彷徨いの影法師


 ……智天使とは、熾天使の最側近(副官)である。
 熾天使からの直接指名によってのみ辿り着ける特異な位階。如何なる理で智天使を選定するかは当然、熾天使ごとに異なる。力の優越性? 権能の特異性? 或いは性格的相性か、個人的な縁の類によってか。

 ――かつて第二熾天使(バルタザール)の麾下に智天使ベルトルドという男がいた。
 彼は、武芸百般を極め当時十一番目の男とすら評された最強の男であった。
 力は当然として、第二熾天使からもそれなりの信があった事だろう。

 第一熾天使(マリアテレサ)麾下・智天使カイロス。
 主に対する絶対の忠誠(愛)は誰をも超越し、至高からの如何な命令をもこなし得る。
 度が過ぎる忠誠は、辟易されている様子も時折垣間見えるが――少なくとも忠義に疑いはなく、一定の信は置かれている事だろう。でなくば傍に侍る事など不可能である。

 それぞれ方向性は異なれど熾天使の側近として斯様な属性を宿している。
 ……そしてそんな彼らと比べ第五熾天使(アレクシス)麾下・智天使ゲラントを評するならば。
 彼は――


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 ――天上で大いなる決定が成された時より、事は少しだけ遡りて。
「ゲラント貴様ぁッ……猊下を御守りできなかったとは、どういう事だ!!」
 第五熾天使勢力が攻略中だった世界にて、糾弾するような声が突き走った。
 それは第五熾天使麾下・座天使級(ソロネ)に座す天使、ハーリヤベルト。位階の高さが故に地上侵攻に加わる事が出来なかった一人である。そして――その声を受けとめしは彼より更に上にしてアレクシスの最側近、智天使ゲラント。
 ……いや最側近だった、と述べるべきだろうか。
 なぜならば第五熾天使アレクシス・アハスヴェールは――

 先程、その座から失陥したのだから。

「…………」
「お待ちくださいハーリヤベルト様、ゲラント様は決して……」
「ゲラントの小間使い(スィ)は黙っていろ! 私はそこの無能に話している!
 猊下のお傍に控えていながら、なんたる失態――どころか熾天使が失陥した折に、近衛はおめおめと生き残っているなど恥晒し極まる! 前代未聞であろうが!!」
「ハーリヤベルト様!」
「フンッ――なんだ? 私に噛みつくつもりか?
 私が忠誠を誓っているのは猊下だ。ゲラント(そいつ)ではない!
 ……あぁもしも我が言が智天使様に対する不敬だと言うなら今すぐ私を殺せばよい。
 猊下が失われたというならば、私とてこの世に未練などないからな!」
 故にハーリヤベルト(忠実たる配下)の怒りは猛り狂うが如し、だ。
 彼にとってアレクシスは正に崇拝せし神そのもの。己が拠り所が失われたとすれば、心中穏やかでないのは必定であるし――それはハーリヤベルトだけの話ではないだろう。第五熾天使に属する者(アハスヴェールの影)の大部分はアレクシスにより選抜され、アレクシスの掲げる旗の下に集っている者達なのだから。
 しかしだからこそだろうか? ゲラントはただ黙って叱責に耳を傾けている。
 代わりに彼に忠誠を誓うスィ(r2p005848)が一歩前に出でるものだ。無論、座天使級を前に何が出来る訳でもない。一瞥されるだけで蛇を前にした蛙に等しい――それでも。
「……!!」
 奥歯を噛みしめスィは、敬愛するゲラントを庇わんと心を奮い立たせて。

