
蛇蝎化現
「蛇蝎化現――なぁ……」
そうぽつねんと呟いたのは古月 せをり(r2n000108)であったか。
刻陽学園の学生服ではなく、彼女が神祇院の一員として活動する際にその身に纏っていることの多い装束に身を包み渋い表情を浮かべながらも能力者を見回す。
蛇蝎化現と呼ばれる事象が鎌倉の西方で発生している。
それは様々な生物が蛇に憑依をなされているという事象である。それは変異体やその地の精霊だけではなく、アザーバイドやフレッシュといった人間にも憑依例が存在して居る。
不運にも人里のない地域に転移してしまったフレッシュ達が何らかの事象によって蛇にその身を変化させているというのだ。ただし、その憑依状態にも差があり、引き剥がすことで救出が叶う場合があるらしい。
「精霊の類いか、もしくは何らかそうした事象ではないかと推測をしているのですが……」
「まあ、ハクが言うのならそうなんやろうね。精霊使いの言葉はアテにもなるわ」
苦い笑いを浮かべた嘉神 ハク(r2n000008)は頬を掻いてから「それはよかった」と返した。彼個人の資質はさて置いて、K.Y.R.I.E.本部としてはその事象を蛇蝎化現と名付け、一連の調査対象として認識している。
能力者に対しても攻撃的な事象であるのだから見過ごせず、尚且つ、それが鎌倉を襲った天使達とは別個の存在であろうということが気に掛かる。天地と蛇蝎化現、そして能力者と言った三つ巴ともなる戦場が発生しているのだから尚更に事象への対策が求められるのだ。
「何かの蛇が取り憑いてる。でも、その状態によっては蛇を引き剥がすことが出来る――けど、蛇が張付けば何らかの強化状態になって戦闘は免れない、ってことやね?」
「そうですね。それも蛇だけではない。鎌倉を襲った一団による襲撃も見られます。
時折セレブレイター……通信妨害オブジェクトが存在して居ますから、彼等が駐屯地として西方に点在しているのは明らかです、が、その底が見えません。まだ、調査を続ける必要があるのでしょう」
「……そう、やね。一先ずは蛇から助けられたフレッシュは鎌倉で保護をしよう。
そんで……天使らやけど、それも追いかけつつも西方に活動範囲を広げることが先決か。
何れにせよ、どこかでぶつかるやろう。ぶつかるまではマシロ市の活動範囲を広げるべきや」
「その意見は本部も同じくです。その為には西方の各拠点にもアプローチをかけていきたいというのが本部の考えですが……」
ハクは悩ましげに呟いた。進軍は続いては居るが、一進一退だ。
各地の拠点ともなり得る場所を確保しながら進むほかにはないが、西方進軍の目的地はいまいち定めにくい。
「一先ず、せをりさんとしては何処まで行こうと考えますか?」
「そう、やな――」
渋い表情を浮かべた元鎌倉先遣隊の少女は「難しい」と呟いた。
蛇蝎化現然り、統率の取れた天使の一団然り、考えることは山ほどある。
「少し考えよう。情報はじわじわと集まってきてる。それを束ねれば、行く道も自ずと開けるはずや」
西方調査が始まった。偵察作戦の中で生まれた新たな不和を払い除け――その征く先に幸あらんことを。