紅き月は墜ちて
アンチファイブカノンの号砲は戦場を飛び交う無数の天使級の力を弱体化させ、レイラインの鍵は前線へと向かいつつある。
アレクシスが投入した天使級の物量は、キャンプ・パールコーストの 決死の大砲撃によってその脅威を阻まれている。
対イザベル戦線の最前線となった簡易拠点には多くの重軽傷者の姿があった。
そんなことが出来るのは、その戦場にやっとの余裕が出来たからに他ならない。
天使級の物量で押し潰し、残ったものを能天使が一掃する。イザベルのそれはある意味では最も天使らしい天使戦であったのだろう。
それでも――その戦場には天使だったものが折り重なって地に伏していた。
物量戦こそが天使の十八番だ。そこに散った数を数えることなど意味を為さず、けれどそれは群の長にして孤独な女が歩みを止めたことを示している。
――取捨選択などありません。必ずや生きて帰りましょう、全員でです!
その宣言が嘘にならなかったことにローズ・アミシア(r2p000753)は胸を撫で下ろした。
人間を助けるたび、その力は増す。この戦場の全ての人間に向けて約束した幸運はこの戦場における死者を零とした。
凡才なる座敷童が見せた意地は確かに多くを救ったのだ。
今すぐまた戦場に行ける者ばかりではないと言えども、イザベルの戦域に死者はない。それだけは確かだった。
「やった……やったね、墨花ちゃん!」
ケロリと、そう笑顔に設定する天海 まいん(r2p002279)が硯 墨花(r2n000178)とハイタッチを交わす。
確かにある疲労感を打ち消して、笑顔で笑いかける。そうしていれば笑顔につられて本当に気持ちが楽になるから。
彼女の為したのは突拍子もない奇跡。それは、座敷童が齎した幸運の下で芽吹いた奇跡。
敵を倒す術を持たなかった少女の起こした奇跡がイザベルを倒すのに与えた影響は大きい。
傷を癒し、息を整え、次へと向かわんとする軍人と能力者の姿にエールを送るように笑って。
「……そうか」
東雲・春斗(r2p000531)が一体どれだけの数の天使級を屠ったというのだろう。
重々しい身体を無理やりに動かし、男は小さな言葉を残した。
「やったんだな……」
刻まれた痛みは多少の無茶の証だった。
だが、そんなものでは終われまい。終わるまい。
天を覆う程に今なお天使は空を征く。その全てを殺すのだ。
「休憩はおわりだ。あと何体残っている」
体を起こして、大地を踏め。
一歩を、二歩を踏めるならば天使を殺すだけの力は残ってる。
斬り伏せられたその姿はどこにだっている一人の女にしか見えやしなかった。最初から最後まで相容れない敵であり続けた独りの敵。
立場が違えば分かり合える――なんてことさえもきっとありえなかった敵だ。
「それでも、貴女の言っていたことに一つだけ同意できます」
クラリッサ・クラーク(r2p002781)は罅割れたナイフを閉まって彼女の遺した物を手に取った。
巡る視線、そこには次なる戦いへと向かわんとする多くの仲間達がいる。
自らを奮い立たせるように、天を切り裂かんと刃を振り上げた。
「――さぁ、進み続けましょう。私達は、止まるわけにはいかないのです。
強くあらねばならない。強くなければ、前に進まなければ、熾天使は倒せないのですから」
振り降ろした刃は軍令を飛ばす鞭だ。
時間を抱えればかけるほど、マシロ市の仲間が死んでいく。
心の内に思う所あれど、仲間を守るためにやれる一番は、一秒でも早く敵を殺すことに他ならない。
自分に向けた声が、軍人と仲間達とに伝播して喊声に変わっていく。
「……お前達、どうする」
油圧 ワニファラオ(r2p001004)は静かに視線をシャハル(r2p006423)へ向けた。
その手で討った男の配下の目を覚えている。
「復讐、果たすんだろう?」
ニヒルに笑ってみせた怪人に黄金の竜が笑みを刻む。
「あぁ――」
恍惚とする椎葉 桜子(r2p001127)の手には未だに彼女に触れた感覚があっただろう。
届き、触れ、打ち倒した。その鱗の感触を覚えている。
「貴公らとの出会えたことは我が人生最後の幸運だろうな」
イザベルは倒れた。それは男にとって自分の同胞を殺し尽くされた証でもあった。
「さくら――貴公には、見ていて欲しい。これが天使として突き進むということだ」
死した同志たちへ祈った男は静かに水代 さくら(r2p000777)へ告げる。
「俺の神聖領域から生じる光剣は一つ一つに俺が殺し、俺に託した者の意志が宿る。
今日この時、俺はこれまで最も多くの同胞に託された。
これでも届かぬだろう。それでも、未だに物量戦で胡坐を描く神気取りに一泡を拭かせるには充分だ」
紅の瞳は静かに。きっと、たった一度になる共闘をした者達を見つめている。
「さくら、それに多くの異星の民よ。君たちのおかげで我はこうしてここにいる。
この身が果てるまでこの恩は忘れまい。貴公らの不利にならぬ。ただ、時を待つ。
数多の雑魚を屠り、連中の顔を歪めさせる絶好の機を――故、先を進め」
フィフス、フェルエナ、ウィラ、ジルデ――未だ戦場には強力な中位天使が何体も残っている。
映し鏡のような海も、忘却されていた彼女も、崩天も健在だ。
何よりも、未だ神の如く立つ大本命を倒さねば、世界は滅び去る。
進み続けるしかあるまい――前に進まなければ、熾天使は倒せないのだから。
さもなくば、命を懸け、そして散っていく数多の軍人たちの敬礼に顔向けなどできやしない。
彼らが夢見た未来がやってこない。託された未来のためにも――休むにはまだ早い!
※イザベルが撃破されました! また同戦場にいた天使、シャハルがアレクシス派を離脱しています。

