
ルビコーネの畔にて
「もしも――最も早く私に恭順と忠誠を示した者は、力天使級にして差し上げましょう」
厳粛なる空間の、厳粛の所以たる第五熾天使(r2n000202)の鶴声は。
その場にいた天使達の目を、意識を、心を、一斉に集めた。
――洗礼勧誘。
熾天使に赦されし、位を定めた天使の誘い。
それも、かの第五熾天使が定めしは力天使!
「……猊下の恩寵を、是非受けなさい。
貴方達の大事な人を救う機は、今この時にしかないわよ。
その時は影たる同志として……一緒に仲良くしましょう? ね?」
ヴァルトルーデ・ライフラス(r2n000203)のにこやかな声、表情。アレクシスが先に「そうそう無い栄光」と述べた通り、これは破格の待遇だ。
「ええ、ええ、それは陽光が降り注ぐを享受するが如く当然のこと」
「猊下から誘われたんだから、うんってする以外にないよね!」
ゆえにこそ、フィフス・アイレーン(r2n000199)とウィラ(r2n000204)は当然のように頷いてみせる。そこに拒否の選択肢など最初から存在しない、と言わんばかりに。
(問題があるとすれば、誰がその栄光の価値を一番に理解するか……)
全員が即座かつ一斉に跪くことだろう、なんてフィフスが胸を躍らせるのは、仲間になるからと少々甘さが出てしまったからか。口元に指を添え、含み笑う。
「猊下が直接勧誘してくれるとか♡ ヤバすぎ♡」
同じくと、フェルエナ(r2n000193)も仲間が増えることを歓迎していた。原生生物は「きしょい」けれど、こっち側に来るのなら話は別だ。――そも、己の捧げものが猊下を裏切ることすら思考の範疇に存在していない。だって自分が連れてきた個体(r2p000385)は最強に優秀で。全力で斬っても初めて死ななかった存在で。エナのとっておきだから。
そんな、喜色を見せる天使の一方で。
(何故、アレクシス様はあのような人間どもを仲間に引き入れようとなさるのか。
人間なんて……矮小で醜悪で、群れなければ生きていくことさえできない、猥雑な有象無象であるというのに……)
仰せのままにと言わんばかりに背筋を伸ばしたままではあるが、ジルデ・ビターダ(r2n000200)は内心で嫉妬を渦巻かせた。かの聖なる君の忠臣は、己だけで良いと言うのに。
だが、至上の言葉は絶対だ。ゆえにジルデは沈黙を保つ。――もし猊下の言葉を断る愚物が現れれば、即刻その喉笛を喰い千切ってやると息巻きながら。
「……、」
同じくエルシィ(r2n000198)も沈黙の中にあった。人間を、じっと見つめながら。
猊下の御言葉を断る理由はない。断れば死が確定するからだ。だが人間達の中には、断る者が出るのだろう……そんな確信めいた予感がある。
(だってこの人たちは、多分『そういう人たち』だから)
たとえ死ぬことが分かっていても、最後まで屈することなく笑う人(r2p002057)がいるのだろう。――悲しいことだけれど、仕方ない。
(せめて私くらいは、彼らのことを覚えておこう……死にゆく彼らを……)
同様のことを、イザベル(r2n000185)もまた胸の内に秘めていた。
(少なくともあの三人は――)
その先が死であろうとも、頷くことはないのだろう。エルシィが見つめていた少女を、そして隻眼の修道女(r2p002781)を、畏れ多くも先ほど猊下に食ってかかった女(r2p002295)を、順番に見つめて。
(……あの子達がそうなら、存外ほとんどの子が『そう』なのかもしれないわね)
炎のように、刃のように、抗うのではないかしら。熟れた果実のような赤い目を、そっと揺らして。
「――なあおいベルセノス、どう思う?」
ざわつく人間達の喧騒に紛れ、ベルセノス(r2n000207)に耳打ちするのはブラムザップ(r2n000201)だ。
「投げられた賽は、ただその目を示すのみですよ」
「なら、俺とお前の予想の目は結構似てるんだろうな」
悠然なる残声に、くつくつと笑うのは荒涼。一見して正反対な趣の二人は、ただ成り行きを見守っている。
――抗う者がいるだろう。ベルセノスは静かに佇み、待っている。誰が処刑を担うかは分からない。猊下がひと撫でしてそれで終わりかもしれない、それでも。感情だけで言うのなら……願わくば、力の限りの闘争を。
(尤も……それこそ奇跡としか形容できぬ状況でしょうが)
そして奇跡は常ならざるがゆえに奇跡なのだ。だからベルセノスは、そんなものを期待してはいない。
「へへへ」
ブラムザップはというと。
全ての運命が滅茶苦茶になることを望んでいた。
気質に関して言うならば、ブラムザップはミハイル(r2n000062)派閥と最も近しいのだろう。――運命。運命! それが踊り狂い燃えて爆ぜる瞬間にこそ生きている実感を覚える。であるからこそ、その運命をも捻じ伏せ調伏し従えんと豪語するアレクシスが好きなのだ。――最強と最強がぶつかる対戦カードが嫌いな男の子は居るまい?
――はて、さて。
謁見の間に、渦巻くは数多の思惑。
「……どうしてすぐにうんってしないんだろうね?」
ウィラが不思議そうに首を傾げた。てっきり、五秒も経たず全ての結論が出るかと思っていたのに。その内心で、ちょっと「ホッとしている」のは内緒だ。猊下直々の勧誘に妬みを覚えたのは事実だから。
ぱちくりと菫色を瞬きさせるその傍ら。
「――、」
ターリル・マルタル(r2n000197)は、ただ、ただ、細工のように微笑んでいた。
細められたその瞳の色が何色か、窺い知ることはできない。

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