
第五熾天使迎撃作戦
「さて。皆さんお揃いのようですね」
K.Y.R.I.E.本部、戦略会議室――その場に集まった者達を涼介・マクスウェル(r2n000002)はゆっくりと見渡そう。
それはまるで儀式の始まりを告げる、大仰で芝居がかった所作に他ならない。
『K.Y.R.I.E.室長』王条 かぐら(r2n000003)を始めとし『刻陽学園長』棟耶 匠(r2n000068)。『キャンプ・パールコースト』が長、レオパル・ド・ティゲール(r2n000021)……マシロ市の上層を担う、そうそうたる面々が揃うこの場は文字通り人類の先行きを決める分水嶺の最初の一歩を望む特別を帯びている。
彼らが一所に集まって語り合う議題など今更言うまでも無く。
結論から言ってそれは如何にして破滅的結果に抗うか以外の何者でも無い。 「先日の救出劇の顛末に関して報告書は拝見しましたよ。
総てが上手く行った……と言う訳ではないのは残念ですが、しかし九名帰還出来た事を喜ぶべきでしょうね。九名はおろか一名か二名だけでも戻って来られたのならば上々と目すべき状況だったのですし。
――なんにせよ今その件を厳重に評価する意味はない。さて置きます。
目下語るべきは迫りくるアレクシスへの対処ですからね」
「……そうだね。富士山が稼働を始めている。時間の猶予は無さそうだ」
かぐらは帰還できなかった者に想いを馳せながらも――今は会議室のモニターを見据える。其処に映るのはマシロから富士山までの地図情報だ。箱根、御殿場にはK.Y.R.I.E.の戦力が図示され、そして富士山近辺には……膨大な天使戦力が記されている。
「富士山の噴火活動、これはラプラス君がリアルタイムで観測してくれている。
……聞きたくないけど一応確認。ラプラス君、アレが火を噴いたらどうなる?」
――あー、テステス! マイクテス!
そーだNEー。フツーの噴火と違って神意的な破滅、概念上の終わり。
何せ、ソドゴラなグルーヴだからNE!
完全予測はムッズいけど、多分人類滅びちゃうかもNE!
ラプラス・ダミーフェイク(r2n000004)の分かり難い説明が室内に響く。
「何言ってるか若干意味分かんないけど、そういう事らしい。
神秘的には呪いを帯びているって言うのかな、熾天使の権能なんだし。
特大のリーチと一緒にアレクシスの軍勢の動きも確認されてるよ。
その数は、ハッキリ言って尋常ではない大軍だ。
先日、救出戦を行った時にもかなりの数を削った筈なんだけど……」
続け様モニターに拡大され映ったのは無数の天使級の姿だ。
「驚くべき事ではない。元より天使の脅威は、圧倒的な物量戦にこそあるのだから」
今まで何度もアレクシス派の天使とは交戦してきた。だが、その上でまだ空を覆わんばかりの数が秘められていたとは。傍に控えて計器を操作していたK.Y.R.I.E.の職員は絶句する――が、一方でレオパルに動じる様子は一切無い。
人類軍からの歴戦の戦士たる彼にとって、数の差は幾度となく実感してきたのだから。
「祖国はこの数の何十倍、何百倍を殲滅したよ。
だが、押し込まれた。かつての人類軍が苦しんだのもそこだからな。
所謂指揮官級、中位天使以上も当然に警戒すべき存在だが……連中は無尽蔵すぎた。我々がどれほどの砲撃を叩き込んでも明日にはまた数を揃えて来るばかり。どういう理由か熾天使の活動が沈黙し指揮系統が崩壊していなければ今頃は――
いや、失敬。話が逸れたな」
脳裏に過ぎった過去をレオパルは咳払い一つで振り払った。
「とにかくアレクシスの軍勢に対して、既にパールコーストも可能な限りの戦力を御殿場、箱根方面に展開している。火力支援は任せてほしい。横須賀を制圧出来た事によって、以前よりも装備の拡充を図る事が出来たしな。
言葉を変えるなら、レイヴンズを脅かす物量の相当量は我々が引き受ける。
何度でも言うが、我々は戦士に守られるだけの人間では無いよ。
この時代でもパールコーストは訓練を欠かした事は無いのだ。
対天使の主力がレイヴンズである事は疑いようもない。
私は歳若くして戦いに挑む若者も含め、彼等をとても尊敬している。
だが――いや、だからこそだ。
我々人類は彼等の重荷になってはならない。
我々、力を持たない人間は誇り高くあらねばならない。
かつての戦いで最も天使を殺したのは散った同胞、名も無き戦士。私を含めた凡庸な軍人なのだから」
「実に宜しい。魂が震える大演説だ」
レオパルの力強い宣誓、その請負に涼介はパチパチと拍手をした。
「こと天使級の対処に関してパールコーストの右に出る者は多くはありますまい。
――貴方達の熟達した軍事行動は十分に私の戦略に組み込める。
だが、それを前提にしても……それだけでは足りませんね」
「……あぁ。アレクシスにより直接的に干渉する手段も必要と言う事だろう?
