
第五裁決シ・ビュラ III
陰鬱にして暗澹。
本来ならば怨霊にとって好ましいはずの空気なれど、恵井 饋(r2p001896)の顔に喜色の欠片は一つとてない。
天使Alice the Chatelaine(r2p006119)とその妹との戦いは戦局的に見れば勝利を収めたものの、蓋を開ければ酷く苦い結果に終わった。じっとしていればその時のことが何度もリフレインしそうで――
「他に怪我をした人はいる? ……あたしが祟る前に死なないでよね」
癒しの札をその手に顕現させながら、饋は簡易拠点内を見回した。箱根山中。そこかしこで天使による襲撃が発生し、誰もが傷と疲弊を負っていた。
「悪ぃ、こっち頼めるか」
そこへ現れるのはキキ(r2p000208)だ。重い傷を負った仲間を支えつつ、安全に休める場所に辿り着いたことにようやっとの息を吐く。
キキ達が居た簡易陣地は――天使フィフスの襲撃と巻き起こる天災で、見るも無惨に破壊されて。辛くもフィフスの撃退には成功したものの……受けた損害は途方もない。
「……チッ。好き放題暴れてくれやがって」
――戦場から合流地点の廃墟へ。御殿場、未だここは安全とは言い切れない場所なれど……天使シャハル(r2p006423)とその一軍を退けた緋群 蛍(r2p006139)は、それでもやっと呼吸が再開できるような心地を覚えた。
誰も倒れさせないと。そう奮闘した甲斐があった、だろうか。無傷とまではいかなかったものの、幸いにして犠牲者は誰も居ない。合流地点にも他部隊の顔ぶれがそろっていて――「よかった」、と蛍は心からの言葉をこぼした。
ちょうど、天使イザベル(r2n000185)を退けた東雲・春斗(r2p000531)も合流する――その身の傷が激戦を物語っていた。
仲間の無事には安堵を。しかし、天使殺しとして天使を取り逃がしたことでその眼差しは険しい。
(……次は必ず)
深呼吸で殺気を鎮める。今は、傷の手当てが最優先であった。そうして思う、未帰還の仲間は無事だろうか。春斗は彼方を案ずるように見やる――。
「くそっ。――くそッ、くそッ!!」
御殿場の荒野にて。止まぬ砂塵の中、柏木 清志郎(r2p000956)の怒号が響き渡る。
別働隊の一人、黒森・秘蜜(r2p000247)は合流を果たして目にしたそんな光景に――小さく、息を呑んで。
(……一人いない)
天使ブラムザップと戦った能力者は十人、だったはず。なのに。ここにいるのは九人だ。
「一体……何が起きたんだい」
狼狽を押し殺し、噛み殺し、震えそうな指先をシルクハットを正す仕草で誤魔化して、奇術師は努めて冷静に問いかける。それでも、どくん、どくん、胸の中では嫌な気配が膨れ上がっていた。
「っ……」
血だらけの手を、震えるぐらいに握り締めて。振り返る清志郎は……絞り出すようにこう言った。
「……榊原君(r2p000044)が。ブラムザップに拉致された」
「なんだって、――」
――某所。
天使の、翼の音。
「よー、お疲れさんベル」
戻ってきた天使ベル・プペに、天使ブラムザップは天使級からの治療を受けつつ片手を上げて、……ついでに片眉も上げた。
「へえ? それがお前のマブかい」
ヒビの入ったベル・プペの腕に、大切そうに抱きしめられていたのは――グッタリと目を閉じている鵜来巣 未明(r2p000774)で。
「……――」
人形のような少女天使はただ静寂。なれどその目には、主の為に働けたのだという歓びが浮かんでいた。
「そっちも連れて帰ってきたの? えらいねえ。
あ、でも猊下が来られたんだから、がんばっちゃうよね」
にこにこと微笑むウィラもまた、シ・ビュラの檻で一人連れ帰ってきたらしい。宗堂 シンジ(r2p000139)――天使への可能性を捨てきれない男だ。
――そんな同胞達を、天使ベルセノスは悠然と見守っていた。
「仕事を全うできたようでなによりですな。最近の天使はみな優秀でいらっしゃる。御方がお見えになった甲斐があるというものです」
その笑みの奥で。
思い返すのは、先の激戦――……。
――日野原 晃輝(r2p002534)がベルセノスに拉致された。
その事実が、獅堂 政宗(r2p001844)の心に突き刺さる。
彼に生かされた。彼に護られた。彼が居なければ、死者すら出ていたろう状況で。悔しさとままならなさが込み上げる。歯噛みした。嗚呼。
「畜生、……!」
その「苦い」という一言では生温いほどの想いは。
異なる戦場にいたアルデルス・アルベルティナ(r2p005760)もまた、同じ。
「っ、――×××、……!」
思わずと、育った環境に起因するありったけの悪意の言葉を、消え去った天使へと吐いた。退路は開けた。なのに。シンジはここに居なくて。
……仰ぐ空は未だ、破滅の隠喩のように、昏い。