「…………で? 終わりか?」

 しかしその時。座天使(ハーリヤベルト)の大喝を浴びていたゲラントが遂に口を開いた。そして。
「お前の主張は分かった。
 猊下を護り切れなかった私が無能という点について殊更に反論するつもりはない。同時に……お前を粛清するのも、言を咎めるのも、無意味であり無価値。何一つ益を生み出さぬだろう。
 故に――あぁ。お前は続けるがいい。
 その言の葉の果てに、我々にとっての益があると信ずるならば、な」
「ゲラント様……」
「……ほぉう。存外、冷静ではないか。
 宜しい。正直、恨み節なら百万の言葉を並べても足りんが……
 猊下のお傍に間に合わなかった私にも咎はある。
 ……ここからは建設的な言の葉に留めるとしよう」
 ゲラントは淡々とハーリヤベルトの怒りを説き伏せるものだ。
 その姿を見れば、スィは――いつも通りのゲラントだと安堵しよう。
 アレクシスを失ったという事態に対し、その心が如何に揺れ動いているか心配であったが……彼は変わらずスィの信ずる主であった。いつ、いかなる時も冷静にして穏やかたる人だと――
「現状確認だ。命じた残兵の取りまとめは滞りないな?」
「あぁ。猊下失陥なる最悪の混乱は、ひとまずの収束を見せつつある。
 だが地上侵攻に伴い失った面々……特にバルトロやターリル、エルシィの喪失は流石に痛いな。連中の穴は、とても下位天使で補えるようなものではない。
 が、一つだけ幸運があるとするならば――主天使以上の戦力は軒並み健在だ。
 我らがいれば、第五熾天使勢力(アハスヴェールの影)の統率は成るだろう」
 さればハーリヤベルトとゲラントは話を進めるものだ。
 目下重要たるはどれだけの戦力が残っており、そして今後どう動くか、だ。
 大前提として力天使級以下の有望たる者達は地上侵攻に投入され、人類との交戦の果てに壊滅してしまった。彼らは言うなれば最前線指揮官のような立ち位置であり、小回りの利く手足だ。失ったのは、惜しい。
 だがそれ以上の位階である主天使、座天使、智天使は残存している。
 それらはどの天使勢力にとっても最高精鋭層と呼べる位階。
 数える程度しか存在せぬ傑物達だ――
「だが……熾天使陥落の折に、これ程の戦力が生き残っているなど……永い天使の歴史の中でも、はたして前例があったのだろうか? 主無き野良の天使集団と言えば、かのミハイルが良くも悪くも名が轟いているが……そういう規模ではないぞ」
「……いずれ粛清すべき連中の事は、今はいい。とにかく戦力は十二分に残っているな」
「あぁそうだな。で、どうする?
 結論から言えば――今すぐエデンに攻め入れば、カイロスを縊り殺せる可能性ぐらいはあるかもしれんぞ?」
「――――!」
 瞬間。ハーリヤベルトの提案に、スィは目を見開くものだ。
 天上(エデン)侵攻? そんな事、冗談でも述べる内容ではない。かの地は神聖にして不可侵である絶対聖域。不遜など決して許される事はない地だ――
 しかしハーリヤベルトの過激極まる提案は本気である。
 彼は、吐息を一つだけ零しながら……
「無論、これは可能性の話だ。砂粒程のな。
 天上の護りは当然ながら容易いものではないだろうし、そもそも……第一熾天使は実に傲慢な女と聞き及んではいるが、不法侵入に対する反応までは分からん。配下に任せ放置するならよいが、不躾と嘲笑い薙ぎ払いに来たら……分かるな?
 あの女がその気になれば即座に終わりだ。
 熾天使が動かないだろうという希望的観測が絶対条件となる」
「……とんだ一筋の糸だな」
「まぁな。だがカイロスとて猊下を暗殺の如く瞬時に決着付けた訳ではあるまい……間違いなく甚大な傷を負っている筈だ。であれば傷が癒えぬ内、今この時ならばまだ討てる! 我ら総員、帰還を考慮せずカイロスという一点のみを復讐の到達点と見定めれば――!」
「刃が届く可能性はゼロではない、と。
 ……意外だな。それは正に特攻だぞ?
 目的を達成しえたとしても死以外の道はない。お前がそんな提案をするとは」
「フンッ……私はな。貴様の事は嫌いだが、猊下には確かなる忠誠を捧げていたのだ。
 猊下に害を成したクソゴミカス小僧(カイロス)を殺せるならば、この命など要らんよ」
 息を荒くし殺意をまくし立てるハーリヤベルト。
 彼はそのままゲラントに対しても、吐き捨てるように言を紡ごう。
「――猊下が失われた以上、私ももう全てがどうでもよい。
 世の理、全てを手中に収めんとする絶対者の姿には実に、実に敬服していたものだ……
 否! 私だけではあるまい!
 アハスヴェールの影とは大なり小なりそう言う者達なのだから!
 ――さぁ! 我らが神を失ってしまったのなら、せめて不敬者に一矢報いようではないか! それでこそアハスヴェールの影の本懐足りえよう!!」
「な、なんという……!」
 さすれば、スィは思わず戦慄するもの。
 最早神がいないなら、仇名した無礼者を討つ為に命を捨てて突撃する。
 あぁそれはなんと――清々しいまでの狂信だろう。
 アレクシスを神とすべく集まった宗教集団らしい姿だ。
 ……だがスィ自身も分からぬ訳ではない。
 もし失われたのがゲラントであったのなら。
(きっと……僕も……同じ事を述べていたかもしれない……)
 刹那。思わずスィはゲラントの側へ、視線を滑らせるものだ。
 沈黙多きこの人は今、どのような想いを抱いているかと。
「…………」
「さぁどうした智天使。まさか臆したなどとは言わんだろうな?
 或いは乾坤一擲の時を見定める為に潜るかね?
 決意あらばそれでもいいが、今すぐ決めろ。
 腹立たしいが。猊下がおられぬ今、お前が我らの暫定統率者だ」
 ハーリヤベルトは詰めるように問うものだ。『どうするか』と。
 特攻するならカイロスの傷が癒える前に急がねばならない。
 特攻『しない』にしても、決断は必要だ。
 猶予は無い。アレクシスという光を失った今、我らはどう動くべきか。
 第五熾天使の側近にして二番手(ナンバーツー)であるゲラントに全ての意識が集中すれ、ば。