それに関しては私の方にも策がある。北緯35度22分の来光道の解放作戦を行い――富士に陣取るアレクシスへ、地脈から直接狙いを定めるのだ」
水を向けられるよりも先に、続け様に言を紡いだのは学園長たる匠である。
彼もまた計画を練っていたのだ。
鎌倉を解放しえた時から、まだ見ぬ強敵がいつか訪れた時への対策に余念は無かった。
「敵が富士にいる、というのが良くも悪くもある。富士は霊脈の集合点だ。
その霊脈を活用すれば攻防に利用する事が出来るだろう。分かりやすく述べるならば……巨大な神秘を弾丸の如く打ち込むことも、或いはレイヴンズを守護するように結界を成す事も可能だと試算している。
――何より鎌倉を解放できたのが幸いだった。かの地に根差す怨霊の力も利用出来る可能性が高い。
準備は必要だが……神祇院の仕事として必ずやり遂げてみせよう」
「それに加えて、K.Y.R.I.E.の会議室で話されていた、オベリスクの分析が進んで判明した事がある。敵にはアレクシスが護る、最重要のオベリスクがあるようだ、とね」
同時。匠の言に次いでかぐらは敵陣をかき乱す策があると告げた。
地上に降ろされている無数のオベリスクには上位たる『テミス』が存在している。
だがK.Y.R.I.E.は分析調査の果てに、テミスから更につながる最重要オベリスクがある事を導き出したのだ――それが『セントラル・テミス』
恐らくパノプティコンと同位置に隠されていたが、パノプティコン崩壊に伴って存在が露出したと推察されている。計測した神秘反応からして、これは替えの効かないオベリスクだ。もしかするとこれもアレクシスの権能の一つで生み出されたものかもしれない。
いずれにせよセントラル・テミスを破壊すれば敵に混乱を招くは確実。
あわよくばアレクシス自身にも影響を与え得る可能性がある。
――レイライン活用による攻防展開。
――同時に鎌倉の呪いの転用計画。
――キャンプ・パールコーストによる最大限の火力支援。
――横須賀基地で確保した武装による更なる砲撃援護。
――分析しえたアレクシス陣営の守護物の破壊。
嗚呼、如何にもそれは細い糸を手繰り集めた不確定未来の集合体ではないか――
「どうかな、涼介君。率直に言ってくれ。
これらに加えK.Y.R.I.E.のレイヴンズの総力をもってアレクシスに当たれば……」
一息。
「アレクシスを打倒出来るかい?」
かぐらは涼介を真正面から見据えて直截的に問うた。
考え得るK.Y.R.I.E.の全力だ。横須賀、鎌倉を攻略したが故に紡げた手段がある。今までにK.Y.R.I.E.が歩み、積み重ねてきた道のりの総て、その最善をもってすれば……アレクシスに抗し得るか、と。
――だが。
「無理でしょうね」
涼介は即断した。
彼は端正な貌に在る平常の顔色を一切変える事なく――己が見解を紡ぐ。
「まず誤解しないで頂きたいのですが『無理』であって『無駄』とは言いません。
レイラインの活用。全火力による集中砲火。敵陣重要物の破壊……実に結構な話だ。
現状のアレクシスの出力は主天使級最上位程度と目されます。理想的に策を打ち込めたとすれば流石に無傷、などという事はないでしょう。いや? 十分な打撃が期待出来る」
しかし、と涼介は一息ついて。
「しかし――言い方を変えるならアレクシスの出力は絶妙に届いていないだけで、ほぼ座天使だ。
彼はまあ――多分マリアテレサへの露呈を畏れて可能最大限の出力を選んだに過ぎない。
それに単純なスペックに加え権能自体は保持されていると考えれば、その脅威度を単純に主天使級という枠組みに当て嵌められるものではない。
確実に打倒し得る保証はなく、故にそれだけでは『無理』ないし『非常に厳しい』と述べざるを得ませんね。
何よりアレクシスは単騎ではない」
「周辺に展開するアレクシス麾下の天使達の事だね?
