叢中の二羽


 旧御殿場市。旧県境を跨いでの新天地、と呼ぶべきか。
 嘗てのこの場所は冷涼多雨なる気候を保ち、湿度が高く霧の発生が多かった。
 寒さ厳しいその場所は冬場には雪降ることが多いが夏には涼しく、避暑地としての顔も持っていたそうだ。
 マシロ市と比べれば弓状の裾野に広がる高原と言った地理状況を保ち続けたこの場所は幾分か涼やかであっただろう。
 と、言えども過ごしやすさなどを現状には求めていない。
「――了解」
 K.Y.R.I.E.人事統合部指揮官の嘉神 ハク(r2n000008)は短くそう返して通信を切った。
 拐かされた能力者の10人――本来ならば11人であったが、は10。1人の行方は知れず――の救出作戦が為に設置された簡易拠点では幾人ものK.Y.R.I.E.後方支援員の姿が見える。
 想定された敵戦力は絶望的、との評価がつくだろうか。
 力天使級及び能天使級を主戦力とした部隊が3つ。それらが権天使級や大天使級と言った無数の配下を率いている。
 そして忘れてはならぬのが能天使級が率いた多数の天使軍勢達だ。
 何れも無視が出来る相手では無い。それらを相手取りながらも、10名の能力者の救出を行なう事こそがK.Y.R.I.E.の掲げたミッションである。
「……各陣営と交戦を開始しているようですね。
 誰も欠けずに戻って来てくれると嬉しいのですが……」
 が、どうか。問題は天使だけではない。
 自身等が背を向ける事になった箱根には小田原より進軍を企てる終鐘教会の姿がある。
 彼等はこの時こそ狙い目であるとでも言いたげに小田原より一気に進軍した。
 特に聖釘では顔に泥を塗られたと息巻いていた女『龍妃』華氷ヒメリが龍華会の一員家族の救出に出陣もしている。この隙を突いて――だ。
(K.Y.R.I.E.の主戦力が其方に注意を向けている内に――というのは利口な選択でしょう。
 此方の戦力を減らすことが狙いであれば弱り目に祟り目。
 ……ですが、龍華会とマシロ警察の執念の結果、先んじて彼等の動きを掴めた。
 敢て箱根に彼等を誘き寄せ、手薄となった小田原に忠告カウンターアタックも行えるようになったのは僥倖、か……)
 ハクは蓄積されていく各地の戦況や情報を整理しながら嘆息する。
 本来ならば自らだって戦場に出たかった。
 が、叶わない。己の能力は後方支援に適している。能動行動が不可能となるが、広域への俯瞰能力に加えた、通信能力を有している。オペレーターとして一級品の能力を有する彼はK.Y.R.I.E.設立当時からそうしての立ち位置に着いていた。
「箱根側、終末論者との接敵開始――
 囮作戦は成功しています。小田原へはやや前進。
 御殿場簡易拠点は天使戦力に対しての警戒を強めて下さい。
 終末論者に関しては箱根小田原作戦の結果にて抑え込みましょう。本件の動きでK.Y.R.I.E.は一筋縄ではいかないという印象を与えるアプローチにもなるはずです」
 彼の声はその異能力ネクストを通じてこの場の多数の能力者へと共有される。
 しかし、それも本来能力を大幅に減退させている。彼の個人技では如何ともしがたい部分があるからだ。
 戦場に出なければが少ない、が、その代りK.Y.R.I.E.本部であればO.R.A.C.L.E.、V.A.L.K.Y.R.I.E.、『KPA-OS-M0アスト01-r1.01ラチカ』を駆使する事が出来る。各部署や各個人が持ち込んだ情報を利用して戦術予報にも似通ったオペレーティングを行なう事が出来る。
(ここがマシロ市でないのが幸運なのか、それとも不幸なのか……!)
 通信遮断を行うオベリスクがある事を鑑みればこそ、タイムラグのない情報を得るというのは重要な事柄である。それは現地であるからこそ事ができる。だが、それ以上を求めたくなるのが人の業。
 口惜しい。己がもっと万全なる能力を持っていれば、仲間を救う情報を更に得る事が出来ただろうか。
 口惜しい。未だ、マシロ市の基幹システムによる広域カバーはKPAが死力を尽くしても鎌倉止まりだ。
(願う事しか出来ない。僕は、誰かを戦場に送り出す事しか出来ない。
 ……どうか、どうか帰ってきて下さい。誰も欠けることはなく……)

 指揮官は継続的に通信報告接続を続けて居る。
 至近距離でなくてはその状況観測さえできない。
 ハクは歯噛みする。オベリスクが邪魔をして全容把握は難しい。
(――お願いです。僕にへとおかえりなさいという資格を下さい)
 小田原、箱根、そして御殿場――三者三様の戦場からは未だ、応答はない。