
名も無き挽歌
第五熾天使との果てしなき激戦は、しかし刻一刻と終極へ向かいつつあるのだろう。
その鏑矢であるかのように。
火を噴く富士の噴煙の空に――今、一発の砲弾が炸裂した。
……その残響は、アリステラ・ルクスターム(r2p004298)の操る砂嵐の唸りの中に消えていく。そしてその砂塵もまた、緩やかに収まりつつあった。
「はぁ―― はぁ――」
さらさらと、きらきらと、乙女の髪の色に似たこがねの粒がゆっくりと舞い落ちてくる。
そんな煌めきの中を、真っ暗闇の蝶が遊ぶように飛んでいく――金の塵の中を黒い蝶が飛ぶ様は、白昼夢のように幻想的で。
なれどもその美しい羽ばたきは、存在強度を簒奪する虚無の黒。夜を喰らう濡羽・蘭(r2p003229)が創り出した虚無領域は、棒立ち状態の天使級と大天使級を消滅させていく。
アリステラと蘭。二人の秘技によって訪れた束の間の凪は、やがて第五熾天使の権能に再び呑まれていくのだろうが……今は未だ、静寂で。
「私達の責務は……果たせたみたい、ね」
アリステラの青い瞳が、黒い乙女へと向けられる。頷く蘭は玉肌を伝う朱を指先で拭い、後方の重戦車へと振り返った。
「アルネさん、お怪我は――」
「ゼロだ。諸君の奮闘に感謝と敬意を」
ハッチを開き、浪花 アルネ(r2n000145)が顔を出す。彼女の身体にも戦車の車体にも傷はない。それはレイヴンズ達が死力を尽くして護りぬいてくれたからだ。
「おかげでアンチファイブカノンも無事に発射できたよ」
「話には聴いていたけれど、凄まじい効力ね」
「ふふん、キャンパもなかなかやるっしょ?」
蘭の言葉にアルネが空を見上げる。放たれた砲弾は妨害の概念が込められた一撃。広く散布された妨害は、第五熾天使に連なる者らの動きを抑制する――特に階位の低い大天使級や天使級などひとたまりもなく、ただの案山子となるだろう。
――ゆえにこそ蘭の虚無領域はこの戦場において暴威へとなったわけだ。身動きのとれぬ雑兵を、たちまちに一掃してみせたのである。
「あとはどれだけこれが効いてくれるか、だが――」
改めて蘭というレイヴンズが仲間であることのありがたさを噛み締めつつ、アルネが呟く。
アンチファイブカノンが炸裂したことで、広く戦況にて変化があったはずだ。どこまでの変化になるのか、それによって運命がどう紡ぎ変えられたのかは――まだ、分からないが。
「さて――撤収するぞ! 動ける者は負傷者の補助を!」
「……了解」
アルネの指示に答えたルベリィ・ウィシーズ(r2p000545)であるが、しばし、まだそこに居た。佇む赤い瞳が見下ろしているのは、さっきまで天使ブラムザップ(r2n000201)が居た場所で。
もう銃声は聞こえない。斃れゆく彼の眼差しと目が合ったことを思い出す。最期まで笑っていた。最期まで炯々と燃えていた。剥き出しの暴力。剥き出しの生命。まるで嵐のようだった。
「さようなら、ブラムザップ」
心に灯ったひとひらの熱の正体を、胸の中で握りしめて。あんまり湿っぽいと彼にきっと嗤われる。だからこれでいい。これだけでいい。表情はいつも通りに凛として、手向けるように深呼吸をひとつだけ――淡々と、ルベリィは踵を返す。
「――……」
ブラムザップは、天使ベルセノスの友人だったという。ジャック・ドーニング(r2p001686)の握る得物にはまだブラムザップの血が残っており、そしてベルセノスを斬った記憶が残っている。
全部、忘れない。全部、刻んで記憶して。そして背負ったからこそ、歩みは決して止めないで。
――本来なら、ベルセノスの戦場で相まみえた天使らとの決着をつけにいくべきだったのかもしれない。それでもジャックはこの戦場を選んだ。悔いはない。それに――
(皆ならきっと、……勝ってくれるはずだ)
ジャックは仲間を信じている。彼らが居るのだろう方向へと、かんばせを向けた――
