花と太陽と雨と


「――――」
 息を呑んだ魂(r2p000385)の目の前で牢獄の監守が

 赤い手袋を人ならぬものの鮮血に染めたミハイル(r2n000062)は首をコキコキと鳴らしながら芝居掛ったポーズを取る。
「――これは、と捉えて良いのか?」
「どういう事か知らねぇが、少なくともアンタ達にとっては福音じゃねーの?」
 使
 アレクシス不在のパノプティコンでミハイルを止められる天使は居ないし、哀れな権天使の亡骸が別の誰かに変わったに過ぎまいから。
「……あーあ。滅茶苦茶してる」
「ミハイルちゃんらしいなあ」
 ミハイルの背後から溜息を吐いたノヴィア(r2p006764)とノエルカ(r2p006756)の二人が現れた。
 何れにせよ、突如牙を剝いたミハイルに警戒する術はこの地には無かっただろう。
 主天使如きの争乱を警戒するにはパノプティコンは
「でも! ば、ばれたらたいへんなことになるのでは……!」
「バレる前に全部済ませる心算でやってンじゃねーか。
 
 パノプティコンは隔絶空間だ。
 偉大な猊下の権能は猊下自身だって例外にしちゃくれねえよ」
?」
 ノエルカに応えたミハイルに聡明な鵜来巣 未明(r2p000774)の眉がぴくりと動いた。
「痛くない腹を探られるのも迷惑だが、実際に痛いなら尚更だろうなあ。
 ま、オベリスクありの地上を走査出来るの何てマリテレくれーだし。
 普通なら顕現を禁止されてる走狗カイロスが知れる事なんてねぇんだろうがよ。
 使い走り権天使に『使』って吹き込んだのが効いたんだろ」
 未明にはミハイルの言う意味が良く分からなかったが、少なくとも彼がを仕掛けた絵は見えた。
 否。敢えて神の視座からするならば。地上への顕現を至高マリアテレサに厳禁されたカイロスは己が下位天使を地上の探査に遣わした。ミハイルはその手の者にちょっとした――即ち「智天使同士で旧交を温めてみたら」というリドルを伝えたのである。旧知にして地上に最も詳しい天使であろうミハイルから言葉を受け取ったカイロスは各智天使にを入れるに到る。主人アレクシスに脅威を報告したのは必然だったと言えるだろう。
「さァて、いよいよ煮詰まってきた感じか。時間も然程ねえが――な」
 くっくっと鳥のような笑い声を漏らしたミハイルは牢獄の十人を順に眺めている。
「……遅いですよ」
 夜神 ステラ(r2p002295)は口から漏れかけた強い言葉を呑み込んで静かに言った。
「ほし占いの順位が三位だったんじゃねーの?
 それに……
「別に待ってないしぃ!!!」
「涙流して歓迎して欲しいくれーなんだけどな?」
 目を逆三角にして抗議めいた明星 和心(r2p002057)にミハイルは小さく肩を竦める。
「戯言は結構です」
 そんな彼にピシャリと言ったのはクラリッサ・クラーク(r2p002781)だ。
「貴方がこの場に現れてから肌感で凡そ一分。
 悲鳴も上げさせない見事な排除でしたが、の危険は否めない筈。
 幾らここの連中が慢心し切っているとはいえ……
 一秒でも速く目的を果たすのがお互いの為ではありませんか?」
 クラリッサは言葉を続ける。
「単刀直入に問いますが――貴方は我々の脱獄を手助けする心算なのでは?」
 クラリッサの予想はミハイルの行動、態度を見れば当然のものとも思われた。
 元々がミハイルの言動はアレクシスに与する者としては余りにも不自然なものと考えずにはいられなかった。
 
「まぁね。その心算だが――実際期待に応えられるかどうかは、これからだ。
 ノエルカのコイントス次第って話でね」
「コイントス? 一体どういう――」
 ミハイルは次の地上 真珠星(r2p001838)の言葉を待たずに説明を続けた。
「――ノエルカの権能は
 いや、厳密に言うとコイツを中心に常識的法則はになる。
 猊下の権能で出来たこの檻パノプティコンは外から干渉してもだ。
 内からどうこうしようとしても――アンタ達には不可能だろうよ。
 だが、俺達は猊下の友軍で協力者なんでね。しかも好都合な事にに居る」
「!!!!!」
 この期に及んで漸く合点した顔のノエルカ。引き攣った顔をしたノヴィアが問う。
「……花と太陽と雨とアンダー・ザ・グラヴィティズレインボウって。
 結果も過程も何もかも制御不能ランダムじゃなかったっけ……」
「うん。まえにつかったらミハイルちゃんににどとするなっておこられた!」
「……ちょっと。ミハイル、私本当にこれ聞きたくないんだけど。
 ひょっとして貴方、ノエルカの博打に賭けて今、天使を一人引き潰した訳!?
 後先考えてる!? これ結構な綱渡りなのよ!?」

 ミハイルは笑う。
「ノエルカの力は阻害されない。そしてノエルカはを滅茶苦茶にする。
 つまり、コイントスで表が出れば不落のパプティノコンの理は
 そうしたらが出来る。何の問題がある?」
 そう言ったミハイルはノヴィアから荷物を受け取り、牢獄の面々の前に放り投げた。
 彼等が収奪されたそれぞれの武装が床に転がって硬質の音を立てる。
「そうしたら、後はアンタ達次第だろ」
「無茶苦茶言いやがる」
「はい。そういう考え方、大好きです」
 宗堂 シンジ(r2p000139)は深く苦笑いし、一方の榊原 京(r2p000044)はミハイルとが合うのか深く合点した。
「……まさか」
 ステラははっとした顔をしてミハイルを見た。
「だから、?」
「ご名答」と指差したミハイルが「ノエルカ!」と声を掛ければ律儀に「はい!」と応じたノエルカの纏う空気が変化した。
だよ。だから笑えよ。
 何が起きるかは俺にも分からねえ。後は全員で祈ってろ。
 運が良ければパノプティコンのが撓む。そうしたら――外で待ってる
 シャルルの野郎が。俺達がここに居る以上――
 さえ消えれば、座標の特定は出来るだろうからなあ!」
「可能性が頂けるなら、最上だわ」
 蘇芳 菊蝶(r2p000425)は凛と居住まいを正してミハイルを見据えた。
「だから、
「ああ。確かに礼は言うべきなんだろうな」
 日野原 晃輝(r2p002534)の言葉にミハイルは「腹一杯だ。もう要らねえよ、そんなもん」と獰猛な笑顔を見せた。
「結局、俺は俺の為にしか動かねぇし。最後はアンタ達が嫌がっても
 だからアンタ達は俺の期待通りに――この博打に勝って、大いに盤面を面白くしてくれりゃいいさ」
「良く見てるといいわぁ~。絶対思い知らせてやるし!」
 啖呵を切った和心に「上等」と応じたミハイルが指を鳴らす。
「では、御覧じろ。アンタ達の運命を、その先を!
 生きてたら、また会おうぜ!」
「や、やるぞ……! やっちゃうよ……!?」
 ノエルカの瞳が輝き――

 ――花と太陽と雨とアンダー・ザ・グラヴィティズレインボウは絶望にの虹をかける。

「……主様、ホントに意味わかんねー命令寄越すからなぁ」
 遥か彼方、次元の向こうで待たされる『マスターキー』シャルル・バルト(r2p006755)の苦労も知らずに!