
九の帰投
会長。
ただいま戻りました。
1人は敵の手により天使へと変じられ、1人は逃走中に捕まり、9名での帰還となりましたが……両名は、いずれも皆を守ろうとしたがために……いえ、すみません、感傷的なことを言いに来たのではないのです。
ある程度のことは、すでに伝え聞いているかもしれませんが――
敵方の首魁はアーカディアV、アレクシス・アハスヴェールです。
……信じがたい事ですが、我々は確かに熾天使と接触したのです。
その力は圧倒的でしたが……何らかの都合で全力を出せない状況にあるようでした。また、なんらかの事情で一時、離れたようです――私達が脱出できたのも、そのおかげで監視の目が緩んだためであり同時に少しばかり『運が良かった』からです。
……ここに来るまでの間に、皆様の力で敵の能天使を討ったということは伺いました。
私たちの逃走を塞ぐ者も手薄でしたし、天使たちが浮足だっていることは間違いありません。主が不在で、強力な戦力の一角を欠いた今は、小田原の終末論者がいるとはいえ間違いなくほんの僅かでも、奴らの隙ではあるはずです。
故に、この一時を『攻めに転じるために』使うのか『しっかりと休息をとる』のか、すぐに決断をくだすべきだろうということを准士官として進言しにきた次第です。
……個人的な想いとしては、仲間は取り戻しに行きたいとは思っています。
『皆で帰る』と、約束したのです……まだ、休むつもりはありません。
手伝えることがあれば、何でも言ってください。
見聞きしてきたことは、何かの役に立てると思いますので。
「――クラリッサさんからの陳情です。どう思いますか?」
「気持ちは分かる。だが……軽々に動ける状況じゃねぇ、な。
それに脱出した連中自身、疲弊の極みだろ。休んでもらうしかねぇ」
「僕もそう思います。何があったか情報の共有だけはしてもらいましたが……ひとまず暫くは傷を癒してもらいましょう」
ハクと正孝は、沈痛な面持ちと共に一通の手紙を見据えるものだ。
かの手紙をハクへ送ったのはクラリッサ・クラーク(r2p002781)。つい先日アレクシス陣営に捕らえられ行方不明になっていた者の一人だ――だが彼女と、彼女以外にも天使の手から脱出出来た者達から『パノプティコン』なる地で何があったかはK.Y.R.I.E.に共有された。
りもこん(r2p005402)の件――そして魂(r2p000385)が命を賭して皆の未来を繋いだ件――
その魂がどうなったかは分からない。いや分かりたくない、が正確だろうか。
これ以上天使が、アレクシスが、人間を生かす理由はない。
きっと彼はもう……
「……いえ、明確な確認が取れるまでは……何も言いません。
それに9名戻る事が叶ったのは事実です。
出来なかった事を数えて悲しむより――出来たことを喜びましょう」
「あぁ――ただどうあれ次の動きを決めなきゃならねぇ、な。なんでも菊蝶なんか、マシロ市総合病院から脱走しようとしてた……とかいう話が流れてきてるぞ」
「それは流石に虚報か誤解な気はしますが……いや彼女ならあり得ます、か……?」
正孝が続けて意識を向けたのは、アレクシスから逃れえた面々の事である。
先のクラリッサ以外に、蘇芳 菊蝶(r2p000425)
日野原 晃輝(r2p002534)
地上 真珠星(r2p001838)
鵜来巣 未明(r2p000774)
宗堂 シンジ(r2p000139)
榊原 京(r2p000044)
夜神 ステラ(r2p002295)
明星 和心(r2p002057)――以上9名。
今はいずれも身を休めてもらっている。ともすれば、いつ殺されるかもしれない環境で拘束され続けていたのだ。心身ともに少しでも回復に努めてもらうのが良いだろうと。
だが……どうする?
先の9名から齎された情報も元にアレクシスの戦力を推察せんとしているのだが、どう計算しても圧倒的な脅威だ。横須賀での戦いにおけるラファエラ・スパーダの比ではない。端的に言って……アレクシスは、全ての規模が違う。
単純に別次元たる強さがある上で、宿している権能数が尋常に非ざる。
――天変地異を起こす裁きの力。
――堅牢無比たる絶対監獄。
――虚偽を赦さぬ精神支配。
確認できている一部分だけでもこれらを有してる。
あり得ない。なぜこうも多彩にして無数の能力を行使できる?
いや、天使は怪物の一種と考えるべきであり人の理に当てはめるのは間違いだろう。複数の能力を持った天使など存在しない――などという事はそれこそあり得ない。だが、その考えを前提にしてもアレクシスの有する能力数は異常だ。
(……市長の言では『千の権能を持つと称される小器用な熾天使』との事。そして実際に無数の力を操っている……或いはアレクシスが真に宿しているのは『複数の能力を使用出来る権能』という事なのでしょうか? しかし……)
ハクは思考を重ねる――が、どうにもこうにも腑に落ちない。
著しく外れている訳ではないと思うが、かといって芯を捉えている気もまたしないのだ。事ここに至っても情報が足りないとは……アレクシスはあまりに周到に動いている。せめてアレクシスの権能を、直に見た者でもいてくれれば――
――と、その時。
「なん、だ……? 地震――?」
『――報告です、富士方面で神秘反応を観測。富士山の地下部分だと推測されます』
O.R.A.C.L.E(r2n000101)が緊急の通信をK.Y.R.I.E.本部に齎した。
富士山の地下で――神秘の反応だと――?
「おいおいまさかとは思うが、富士山を噴火させようって腹じゃねぇだろうな?」
「――アレクシスは天変地異を操る能力を宿しています。残念ながらあり得る話ですね」
「敵も最後の準備に取り掛かってるって事か――
どうする? 連中が来たら……いや『戦って勝つしかねぇ』と言われればそれはその通りだが、そうじゃねぇ――アレクシスに対抗する手段があるのかどうか、って所だ。あのラファエラを凌駕する相手に無策のまま決戦……とはいかないだろ?」
「……総ての手段をかき集める必要がありますね。
横須賀、鎌倉……かの地での戦いを乗り越えたからこそ得たモノがあります。
我々の今までに歩んできた道のりこそ、戦いの武器となるでしょう。
それに富士山というのが、逆に利用できる可能性も――
とにかく、かぐらさんとも話し計画を練ります」
ハクは、苦悶の表情を浮かべるものだ。
かつての難敵を超える、史上最悪の敵の出現――そういった事態が、いつか来るとは想定されていた。故に幾つか迎撃のための案はある、のだが……
(……ですが実際の所、どこまで通じるかは未知数としか言えませんね)
そもそも軍勢単位で見てもやはり今までの相手とは桁が違う。
複数の力天使や能天使が当然のように彼の護衛にいるのだ。
これほどの軍勢との戦闘経験など、かつての人類軍ならともかくK.Y.R.I.E.には無い。
……不確定要素としては、パノプティコンからの逃走に一助したミハイルの存在が思い浮かぶが、彼は天使であり人類の味方ではない。彼が、或いは彼の一派が今後何をするにせよ、K.Y.R.I.E.として期待して良い存在ではないだろう。
もしくはミハイル以外でなんらかの要素があるとすれば――
……いや、不確実な事は考えても仕方がない。
だがやらねばならないのだけは間違いない。
敵の侵攻が始まる前に――可能な限りの手段を模索しておこう。
……かつてない激戦の到来。それが少しずつ、少しずつ――音を立てて迫っていた。