
九頭龍呪怨縁起 IV
真っ赤な空が消えていく。
九頭龍呪怨縁起は、その全ての公演を終えて帳を消し去った。
ドゥームス・デイを思わせる風景は消え去り、懐かしき光景は見慣れた滅びの跡へと変わっていく。
九頭龍大社も、元通りの朽ち果てた姿へと戻り……そこには、激戦を戦い抜いた能力者たちと九頭龍大神の姿があった。
けれど、そこには一人だけ足りない。
そう、桂里奈が此処には居ない。
当然のことだ。あの桂里奈は九頭龍呪怨縁起の力によって再現された幻影だった。
けれど、ただそれだけではない本物でもあった。
「和魂、か。なるほどでござりゅな」
「知ってるの!?」
「これでもウェネトは神祇院の者でござりゅ」
『SGSGSKTJK』甲斐 つかさ(r2p001265)に『神祇院の娘』兎神 ウェネト(r2p000078)は自信ありげに頷く。
「つまり和魂とは神の善なる側面でござりゅ。先程のロク殿を荒魂とするのであれば、まさにその逆でござりゅな」
和魂。それが桂里奈の姿をとったのは、正しく九頭龍大神にとっての善性の象徴であったからだろう。
結局のところ、荒魂も和魂も神としての側面ではある。
あるが……その両方が過不足なく存在している今、九頭龍大神は神として完全な状態にあるのだろう。
それを証明するように九頭龍大神から伝わってくるのは、神としての凛とした神気。
……この場が急速に清められたように感じるのは、気のせいではない。
九頭龍大神の存在によって、神域と呼べるような清浄さが場を満たしつつある。
そう、荒魂としての九頭龍大神は人類を嫌っており、和魂としての九頭龍大神は人間を信頼していた。
で、あれば。今の九頭龍大神は人間をどう思っているのだろう?
ウェネトは、九頭龍大神を見上げる。先程まで戦っていた毒龍とは全く違うと言い切れる、その姿。
ウェネトの視線を意に介した様子もなく、九頭龍大神は自嘲するように暗い空を見上げていた。
浮かんでいる月はいつも変わらず、いつだったか糞坊主も月を見上げて何か言っていたか、と思い出す。
――月など見上げて何が面白い?――
――風流というものを解さぬお方でいらっしゃる。
一杯の茶と菓子、そして月があれば詩を読み満たされた時を過ごせるというのに――
――では一句詠んでみろ。聞いてやる――
――月光も 友の心に 響くまじ――
――貴様、先程の風流がどうのを言い換えただけではないか――
――はっはっは。いやあ、いつか月を綺麗と思える時が来るのであれば、その時は拙僧の言葉の意味も分かりましょうや!――
「月、か。今宵の月は美しいか?」
「月?」
『河童番長』池神 暇次郎(r2p000690)は空を見上げ「うーむ」と唸る。
「まあ、綺麗だとは思うが」
「何言ってるのよ。月はいつだって綺麗なものよ。そうでしょう?」
『サン・ソルシエール』マリィ・E・テネブラエ(r2p000287)のその言葉に、九頭龍大神は僅かに目を見開く。
――え? 月?――
――そうだ、桂里奈。今宵の月は美しいか?――
――月はいつだって綺麗じゃない。見上げれば、そこにある……素敵だと思うな、私は――
「……そうか。月はいつだって綺麗か」
きっと、最初からそうだったのだ。
九頭龍大神が……ロクが気付かなかっただけで、月はきっと、いつだって綺麗だった。
そんなことにも気づかない程度に、荒魂に振り回されていた。
「……で、どうなの? 人間を滅ぼす気は、消えた?」
「――保留といったところだろう」
『魔法少女スラッシャー・クリエ』水城・繰絵(r2p000276)に、ロクは凛とした口調で断言する。
「それは……どういう意味か聞いてもいいか? まさか、まだ……」
警戒の表情を見せる『燻る煙草』桑原 蜜樹(r2p000191)を、ロクは何の感情も映さぬ目で見る。
その表情に、蜜樹はゾッとする。
「断じるには早い。そういうことだ」
確かに、先程までの敵意はロクにはない。しかし、記憶で見たロクでもない。
(これは……誰だ?)
毒龍でも、ロクでもない。
何処までも公平な裁定者の視線。九頭龍大神とは何たるかを改めて感じさせる、その神威。
(……そうか。これが本来の九頭龍大神……)
「……和解できたと思ったんだが」
「理解はした。ある種の恩もある。しかし、それは無制限の赦しとはならぬが道理」
ロクの視線が向けられた先にいるのは暇次郎だ。
知っている限りでは暇次郎のような存在は徹底的に秘匿されていたはずだが、今はそういう時代ではないのだろう。
「ねえ、ロクちゃん。改めて聞きたいな。友達になってくれる?」
「あ、それはあたしも聞きたいなー!」
詰め寄ってくる『sun pupa』音峯・紗菜(r2p001554)とつかさに、ロクは大きな溜息をつく。
本当に、時代は変わった。
神秘は堂々と出歩き、この姿を恐れもしない……好意的な感情さえ向けてくる人間たちがいる。
(鈴木よ。さしもの貴様も、こんな時代が来るとは思わなかっただろう)
何でも分かっているような顔をしていた鈴木だったが、彼も神秘の秘匿の為にいつも駆けまわっていた。
世界の裏。けれど、今では表も裏もない。全ては混然一体と、陰陽ですら説明の出来ない時代と化したのだから。
「出来れば、私達を見ていてくださると嬉しいのですけれど」
「神と人は友にはなれぬ。それ故に我は間違えた」
『赤い邂逅』音喰 禊(r2p001565)への返答に、その場の誰もがハッとする。
八つ当たり、と誰かが言った。確かにその通りだ。
その怒りゆえに九頭龍大神はその裁定の証拠の不足に気付かなかったのだから。
「……では、これからどうすると?」
「見てほしいと言ったな。我はそうするつもりである」
「善か悪かを見極め直すと?」
『ホトトギスはかく語りき』杜鵑(r2p000373)はロクをじっと見る。
間違えるつもりはない。
そして、今の九頭龍大神は感情に流されない完全さを持っている。
「然り」
ロクはその場の全員を睥睨する。
「故に、心せよ大地に生きる者どもよ。我はいつでも貴様等を見ている。その存在を悪と断ずるときあらば、我は再び貴様等の前に立ち塞がろう」
脅しでもなんでもなく、ただの事実だ。ロクの千里眼は全てを見通すのだから。
ロクの身体が、ふわりと浮き上がる。視線の見据える先は……九頭龍伝説の始まりの地である、芦ノ湖だ。
飛んでいくロクの身体が、湖面に波紋すら立てずに芦ノ湖の中へと消えていく。
――ありがとう。さよなら――
聞こえてきた声に蜜樹が振り返った時。そこに桂里奈がいたような気がして。
けれど、当然のようにそこには何もない。
呪いを吐き出していた芦ノ湖は青く、美しく。
ただ、静かに今宵の月を湖面に映していた。


※本クエストは期間限定となります。パノプティコン・ブレイクのシナリオ群の返却時期頃に終了予定です。
※本クエストはEXP取得が「17%」になっています。
※当リミテッドクエストの『参加者数(ユニーク数)』により不明者シナリオの死傷率が『僅かに』低下します。また総成功回数により、不明者シナリオ以外の、救出シナリオにおける死亡率を低下させる効果があります。
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