「……温いな」

 彼は――その時。静かに言を零した。
 だがその声色には何の抑揚も乗っておらず。
 ただただつまらん、と言わんばかりの言であった。
「――何?」
「カイロスへの復讐か。
 あぁ……お前の言う通り、その一点だけに初めから絞り第一熾天使(マリアテレサ)が出て来なければ。そして結界を超えんと動いていた私を、嘲るように邪魔したあの四枚羽共が出て来なければ果たせるかもしれんな。が、ソレに何の意味がある?」
「――四枚羽共? 座天使(ソロネ)でも出たのか? 第一の」
「さてな。ただ、アレは少し様子がおかしかったように思える」
 ハーリヤベルトは怪訝な表情を見せるものだ、が。
 ゲラントは一切頓着する事無く続ける。己が考えていた遂行されるべき真のプランを。
「例えカイロスを目論見通り討ち取れたとしても……第一熾天使は揺らぐまい。
 アレは、今までで通りアレのままであり続けよう。
 我らの事など容易く忘れ、絶対者たる常を謳歌し続ける。間違いない」
「……そんな事は私も分かっている。だがその上で」
「他にやれる事などあるまい、と――?
 愚か者め。だから『温い』と言ったのだ。心まで敗北者になったか?
 アレクシス様を失った今、狙うべきは智天使一匹に非ず。我々が目指すべきは――」
 一息。彼は、ゲラントは。天上を指すように指を突き上げて――

「――全熾天使(アーカディア・イレヴン)の掃滅だ」
「――なッ、んだとぉ?」

 瞬間。放たれた言葉にハーリヤベルトは、スィは。驚愕極まる表情が思わず零れた。
 なんだ? 今、ゲラントは、何を言った?
 先にハーリヤベルトの告げた『天上侵攻』……それ自体、過激極まるものであったというのに、ゲラントの告げた内容は最早過激云々などというレベルではない。誰も彼もに刃を向けるなどと、正気か――?
 だがゲラントは相変わらず余人の心情に構う事なく続けよう。
 会話の始まりから一切一片……表情も感情も不変の儘に。
「我らの神は眠りに付かれた……
 詳細顛末こそ未確認だが、今はそう思っておく他は無い。
 ならば、最早この世界は無明のそれに等しかろう。
 誰がこの先勝ち上がろうと、あの方より世界の秩序に目を向けた者などおるまい。
 絶対秩序は構築されず。世界から悪が消える事は無くなったのだ――
 ならば死ね。どいつもこいつも死んでしまえ。
 我らが神を受け入れなかった世界など、存在する価値はない」
「ゲ、ゲラントさ、ま……?」
 思わずスィすら、たじろいでしまうものだ。
 彼は今一度ゲラントを見据える。其処にいたのは、あぁ。間違いなく己が慕う彼(ゲラント)だ。
 だが、違う。何かが決定的に違う。
「誰も許さない」
 そうだ分かった。冷静な様に見えていたのは間違いだ。
「誰も生き残らせない」
 ゲラントは、今――
「我らが神を排斥するならば、森羅万象朽ち果てろ」
 誰も想像出来ないほどの憤怒の極致に座している!