つまり……護衛戦力を片付けなければ、そもそも策の実行どころではない、と」
「ええ。護衛に阻まれて届きすらしませんよ。新しく増えた力天使級もいますしね」
まずは可能な限り周辺の敵戦力を削るのは大前提。
それを成しえてようやくスタートラインと言った所です。
ついでに言うなら――ううむ。皆さんに水を差す気分になるので恐縮ですが」
――果たして、力の大半を空に残した前線のアレクシスを倒して、です。
彼は本当に消滅するのでしょうかねえ?
「本体は本体でしょう。意識も今は地上にある。
だが、熾天使はどれもこれも厄介です。
楽園で最も技巧派であると言われる彼の始末は特に面倒でしょうねえ」
涼介の要求と分析は容赦というものが一切無かった。
無論、何もかもが至難である事は知れていた。想定外にベルセノスを失陥させる事は叶ったが……他は未だ健在な上で、りもこん(r2p005402)が敵につくなら差し引きではマイナスなのが現実だ。
「…………ではもう少し君の知恵を借りたいな。
これ以外にまだ我々の手段となりうるものはあるかな?
例えば――横須賀での戦いのような『魔法』でも」
「魔法は学問として淘汰されましたよね、この世界の歴史では」
涼介は悪趣味に冗句めいて言った。
「残念ながらアレはあの時一度限りのものです。
指揮を執っていたラファエラの事情も推察しえた上での手ですから再現性が無い――アレクシスには通用しない。
少なくとも同等の効果は決してあり得ない。だからこそ『魔法』です。
ですが、そうですね手段となりうるものですか……
敵を凌ぎつつアレクシスを分析。打倒の手段を模索する、というのは当然として」
涼介は顎に手を当て、些か思案の様子を見せるものだ。
モニターを見据える彼の思考は神速に回転しあらゆる手段を検討、練り上げている。
(……まぁ、アレクシス程度本来は自力でどうにかして貰わなければ困る。
大いに不満ですが直接的でないのなら。ええ、知恵を貸す位はサービスしておきましょうか)
冷笑した涼介はふと、言葉を零した。
「あぁ……神にでも祈ってみますか?」
彼は一つの心当たりに思い至ったように言を紡いだ。
冗談めかすように、微笑みの色を携えながら、だ。
それは今わの際の人類を救う深刻な会議には余りにも不似合いで、かぐらは鼻を鳴らして少しむっとした顔をした。
「……君にしては随分なジョークだね。
アレクシスは自分を『神』だなんだと謳っているそうじゃないか。
これから、そんな神とやらを打倒しなければならないのに――」
「いや……かぐら君。市長の言う『神』とはもしかすると別のものではないか?」
「別の――? まさか――」
ふと。涼介の言葉に伴って、かぐらや匠の思考の片隅に思い起こされたのは――先日の九頭龍大社での一件だ。
……だが、想いはすれど口にするのは止めておこう。
希望的観測が過ぎる。彼がそもそも人に味方するなどとは一言も言っていないのだ。
しかし、そうだ。希望的観測、或いは他の不確定要素と言えば……
「今、ミハイルの事も思い出しましたね?
この一連の事件で怪しい動きを続ける主天使。
出力程度であれば、今のアレクシスにやや劣る程度まで強力なJOKER。
皆さん、アレが上手く動いてくれれば何て思いませんでした?」
涼介は笑って続けた。
「先に言っておきましょう。ミハイルに関しては一切期待しない方が良い」
まるで、かぐらの思考を先読みしたかのような言葉だった。
……いや、より厳密に言うのなら。涼介は全員の頭の中を覗いているのかと錯覚したくなる位に鋭敏だ。
自分が常日頃から口にする優秀さなんて理由で片付けられない位。神を思わせる位に恐ろしい。
「パノプティコンからの脱出には彼らの手引きがあった、と報告書で確認しましたけどね。
断言しますがそれは彼らの善意ではない。
彼らは彼らの事情で場をかき乱したに過ぎないでしょう。
ああいう手合いは例えるなら右の手で握手をしたと思ったら、左の手で殴りかかって来るタイプです。 忘れてはなりません。彼らもまた天使です。それに……」
涼介は最後に一言を付け足した。
「私には大体想像が付いているのです。ミハイルの狙いは皆さんにとって最悪ですよ。 だからまあ、ええ。実働は皆さんに任せますが、彼の対処、作戦面の調整は私の方で行っておきましょう。
皆さんに求められているのはアレクシスの対処ですからね」
ノイズは評点の邪魔ですし、と涼介は心の中だけで呟いている。
「……全く、君は本当に優秀な男みたいだ」
やれやれと。かぐらは額を抑えつつ思考を纏めた。
とにかく必要なのはアレクシスの護衛を可能な限り削り切る事。
その上で匠やレオパルと練り上げた策を実行に移し。
アレクシスを極限まで消耗させ――その後なんとか打倒する。
(……なんて事だ。数多の手段は用意したが、その上でまだ不足だらけだなんて!)
