
海へ向かう
――たたん、たたん。
リズミカルな振動が伝わってくる。今日は皆で出掛ける事にした。
刻陽学園の学生だけで結成した保野隊の四人で出掛ける予定をしていたのだ。
鎌倉の海を見に行きたいと最初に言ったのは古月 せをりだった。
楽しそうだと手を叩いて喜んだはずの保野 ひのえは課題の提出が終わらないと明朝泣きついてきたのだ。
じゃあ、予定をズラそうと提案した栞田 花束に篠 陽陰は知らない場所だから二人で下見でもしてきて欲しいと送り出した。
――たたん、たたん。
有り得ない話だけれど、夢みたいな光景だった。
「二人になっちゃったね」
「そうやね、ほんまにひのえは……。陽陰も来たら良かったのに。
うちらに面倒な事任せて引き籠もるんやから。あのこ、何時も遠征も来ないやろ?」
「まあね。せをりはおれと二人、いやだった?」
「……ううん、別に。いやとかあれへんよ。かづは」
「おれがせをりと遊ぶの嫌がったこと、あった?」
可笑しそうに笑った花束にせをりが肩を竦めた。ありませんでしたぁ、と間延びした調子で返せば彼が楽しそうに笑うからだ。
永遠の高校一年生、旧時代の娘がそこに混じって居るというのは何かとやりにくいことであっただろうに。
年齢の差も、経験の差も、何もかもをひっくるめて彼等はせをりを仲間に迎え入れてくれた。
あたたかい、大切な場所だった。
この四人なら、何処へだって行けるからこれまで頑張ってこられた。
「鎌倉の海、折角なら四人で最初に見たかったのに」
「また言ってる」
「だって、折角復興したんよ。マシロ市とは違うやない。車窓から綺麗に海が見えて、レトロな街で、それで……」
「それで?」
「それで、綺麗だね、うれしいねって言い合える……」
「うん」
「……うちら、がんばったねえ、って……遠征が成功してよかったねって」
「うん」
「それ、分かち合いたかったのに」
「せをり、何時も拗ねるときに頬膨らますよね、ちょっとだけ。リスみたい」
「はあ」
揶揄うなと肘で小突いてみれば彼が明るく笑った。
「ねえ、かづ……」
「ん? 眠いなら寝て良いよ。着いたら起こすから」
「うん。なんやろなあ……着かんかったらええのになあ」
「どこに?」
「んー……夢の終わり?」
「そうだね。せをり」
彼の温もりに寄り添って、目を閉じた。
ああ、暖かいなあ。
いつも、温かい掌をしていたんだ。このひとは。
それで……優しく笑うと、瞳がきらきら、太陽の光に照らされた海みたいで。
暖かい陽射しの下で見ればその髪が光を返して綺麗で、何を取っても美しかった。
この世界で出遭った、一番のしあわせを形作っていたのは彼だったとさえ思えていた。
「せをり」
――あと、もう一度だけ、名前を呼んで、笑って居て。
どこに言ったって、出遭えなくなったって、何があったって。
うち、ずっと、かづが幸せだったらそれでよかったよ。
さようなら。
今日は、太陽がきらきら、美しい。死ぬのに良い日になりましたか?