
見果てぬ律
――完璧な律を。完全な世界を。
「美しい」
フィフス・アイレーン(r2n000199)の言葉にどこか恍惚とした色がにじんでいたのは、それを通して猊下を称賛しているからだろう。
セントラル・テミス。セレブレイター――人間達は「オベリスク」と呼称するが――それの中で最も重要な存在である。その威容はさながら、固く閉ざされた地獄の門が如し。
「あいつらにとっては、いい冥土の土産だよね」
フィフスの傍ら、少年天使ウィラ(r2n000204)は菫色の目でセントラル・テミスを見上げる。
パノプティコンの崩落によってこれの存在が露見したことは厄介であったが。――この美しく完璧な構造物を知らないまま死んでいく人間達を思うと、いっそ憐憫の情すら湧きそうで。
「猊下を打破せしめるなどと愚か極まりない妄想を抱いた連中には、些か勿体ないほどでしょうが」
同意の笑みを浮かべるフィフスは、セントラル・テミス防衛の使命を賜ったウィラへ視線を移す。重大なる任務を帯びた少年の横顔は――来るだろう人間たちを思ってか――いつになく冷ややかだ。
不意に、彼のつぶらな瞳がフィフスへ向いた。
「そろそろ行くんでしょ」
首を傾け、こがねの前髪を揺らして。見上げるウィラに、フィフスは黒手袋の指先で本を……いや、本の形をした何かを撫でた。
「ええ。すでに仕込みは終わっています。あとは……磨り潰すのみ」
「お互いに頑張ろうね。猊下にたくさん褒めて頂けるように」
「……健闘を祈りましょう。貴方の為ではなく、あの方の為に」
外套を翻し、フィフスは軍靴の音を響かせる。遠ざかるその音を背中で聞きながら、ウィラは再び地獄の門を見上げた。いずれ救世主が成すだろう、美しい世界に想いを馳せた。
戦う場所は異なる。なれど、想いは同じ。
(ボクは……オレは、猊下が進む道の糧になれたら、それでいい)
(私の人生はあの方の為に! この命はあの方のお心が儘に!)
――完璧な律を。完全な世界を。
そうすれば、もう二度と……もう二度と。
肉体の態が異なるというだけで、虐げられ辱められ奪われることもない。
――あぁ、忌々しい。あの日々が脳裏に過るだけで腸が煮えくり返る。
「ふ、ふふ」
戦場へ向かいつつあるイザベル(r2n000185)は、猊下に刃を向ける連中への不快感を募らせる。最中にふっと思い出したのは、いつだったか、ターリル・マルタル(r2n000197)と交わした言葉であった。
――ええ、そうですね、誰もイジめられない世界を!
生まれた時の体で全部の運命が決まってしまうなんて、悲しすぎます。
「ええ、そうよねターリル」
彼女と同じ赤い色の目をして。
そこに焼き付いた、本当に支えにしたい神を想い浮かべて。
嫣然と、唇に浮かべるは微笑み。
素晴らしいものを得たいと願うことの、何が罪だというのか?
――完璧な律を。完全な世界を。
そんな馬鹿げた傲慢を果たせるのか否か。口にすれば首が飛ぶ思想を、ブラムザップ(r2n000201)は赤いレティクルの奥に抱く。
完全も永遠もないこの世界で、全く新たなる律を敷くというのか。
本当にそんなことができる者が居るのなら――見てみたい。
嗚呼、秩序。かつて己を殺しそびれたまま死んだ男があんなにも尊んだ、秩序――。
「よう」
これから出撃をするのだろう天使の前に、ブラムザップはひらりと現れる。仕立て直したベルセノス(r2n000207)の軍服を羽織ったランパート(r2p005738)に――微か、目を細めた。
「……何か、御用でしょうか」
ランパートは、この荒涼とした天使が協力者の友人であることは知っている。平時であればもっと穏やかに応対したろうが、今はそんな余裕などなく。それは傍らに控えるStellaria(r2p003298)も同様で――嗚呼、その喪服のような装束はなんたる運命の悪戯になってしまったのだろうか。
「ベルセノスはどんな世界を望んでたと思う?」
「どんな、」
ブラムザップの問いに、少年天使は寸の間だけ沈黙し。
「知るかよ。……けど、せめても愉しめるように、くらいは望んだかもな」
「そうかい」
それだけ聞いて、ブラムザップは踵を返す。
問いに深い意味はない。ただ、……ただ、ちょっと、聞いてみたかっただけだ。
さあ、戦いに往くとしよう。燃え盛る運命が待っている。
――完璧な律を。完全な世界を。
天使達は仰ぎ見る。
神を目指す六枚羽を。
我らはその翼が地に落とした『影』なれば。
ただ静かに、猊下の飛翔に合わせてその下を進むのみ。


