掌天の為に
「人間が――! 舐めた真似をしてくれるわねッ!!」
人類の大砲撃。増援として到来する筈だった天使級が、次々と屠られていく。
その光景にヴァルトルーデは眉間に大きく皺を寄せ激高するものだ。
いや……天使級が倒されているのは別に構わない。元より雑兵だ。幾ら倒されようが幾らでも戦線に投入すればいいだけの話であり、特に神聖領域を有する以上の戦力にとっては致命的な事態を引き起こす程ではない。
だが――この場にはヴァルトルーデの主がいるのが大問題なのだ!
アレクシスへ人間の手が微かでも届くなど――許されぬ!
「そんなに焦んなくても大丈夫だろ?
俺達の主は、熾天使は、ヤワなもんじゃない――」
「そう言う問題ではないわッ猊下の手を煩わせる事、それそのものが大罪よ!」
「まぁソイツは勿論、一理あるだろうけどな」
同時。力天使たるりもこん(r2p005402)は、頭を書きながらヴァルトルーデへと言を紡ぐものだ。彼もまた人類の大砲撃を、意に介していないかの如く涼し気な貌で受け流している。
今の彼に宿っている神聖領域はそれほどに強大なのだ。
その上、彼にはアレクシスから与えられた神秘兵装たる盾もあった。
ソレはただの盾に非ず。時と場に応じ幾つもの欠片に分割する事が可能であり、今は宙を高速にて飛翔している。天より襲来する弾丸を次々に打ち落としているのだ。
弾丸と接触すれば甲高き金属音が刹那に鳴りて。直後、爆発。
欠片の群は、空に幾重もの漆黒たる軌跡を描きながら、即座に次の獲物を迎撃し、無為の音色を鳴り響かせ続ける――爆炎が地ではなく空にて生じるのであれば、彼の周辺では砲撃による影響がほぼほぼ生じていないと言えた。
力天使になってしまった者の威は、最早只人など超越している。
「ま、落ち着きなよ。焦ったって仕方がないぜ?
それにどうにも……人類以外にも、木っ端が動いてるみたいだしなぁ?」
気遣いの声。元が人側である彼にとって、それがどれほどの本気かは、さておき。
注意を向けるべきは派手に動きを見せた人類だけではないと彼は告げるものだ。
――瞬間。力天使は首を傾け彼方へと視線を滑らせる。
視線の果て。見えぬ筈の領域に――しかし。
「――おーぉー、こいつは大層な祭りが始まったもんですねぇ。
こんだけのモノを用意していたとは……
流石に無策じゃなかったって訳ですねぇ。
アレ? てか、あの仮面のヤツ……もしかしてこっちに気付きました? 今?」
「……さてな。ともあれこの程度で第五の熾天は揺らぐまい」
「他にも切り札は残していそうですが、アレでなんとかなるのは神聖領域を持たない連中ばかりでしょう。尤も……動きを見る限りどうにも人類は承知の上のようですが」
彼らはいた。
戦場を悠々と観戦している三つの影。その一つはエマヌエル・バイルケ(r2p006759)。所謂ミハイル派と呼ばれる集団に属する一人であり……同時に、彼の傍にいる二人の天使、デプス(r2p006875)にジーラ(r2p007391)も同じ天を戴く同胞であった。
彼らは見据えていた。第五熾天使の軍勢と、人類軍の戦いを。
そして人類軍の成した砲撃を――あぁなんとも激しい瞬きだ。
実に、実に大したものだと感嘆する、が。
忘れてはならない。アレクシス・アハスヴェールは、熾天使だという事を。
力を大きく制限した上でも尚、世界を滅ぼしうる頂点が一角なのだ。
これだけで趨勢が有利に傾く、などと言う事はあり得ないだろう。
「ですよねぇ。って事はやっぱり……俺らも動く必要がありそうですかい」
「ミハイル君の為にも、もう少し人類には頑張ってもらわないといけないしね」
「――然り。全ては、我らが主の大望の礎となるべきだ。それは我らも込みでな」
故にこそ。
彼らは己らが長であるミハイルの為に動かんと、第五熾天使への戦場の介入を決めた。それは主に人類よりも第五熾天使側の軍勢の動きを阻害する、と言う意味でだ。
人類の為に動くつもりなど毛頭ない。が、人類がアレクシスに一蹴されたり被害が軽微であったとしても、それはそれで困るのだ。連中はどちらもほどほどに潰し合ってもらうのが一番良い。崩天ではなく掌天を目指し邁進する――ミハイルの為に!
その為に少しばかり戦場をかき乱してやるとしよう!
「そんじゃ、第五熾天使様以外を狙うって事で。
やり方は各々って事でいいっすよね? デプスのダンナも、ジーラのお嬢も」
「勿論。私達が猊下君の眼前に至ろうものなら、即時粛清されるだろうしね。
纏まって行動もあまり宜しくない。下手に見つかれば薙ぎ払われて終わりだ」
「……もし。まかり間違って、万が一にも人類が優勢になったら、人類を叩く。それも忘れぬようにな」
「ほいほい――じゃ、生きてたらまた会いましょうぜ」
軽口の応酬。もしかすれば、もう生きて会えぬかもしれぬというのに軽々としている。
だが、あんなミハイルに付き従う者達なのだ。
いつ何時彼の無茶やらによって脱落するとも限らぬ儘に、それでも生きてきた。
――死地など、恐れるようなものではないのだ。
いつも通りに行ってくる。ただそれだけの事!
だからこそ、普段と変わらぬ儘の様子で別たれんとして――
「……しかし、大丈夫かい同類よ」
「ん?」
「君はデプス君よりは――いつもよりやる気に見えてね」
しかし、寸前。ジーラはエマヌエルに声をかけておくものだ。
いつも飄々とした態度を見せるエマヌエルだが、今日と言う日はいつもより少し違う気配を感じたが故に。なんと言えばいいのだろうか。僅かながら彼からは常より強き闘志が零れているような……
「あぁその事ですか。いや大した事でもないっすよ――
えぇまぁ。先日の、ちょっとした礼を返さないとなと思っていただけで」
「礼?」
「ええ――礼なもんです」
その理は、単純なものだ。
エマヌエルは少し前。御殿場戦域の攻防戦の最中――まだアレクシス派に協力する一員として動いていた頃。あわや猊下の裁きによって人類諸共、攻撃されかけた事があったのだ。
アレに悪意があった訳ではないだろう。アレクシスは己ら程度の天使など存在からして一切気にしていないだけだ。手を払ったら、そこに偶々いたという程度の事だろう。だけど。だけど――なぁ?
「熾天使サマに直接一矢報いれられるなんて夢にも思わないもんですが……幾らお偉いさんとはいえ、コケにしてくれたなら意趣返ししたくなるのは――当然の事っすよッ!」
アレクシスのダンナ。アンタの事は気に入らない。
オレはアンタなんかより、ミハイルのダンナの方が好きなんでね。
第五の天に盾突き戦う理由なんて――それだけでも十分だろうさ!
※アレクシス・アハスヴェールの戦場で、キャンプ・パールコーストの大砲撃が加えられました! 更にミハイル派の一部が戦場に介入し、戦場に新たな展開が生じています――!
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