 ……あぁ。ゲラント、彼は。
 元々全智天使の中でも、極めて理想的にして模範的な智天使と呼ばれる男だった。

 主(アレクシス)の意を的確かつ迅速に察し。常に傍に控え、決して出しゃばる事はなく。主の意を遂行し続ける理想の副官たる男。
 ……逆に言えば、先述のベルトルド程に武へ傾倒している訳ではなく。
 カイロス程、極端な忠誠と実績を示し続けている訳でもない。
 淡々と。淡々と全てをこなすだけ。
 あえて悪しざまに述べるならば確たる特徴のない(面白みのない)、模範的智天使(優等生程度)とも言えるのが彼だった――しかし。そんな男の『副官という皮』は今こそ剥かれ本性が曝け出される。

 彼の内より這いずり出たのは、あらゆる例外を認めない、絶対の潔癖主義。

 彼が崇拝する神は一人(アレクシス)のみであり。それ以外は全て滓(カス)である。
 死ね。死んでしまえ、人(カス)よ。天使(カス)よ。熾天使(カス)よ。全ての世界(カス)よ!
「同時に命ずる。貴様ら――私に従え。拒絶する者は全て斬り殺す」
「――!!?」
「これはアレクシス様に捧ぐ聖戦である。
 あの方を認めなかった全てを粛清し、その後に我々も滅びよう。
 異を述べる者は、そもアハスヴェールの影に相応しくないと知れ」
 瞬間。ゲラントは振り切れた殺意を周囲に降り注がせるものだ。
 間違いない、本気だ。一片の冗談もない超越の殺意が其処に在る。
 吐き気がする。あまりの圧に。
 膝は震え。指先からは熱が失われる心地をスィは得よう。
(なん、だ……これ、は、何が、起こって……!)
 ――彼(スィ)は知らない。こんなゲラントを。
 今まで傍にずっと仕えていたが一度たりとも見た事はなかった。
 こんな――想像を絶し得る感情を内包し、周囲を威圧する姿など――!
「――一つ聞きたい」
 だ、が。ハーリヤベルトだけは気圧されず言の葉を紡いだ。
 ゲラントよ。お前にしては珍しく長々たる演説をしてくれたものだが……もし。
「そう、もし……この先計画が奇跡的に上手く行ったとして。
 貴様がどこかの熾天使を討つ事が叶えば、熾天使に成りあがる可能性もあろう?」
「あぁそうだな。そう言う事もあるかもしれん」
「それは猊下同様、ゲームプレイヤーの資格を得るという事だ。万難を乗り越え掃滅も真に成し得れば……大願が貴様の手中に収まる事も可能性の話として、あるだろう。
 ――その時、猊下の復活を願えば叶うのではないか? 貴様はそれを望むか?」
「望まん。私は誰よりあの方の御心を解している。
 私などという塵(カス)によって現世に返り咲く事など、あの方は決して望まない。
 もしも私が熾天使に至ったとしても、その時の望みは森羅万象の駆逐であり――アレクシス様の復活などでは断じてない。そんなものはあの方にとって――」
 一息。
「――屈辱極まろう。私は、あの方の神性に泥を塗る気などない」
「……フ、フフフ。フッハハハッ、ハハハハハ――!!」
 その時。ハーリヤベルトは大喝采する。心の奥底から。
 即答したゲラントの有り様に。己らを遥かに超えた、狂信者の極致にいる男に。
 大層満足したように――笑い声を発するのだ。
「そうか、そうかね! いいだろう!
 そこまでのビジョンを宿しているというのなら否はない!
 智天使ゲラントは我らアハスヴェールの影が長! 猊下の意思代行者である!!
 此処にいない他の連中も文句は言うまい!!
 その復讐の焔が輝き続ける限り、私は、私達は! 心から従おう!!」
「……そうか。では早速一つ目の命だ。
 総員、早急に本世界から離脱し、地上に潜伏する。
 ――恐らくすぐにでも第一熾天使の軍勢が降りてくるはずだ。
 この世界を滅ぼし、もののついでに我々も狩りにな。その前に動く」
「分かった……全兵に急ぎ連絡する。猊下の遺産も可能な限り持ち出そう。
 あの方が、自らの叡智で作られていたのはオベリスクだけではないからな」
「あぁダメなモノは即破壊しろ。敵の手に渡るよりはマシだ」
 そして、一度方針が決まれば彼らの動きは迅速極まった。
 常は反目しつつも付き合いの長い座天使(ハーリヤベルト)と智天使(ゲラント)の二人だ。阿吽の呼吸たる勢いで今後のプランを詰めよう――
「任せておけ。あぁそれと猊下の望みを阻んだマシロ(人類)とやらは?
 連中も粛清対象ではあろう?」
「業腹だが今は放っておけ……潜伏を第一義とする。
 舐めた真似をしてくれたミハイル一派ともども機を見定める。
 ……それに限定顕現とはいえアレクシス様を退けたのだ。
 もしかすれば掃滅の役に立つやもしれんしな」
「素晴らしい。この上ない合理的な判断だ……委細承知した」
 瞬間。ハーリヤベルトは姿を消す。
 影の総てに嬉々として意志を伝えに行ったのだろう。我らの往く道が定まったと。
 ……第五熾天使勢力は良くも悪くもアレクシスに対する信奉者で大部分が構成されている。ゲラントの告げた『聖戦』などという言の葉は、彼らの心に絶対の大義として沁み込むだろう。

