages/390/eabf7697e79eb49a81c97d7e202a256d.png)