
蛇と兆しと
ターリル・マルタルは湘南の風を受けてぼんやりと周辺を見回した。
この場所には結界が張り巡らされていた。人間の残した遺物なのだろうが、その中にならば隠すのは丁度良いと3つオベリスクが配置されている。索敵避けと電波障害による周辺認識阻害が施された結界内部にて少女は不可思議なうさぎの頭の着いたオベリスクの上に腰掛けていた。
「うーん、なるほど。
ヴァルトルーデおねいちゃんの言った通りですね。人間さん達は結構やんちゃです。
西方に私達が退いたとなれば何処へまで追ってくるかなと思いましたけれど、箱根の御山位ならハイキングしちゃいそうな……。
あ、でもでも、あの蛇さん何でしょう? ちょっと面白いですね。覗き見~しちゃいますか~?」
指先でマルを作ってからターリルが「ふーむふむふむ」と呟いた。
この場所に規則的に配置したオベリスク、それから元より存在した遠見の結界の能力。それを駆使すればある程度の覗き見は出来よう。
ただ、ちょっと厄介そうなおじさんがいるところに関しては彼女は覗き見しないだけの利口さは持ち得たようだ。
「……六眼神社ですか。人間さんは蛇蝎化現って呼んでましたし、リルちゃんもそう呼びますか。
へびさんっぽいものがリルちゃんたちの邪魔するのも予想外でしたしね。ここは要チェックでしょうか?
あ、そうだ。ベルおじいちゃんが見に行った宝剣も蛇さんっぽいのがあったんですっけ?
はー……厄介ですね、へびさん。リルちゃんも見に行けば良かったでしょうか。いや、でもなーうーん……うーんですねー?」
ターリルは首を傾げてから一度手を下ろした。
この場所を離れるべきではない、と認識している。
もしも人間側が気付いたならば迎撃が必須になろうし、ここが陥落したとてある程度の人間の情報を得られたならば構わないのだ。
何方に転んだってターリルにとっては良い事が多いのだから留守にしている間に能力者達が来てしまえば彼女にとっての大いなる不運ともなろう。
「お留守番ですしね。ヴァルトルーデおねいちゃんにもそうお約束しましたし……。
リルのかわりにベルおじいちゃんとエルおねいちゃんが頑張ってくれ――……ああ、あのひと……」
ターリルはまたもマルを作って覗き見をしてから嘆息した。
何処か不機嫌そうに手を下ろしてから首をふるふると振り続ける。
「疑り深いのはリルの悪い癖! ですね!
……でも、どうしたら信用できるっていうんですか? リルの場合、絡んでくるのオカマさんでしたし……。
ベルガモートさんも信頼出来ないです。いえ、ミハイルさんもそうですけど。
知らない大人は信頼しちゃダメってヴァルトルーデおねいちゃんに教わっていますしね。
おいそれと私とエルおねいちゃんには手出しをしないでしょうけれど。そんなことになったら――」
サンノカミノミョウジンと呼ばれた神格を祀るかの地の本質は霊脈だ。その霊脈を能力者達も狙いに繰るに決まっているだろう。
エルシィはミハイル派閥に属するベルガモートという天使より情報提供を受け、そちらに向かった、という部分までは覗き見た。
どの道、此処で能力者全てを潰すほどに本気を出さなくて良いとターリルは考えて居る。
奥の手というのはとっておくべきだ。
それに、ヴァルトルーデに代り西方掃討に繰り出した能力者達の現況把握に努めるターリルは他天使達に斯う告げた。
――安心してください。目的が確保出来なければここは直ぐ退けば良いです。
それ以上に、あの人間さんたちが何を考え、どの様に動いているのか。情報を得れたならばそれで良い。
……あ、でも、摘めそうな芽は摘みましょう。全てはあの方が求めていらっしゃる通りに!
「リル様」
呼び掛けられてからターリルは立ち上がる。結界に何かが反応した。
「はい。行ってきますね。
では皆さん、楽しい一日にしましょう! 折角夜が明けたのですから!」