神鳴る薔薇


「斯様な所にアイドルがやって来ても良かったのかえ?
 その内、足下を掬われても知らぬぞ。藤代 ガーネット?」
 何処か驚かすかのように凄んだ声音に、潜んだ悪戯心は容易に感じる事も出来よう。
「自分が呼んだんでしょ~?」と頬を膨らませてに仕立てた自らを相手へと向けた藤代 ガーネット(r2n000030)は常通りの溌剌とした笑みを浮かべていた。
「でも、アタシを呼ぶだなんて珍しいね? ね? ヒメリ――ううん、今日は龍妃サマかな?」
「利口な娘じゃな。そうで無ければマシロ市のバックアップを受けると選択はせぬか。
 ……貴様に確認がある。小童クソガキに圧を掛けるつもりはないが、適切に答えることだけをわらわは求める」
 目の前に立っていたのは龍華会の帮主会長である華氷 ヒメリ(r2n000018)とその右腕弾除けの神寺 一弥(r2n000019)その人だった。
「――帮主ボス
「怖い顔をするな、一弥。わらわが可愛い可愛い若人を虐めたことがあったかえ?」
「指で数えれば足りない程にあっただろうが……」
 にんまりと微笑むヒメリに一弥は口を閉ざした。ぱちくりと瞬くガーネットは居住いを正す。
 能力者達を揶揄い、時に遊びの一貫として顔を出す気軽な少女ではない。目の前に立っているのは確かにマシロ市の裏に根付く龍の頂の女であったのだから。
「貴様、ローズと呼ばれた女を知っておるか?」
 ぴくり、とガーネットの肩が揺れ動いた。ヒメリが一歩、近付く。
「ローズ、いや、本来の名は妃野原ひのはらかえ。数年前にK.Y.R.I.E.に在籍していたことは確認した」
 ガーネットが後方に一歩下がった。ヒメリが歩を進めたことに思わず、身を退いただけだ。
 ヒメリが更にもう一歩進む。二人の距離が狭まって背丈の低い女がガーネットの首筋を撫でた。その爛々と輝く左右色違いの眸がガーネットを見詰めている。
「庇い立てするつもりはなかろうな――?」
 まるで首筋にひたりとナイフでも当てられたかのようだった。手袋に包まれた女の指先がガーネットの首筋を撫で、肩へと添えられ――
「ヒメリ様」
 そう、名を呼んだのは一弥だった。おのれの主人にも当たる女の肩をおざなりに掴んだかと思えば引き剥がすように後方へと引っ張る。非常に不服そうな顔をした女が「何じゃ」と唇を尖らせている。
「驚かせる場合じゃないだろう。悪ぃな。……妃野原と名乗って居た女の行方を追っている。
 奴ァ、に関連が疑われている。あの女が手引きをした訳じゃないだろうが関わっていることは確かだ」
「聖釘……売人のグルガルタに……? そ、そんな事はないよ! だって、だって、ローズ先輩は――!」

 ――おい、柘榴ォッ! こっちに来い! ほーら、謳えよ。引っ込み思案してんじゃねぇぞ。

 思い出せば、案外良い思い出がないのがの事なのだけれど。口調は厳しくても誰よりも一生懸命だった。
 孤高の歌姫。桃色の薔薇。アイドルになるなら、きっと自分より彼女だと信じて止まなかったその人。
「ローズ先輩は、数年前に行方不明になって――!」

 雷の音がする。
 遠い、遠い場所で地を叩いた。
「ンあ~~? は? 能力者が結構進んだ? てめぇ、何のために雷の障壁を数枚張ってんだよ。
 勝手に此の辺りに入れるようにしてんじゃねぇよ! さっさと追い返せ、このべちょべちょドラゴン!」
 勢い良く杖で頭を殴り付けられた巨大なライドラの個体は「たすかる」と喋った。引き攣った表情を見せたのは鮮やかな薔薇色の髪に金色の眸の娘だ。
 薔薇の天冠を頂くK.Y.R.I.E.の制服を身に纏っていた娘が引き攣った声を漏らしてから「うるせえな!」と更に杖でライドラを殴る。
「ローズちゃん」
「ローズって呼ぶなつってんだろ!」
 彼女の傍に常に侍る個体は知能を有している。よく人間の言葉を理解し、各個体の取り纏めとして彼女の――の傍に存在して居るのだ。
龍華ろんふぁがローズちゃんの事、気付いたみたい」
「は?」
「グルガルタが吐いた」
「はあ~~? つっかえねぇな……あーあ、あんな奴らのケツ持ちするんじゃなかった!
 グルなんとかだとか、聖釘だとか、良く知らねぇけどさ、終鐘教会なんかに協力するんじゃなかった!
 本当に本当にさいてー。もっと上手くやれよ。一応、あそこのババアに恩があるからってOKしたけど!」
「ローズちゃん、べりーおっけーって言ってた」
「うるせえな、黙ってろよ! こっのべちょべちょドラゴン!
 ……じゃあ、攻めてくるじゃん。アタシんところに、あいつら……最悪、最悪ッ!」
 地団駄を踏んだローズは「横須賀の女ブチ殺したなら素直に太平洋でもいけや」と呻くように言った。
 女はK.Y.R.I.E.が嫌いだ。女はマシロ市が嫌いだ。おのれのコンプレックスを刺激する。おのれはあの場所では花咲けなかった。
 誰が何と言おうとおのれはあの都市が嫌いなのだ。のだから。燻ったおのれが行き着く果てがこれだっただなんて――見られたくはない。特に、あの煌びやかに輝く柘榴石あの女には!
「どうする?」
「どうするも何も、誰もこの先に通すな。殺せ! 諦めさせれば良いのよ。素直にマシロ市に籠っていろよ。誰も、誰も来るな!」
 女は癇癪を起こした様子で杖でライドラを叩いた。「助かる」と声を上げるライドラは頭をぶるんぶるんと振りながら目の前の娘を見る。
 彼女は天使イレイサーだ。
 人間を滅ぼしたいくせに、人間を護りたがっているようにも見える。
 それでも、彼女は此の辺りを悉く壊し尽くした。聖釘を擁護し、マシロ市の内部崩壊を狙っていた。
(ローズちゃんって、かわいそうなんだろうな。かわいいな)
 そんなライドラの内心に気付いたかのように女は「早く行け!」と蹴り飛ばした。今日もまたライドラは助かってしまった。