 尤もそれが破滅への道となるか栄光の道となるかは――正に神のみぞが知る事だが。

「し、しかしゲラント様……猊下の遺産は、あまりにも多い。
 運び出すにしてもどれだけ有益なものを運び出せるか……」
 と、その時。スィは恐る恐るながらゲラントへ問いを零すものだ。
 震えが止まらない。はたして今、言を紡いでいいかも分からなかった。
 だけど――何か。何でもいいから述べねばならぬ気がした。
 そうでなくば己が知っている筈のゲラントが。
 どこか、遠くに行ってしまう気がして――
「……何を言っているスィ」
 で、あれば。ゲラントは即座に返答しよう。
 素の儘に。スィの知っている、いつものゲラントの様子で。

「こういう時こそヴァルトルーデ姉さんの力だろう」

 ――とんでもない事を言い出した。
「はっ? ゲ、ゲラント様……?」
「全く……お前は知っているだろう。忘れたのか?
 姉さんの異空間収容の異能(神聖領域)ならば多少の質量など関係ない。
 オベリスクすら収容出来るあの力こそ、今こそ非常に最適だろう。
 故に――どうした? 姉さんをすぐに此処へ……」
「あの、その……ゲラント様……ヴァルトルーデ様は……」
 喉が渇くようだ。はたしてコレが正しい事なのか彼は分からない、が。
 言わねばならぬと信じスィは伝えよう――そう――
「地上で亡くなられたと……その……先程お伝えしましたが……?」
「――」
 ハーリヤベルトが来る前に既に報告し終えていた事実を、もう一度告げたのだ。
 さすればゲラントは一瞬固まる。文字通りフリーズしたかのように。
 そして呼吸二つ分の後……まるで改めて気付いたように己が額を押さえて。
「――――そうだったな」
 小さく。小さく。それだけを呟いた。
 ……その後、ゲラントはスィに対し一切何も言葉を発する事無く。
 残存勢力の指揮に専念した。
 彼らは動く。蜘蛛の子を散らすような逃走ではなく。
 一つの意思の下に統括された、まごう事無き離脱によって。
 そうして形成されたのは――智天使を長に、座天使・主天使すら属する史上かつてない残兵勢力。

 『彷徨いの影法師(アハスヴェール残党)』

 彼らは……闇に蕩ける様に、姿を消した。


 ※第五熾天使の残存戦力が、地上のどこかに潜伏しているようです……!


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