事実上、不可能


「言いたい事は分かってると思う」
 何時も朗らかな美貌にこの上ない位に硬質な表情を張り付けた王条 かぐら(r2n000003)は黒壇の机につき、先刻承知といった顔をしている涼介・マクスウェル(r2n000002)を向こうにそう言った。
「皆まで言わなくても分かる。
 戦略と合理性を好む君の心を動かすような話でない事は承知している」
 リースリット・フィアル・ミルティス・フュステリエル(r2p001804)、パトリシア・ウルシュ・オブラン・シェリード(r2p005521)、エスタナエル(r2p001085)、そして謡=レーヴェンツァーン(r2p006057)、アウェーたる市長室で涼介の背後に控えるの視線を一身に浴びながらも、かぐらは一分も譲る心算は持っていなかった。
K.Y.R.I.E.
 表情を変えない涼介を正面から見据えて視線で戦いを挑む。
 冷たいレンズの奥の切れ長の瞳はまるで値踏みをするようにかぐらを見つめていた。
(変わらない。君は何時もと同じなんだね――)
 かぐらの内心を知ってか知らずか。冷静極まる涼介に彼女の心は少なからず乱された。
 K.Y.R.I.E.の主力レイヴンズ十一名の消息が絶えたのは数日前の出来事であった。箱根から富士にかけて――K.Y.R.I.E.が鎬を削っていた敵の正体がアーカディア5――アレクシス・アハスヴェールであったという凶報は、同時に衝撃的な結果をマシロ市にもたらしたのである。
 作戦の経過中に複数のレイヴンズが囚われ、敵に連行されたという冷たい情報はを告げていない。
「……こちらでも涼介君との交渉材料を探したんだ。
 作戦を発動する根拠、必要な材料をね。でもNullだった。ハッキリ言って何もない」
 
 つまり彼女は決して見捨てられないK.Y.R.I.E.の部下――いや、仲間を助けてくれ、と悪魔に懇願している。

 ぴくり、とリースリットの眉が動く。
 嘆息した涼介がこれだけ言われて発した初めての言葉がそれだった。
「敵がアレクシスだと知れた以上、そうなるに決まっている。
 K.Y.R.I.E.が如何に優秀でも理外の、人智の外の存在には通用しません。
 特にね。相手が悪い。アレクシス・アハスヴェールは千の権能を持つと称される熾天使だ。
 他の連中とは違って、何処までも技巧派で手札が多いのです。
 K.Y.R.I.E.の努力不足とは思いませんよ。その失敗は必然ですから」
「……………」
「それで、かぐらさんのオーダーは救出作戦の発動を許可しろ、でしたっけ。
 前情報は何も無く、成果は示せず、目的こそあれ、手段も用意出来ていない――敵の場所も分からないのに。
 救出したいから部隊を動かさせろ、ですね?」
「……そうだけど、違う」
「ああ、確かに」
 首を振った涼介は屈辱に唇を噛みしめるかぐらにした。
「前情報は何も無く、成果は示せず、目的こそあれ、手段も用意出来ていない――敵の場所も分からない。
 、でしたね。失礼しました」
 酷薄に笑う涼介にエスタナエルは「成る程、正鵠ですね」と納得した。
 一方の謡は少し表情を歪めて、彼に言う。
「……あのぉ、市長は確かにそういう方ですけどぉ……
 今回についてはちょっと手心と言うかぁ……その。
 可能であれば今回ばっかりは力を貸してあげるといいかなぁ……とか」
 自分を気まぐれで助けてくれたあの時のように、と彼女は言わなかった。
 しかし彼女はどうしたって乙女であるから初恋の残骸涼介・マクスウェルを多少なりとも信じたい気持ちがあるのは否めない。
 謡は無論悪魔よりはK.Y.R.I.E.やかぐらの気持ちを良く理解している。
「叶える代価なら、何とか検討しますからぁ……」
 同僚をちらりと見た謡は彼女等の苦笑に同じ顔をする。
 魔女でもある彼女は悪魔がしばしば求むるにも造詣がある。
 取り分け、良く接する男の事ならば言うまでもない。
「誤解がありますね」
「へ?」
「私は事実を述べたまでで、かぐらさんの話を否定してはいませんよ」
「!?」
「!!??」
 その言葉に今度劇的な反応を見せたのはリースリットとパトリシアの方だった。
 涼介と二十年以上の付き合いがある二人は、「まあ絶対に無理だ」と踏んでいた所だったからだ。
 ただ彼女達の驚きはそれで終わりを迎えなかった。
 むしろその次の言葉で二人はもっと、もっと驚く事になる。
「協力をしないとは言っていない。
 
「涼介様」「涼介さん……」
 思わずプライヴェートの呼び名でユニゾンした二人は今度こそ吃驚した。
 それはかぐらも同じだったらしく、彼女も大きく目を見開いていた。
 凡そ、涼介・マクスウェルという男は嫌味な位に優秀である。
 長い付き合いの中でも『出来ない』『無理』『打つ手がない』等と発言した事は記憶にすら無かったからだ。
「より正確に説明しましょう」
 一言前置きを挟んだ涼介は続ける。
「厳密に言うならばアレクシスの権能が相手でも時間を掛ければ対処法は見つかる可能性がある。但し、現状はその時間を是認しない。どうなっているかは分かりませんが、残された時間は多くは無い筈です」
「……念の為聞くけど、涼介君の対処に必要な時間は?」
「数か月から数百年。試してみないと分かりませんが、現実的でない事は確かだ」
 かぐらの表情が一層険しくなった。
「前情報は何も無く、成果は示せず、目的こそあれ、手段も用意出来ていない――敵の場所も分からない。
 つまり、この部分だけは私もK.Y.R.I.E.も同じなのです。事、
 ですから期待に沿えず申し訳ないですが、それでも私に出来る事はあります」
「……………」
「かぐらさんが申し出た救出部隊の編成と準備、これを認めます。
 但し、動くのは最低限、目が出た時のみです。
 引き続きK.Y.R.I.E.は全力の情報収集、特に異変の監視を。
 皆さんは不可能を可能にし、絶望を越えてきた地球人類ですからね。
 何かが無いとは限らない。少なくとも、潰えるまで可能性はそこにある筈です」
「……そうだね。ありがとう」
 頭に血が上っていた事を自覚したかぐらは涼介が見せた珍しい善良さに頭を下げた。
 確かに無策で敵地に突っ込めば二次的被害を増やすだけに留まろう。相手がアレクシスであるならば尚更だ。
『これに関してだけは』なんて言う男を容易く信用は出来ないが、少なくとも彼は今日も合理的だった。いや?
「あの時みたいだね、涼介君は」
「あの時?」

 少しだけ表情を緩めたかぐらに涼介の方が何とも言えない顔をした。
「全く益体も無い。私だって全てを気にしないでもない。
 合理性は重要だが、プランにはアクシデントは付き物だ。
 ……確かに私は必要なら皆さんを使い潰すし、それを美辞麗句の嘘で塗固はしません。
 だが、どうあれ自分が関わる物語はハッピーエンドに越した事はないでしょう?
 それが皆さんのような人間的機微かどうかの自信はありませんけどね……」


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