――一方、後方拠点には鉄色の風が鳴いていた。
(ジャック君たちはうまくやったかな)
御殿場の旧時代施設を利用した後方拠点には数え切れないほどの天使の死体が積み上がり、その代償を示すかのように一棟の建物が無残に崩壊している。
「この程度の被害は幸運……と思うべきなんだろうな」
白衣のポケットに手を入れ、崩れた建物を見つめていたシェス・マ・フェリシエ(r2n000067)は肩をすくめた。
後方拠点の役割は情報伝達のハブをはじめ後退してきた味方の治療など多岐にわたるが、壊されたのは治療施設に利用しようとしていた建物ひとつだけに留まった。
中央指令棟へと緊急避難した非戦闘員たちは全員無事。マシロ市側に死者を出すこと無く、敵指揮官を撃破し防衛作戦を終えたのである。
「そもそも、敵の目的は建物の破壊でも非戦闘員の殺傷でもなかったからねえ。こちら側にある妖刀と宝剣、それを奪っての都市強襲……といったところだろうねえ」
武器商人(r2p000873)がヒヒヒと笑って言った。その口調から、都市強襲自体も真の目的でないことが察せられていた。要は。危険な兵器を抱えてマシロ市に直行すればK.Y.R.I.E.の兵力は大きくそちらにさかざるを得なくなる。低い戦力を用いた有効な戦術。それでいて己の身は犠牲にする。『ベルセノスらしい仕事』といったところだろう。
戦いの間には分からなかったが、終わってみれば確かに分かる。
途中のラインを強力な力で急速突破し、後方拠点を突然叩くというその行動自体が、その時点で戦力を後方拠点にさかせる役割を持っていた。目的の一環した作戦だったのだ。
「あいつは、ベルセノスの遺した仕事を自分達なりにこなしたってことか……。本当に、付き合いの良いやつだな……」
フォートレス Mk-Ⅳ(r2p001532)が回収と基地補修の作業が進む中を歩いてきた。
シェスや武器商人たちが視線を向ける。そちらの首尾は? という問いである。
「天使部隊の撤退を確認した。念のため哨戒を出してるが、基地周辺に残ってる天使はもういないだろう。
いや、本当に……みんなよくやってくれたよ。これが初陣って奴も珍しくなかったのに。全員生きてた。それが何よりだ」
「けど、まだ終わりではありません。未だ多くのネームドが残っています。それぞれの戦場でも増援がまだ必要になるでしょう」
負傷者たちの治療にあたっていた九重 縁(r2p001950)が戻ってきたらしい。話に加わる。
「怪我をした人達の治療も概ね完了しましたし、私達も再出撃が可能です」
「それは、そうだが……大丈夫なのか?」
縁が対ステラリア戦でおこした奇跡については聞いている。縁自身、回復が必要な状況だろう。
「大丈夫です。私達は最後に、解り合えたから」
そこへ、杖をついて棟耶 匠(r2n000068)がやってくる。
「よく戦ってくれた。君たちがいなければこの作戦は破綻していたことだろう。強力な天使達に向けるべき二つの刃――その準備が、これで整ったことになる。
束ねたレイラインの力は古月君に、宿儺・銀月・はらえの三本を用いた瘴気の力はそれを集めた銀月君たちに委ねよう。使うべきタイミングが、いずれ来るはずだ。それまでは――」
イザベル、フィフス、フェルエナ、ウィラ、ジルデ――強力な中位天使は何体も残っている。
特にターリルや、不明な天使部隊、更には暴れ出したミハイルたちやアレクシスたち……まだまだ助けを必要としている戦場はある。
このまま後方拠点に残り治療や護衛を続けるも、彼らの戦場へ増援として駆けつけるもそれぞれ次第といったところだろう。いずれにせよ、だ。
「激しい戦いはこの先も続き、未だ絶望は空を覆ったままだ。
だが、まだ私達は潰えていない。立って歩けるその限り、天に抗うことができる。
皆――頼む」
鉄色の風が鳴いている。
けれどまだ、滅んでなんかいない。