かぐらは、歯噛みする。
せめて、もう数手。切り札たるものがあれば――と、その時。
――かぐらchang! 富士山の地下で急速に神秘反応が拡大中!
こいつは――いよいよ噴火が始まるYO!
もう一度。今度は真剣さを帯びたラプラスの警告が鼓膜を突いた。
――猶予はあるNE! まだ胎動だ。
早く蛇口の元を締めれば、人類ちゃん残れるかも!?
第五熾天使の軍勢が動き出す機は今まさに観測された!
「……遂に動くか熾天使が!」
「前線に緊急通信をッ! 敵を射程に捉え次第、迎撃を開始!
残弾など考慮するな! 全ての天使を討ち払えッ!!」
であれば最早、猶予はなくなった。
かぐらもレオパルも即座に指示を出し迎撃の指示を各所に飛ばす。
慌ただしく動き始めるK.Y.R.I.E.本部……その渦中に置いて。
「かぐらさん、もう一つだけ言っておきますね」
涼介は、重要な事を告げた。
「私は皆さんの勝利を心から望んでいます。これに嘘偽りはありません、しかし」
「これ以上の手助けはしないし、出来ないという事だろう?」
「その通りです。薄情だと思いますか?」
「いいや、ちっとも」
君がそういう奴だという事は知っている。同時に彼なりの誠実さはある事も。
故にかぐらは今更、涼介の手助けがこれぐらいだという事に動じたりなどはしない。
いや、むしろ……
「君がこれ以上の関与をしてくれなくて良かった、と思う面もあるよ私は」
「ほう?」
「今回、連中は……K.Y.R.I.E.の大事な仲間を連れ去ってくれてさ、一人は天使に。一人は――未だ未帰還なんだよ? そんな事をしてくれた奴には、私達自身の手で落とし前を付けたい。いや付けるべきなんだ」
だから。
「見ていてくれよ涼介君」
人類は、私達は。
「怠惰に生き永らえてきた訳じゃない。
こんな日もあろうかと――いつかを夢見て、歩んできたんだから。
私達は天使に負けない。最強の熾天使だって跳ね返してみせるさ。
だってそうでなきゃ――ハッピーエンドなんて来ないんだろう?」
告げる。かぐらは全レイヴンズへと。
「……ええ。では乾杯はその後にでも。奢りますよ、貴女の好きなドライ・マティーニ」
微かに、微笑みの色を口端に携える涼介を背後に――
豁然と、確かなる決意をもってしてかぐらは吠える。
「――総員、K.Y.R.I.E.は迎撃作戦を稼働する!
目標は――第五熾天使!
かつてない強敵で大きな壁だ。しかし他の誰でもない我々が、人類が!
乗り越えねばならない時がやって来たんだ!」
K.Y.R.I.E.は、常に警戒を怠らなかった。
いや、K.Y.R.I.E.はずっと今日という日を夢を見ていた。
世界をもう一度人類の手に戻す戦いを……その楔を打ち込む好機を。
覚悟していた。
いつかは熾天使と戦わねばならぬと。
こんなにも早くとは思わなかった。想定外の熾天使ではあった。
(――だけど、来たのならば是非もない!)
その為に我々は存在し続けてきたのだから!
その為に幾多の悲しみを、幾多の仲間達の、同胞の死を乗り越えてきたのだから!
だから、あぁ言おう。告げよう。誰より胸を張って、高らかに!
K.Y.R.I.E.にとって最重要計画と位置付けた、その名こそ――
「第五熾天使迎撃作戦――Operation『Lost Arcadia V』を発令するッ!!」