イミタシオンの造影
「一先ずはお疲れ様、と返しておこうか。護送のための結界は仕方がなく承ってやろう。
シケた面してるみたいだが……元々大本営には手が届かねえって理解してただろ」
頬杖をついてそう答える 天逆 九天(r2p002759)をじらりと睨めつけた春名 朔(r2n000031)は「理解していました」とだけ返した。
未だ喧噪のさなかにあるマシロ市は日常と不穏のあわいに存在していると言えよう。
第五熾天使との戦いでの傷痕は容易に癒えるものではない。
精鋭と呼べる能力者達を中心に後方支援員含め多大な人員の喪失があったのだ。市民感情は奇跡と呼ぶしかない勝利と重苦しく圧し掛かる犠牲の陰に揺らいでいたことも確かだろう。
「あの女――指導者・ヒルダに手が届くなんて元から考えてもいませんでした。
それでも、その素顔を一目でも見てやりたかった。憎悪の当てともなる影法師に焦がれる気持ち位ご理解していただけるでしょう?」
「さあな。それが恋愛感情であった方が多少理解はできるモンだが?」
鼻先で笑った九天に「恋愛小説がお好きとは意外でした」と朔は肩を竦める。
マシロ市内では祝勝の宴が行われながら日常へと戻ってゆく様子が見て取れる。
だが、この世界のすべてが第五熾天使の掌で転げていた訳ではないのだ。
例えば、横須賀――東京湾近海とも呼べるその周辺、ブリッジ跡からも観測が行われた超常指定:甲級掃討作戦の活動が観測されたことにより、特務部隊POSEIDONとキャンプ・パールコースト横須賀基地を中心とした防衛設備の強化や近海調査が行われている。
司令官である浪花 アルネ(r2n000145)があの海と怪物へと警戒を呼び掛け、旧房総半島に存在する光の結界の主、月光鯨(r2n000190)も危機感を示していた。
それだけではない。ホリデーシーズンであることを良い事に町田地区周辺ではサーカス団を名乗る者たちが悪戯な行いを繰り返している。彼らの目論見は未だ計り知れないが公演チケットを配っているかのようだ。
そして――此処。
『小田原天守閣……補修が必要でしょうか』
小田原は第五熾天使との協力関係を打ち上げた終鐘教会の庇護下にあった場所だ。
「多少は必要となるだろうが……それでも建屋も土地も人が生きていれば戻るものであるとは理解しているとも」
伊勢 時之丞(r2p006932)は低く、苦し気に吐き出した。
祈りと悪意の繭が消え去った後、この小田原に残されていたのは大破局から刻まれ続けた傷口だったのだろう。
指導者であった北条 ミユキ(r2p005714)の死、協力者であったカゲオミは現在マシロ警察が捕縛し小田原からの護送準備が行われている。
事後処理の関係で小田原での活動を行うマシロ警察でも全人員をこちらに動員しているわけではない。聖釘の関連もありカゲオミにはその事後処理関連を行わせるために今しばらくはこの地で対応を求められていたのだろう。
『カゲオミさんは、意識を取り戻したんですね。良かったです。
……殺すべきか、迷いました。能力者として人に仇なした終末の使徒を。
でも、市民による私刑も許してはならないし、人が人に向ける罪と罰の在り方は、常に法の下であった方がいいです』
背筋をぴんと伸ばしたルラの瞳が朔やマシロ警察の警察官たちへと向けられた。
少女は信仰している。自らが信じる神を。
それは指導者の唱える天の遣いでも、第五熾天使でも、はたまた熾天の宝冠が仰ぐ父などでもない。かわいらしい太陽の翼を有する白い鳥たちだ。
「……逮捕など、生温い事ではないのか? 彼らはマシロ市から報復を受けても致し方がないと認識していたが――」
『そうですね。ルラちゃんもそう思います。だから、龍華会の皆さんは本気で殺そうとしていた。
でも、知り合いに警察官がいたんです。それも、とびきりあの人を殺したそうな!
法の番人で手錠をかける権利があるあの人が人として裁きを与えるのなら、逮捕という道を示したかった。
その後のことは知りませんよ? 竜の巣に引っ張っていかれて何が起こるか、とか。逮捕された後の身柄とか』
少女は朗らかに笑ってから振り向いた。
堕天使となった事を嘆く者もいる。天使となったその身を高尚なものであると崇めた者だっている。
この世界には様々な人間が生きている。きっと彼女だって、天使に思うことがあったのだろう。
誰が何を思い、どう進むかは其の人に委ねられる。生きてゆくならば、惑いも苦しみも生まれる筈だ。
その事を少女は知っていた。だから救いの道を探していた。
『生きてくださいね。時之丞さん。……これはルラちゃんのわがままですけれど!
きっと、これからも惑うことがあるでしょう。迷ったら太陽の翼教を頼ってください!
多少のお力にはなれます。それで、何を思っても、何を願ってもきっと構いませんよ。
だって、私たちは玩具じゃない。意思を持ち、前に進む人間なのですから――』
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