■■■に恋をした――


 私は、世界に恋をした。
 恋はいつだって盲目にさせる。暗い夜なら、きっと良い。
 迷い悩んで頭を抱えていたって、夜は優しく包み込んでくれるから。
 白日の元に全てを曝け出してしまったら、抱え込んだ嵐のような感情に名前を付けなくてはならなくなってしまう。
 紅雨の下、あなたと出会う。
 瑞雨の下、あなたと駆けた。
 秋霖の下、あなたが微笑み。
 氷雨の下、あなたと今がやってきた。
 全てを洗い流すように、雨が降る。が流さぬ雨が降る。透明な、雨が降る。
 遣らずの雨はもう止んで、そうして改めて知るのだろう。

 ――恋って、きっと雨の様なものだ。
 何もかも浚って行ってしまう。ため息は軋む春風のように何もかもを攫ってゆく。

「ねえ――■■■」

 

 恋のお終いなんてものは、何時だって容易にやってくるのだろうと知っていた。
  水代 さくら(r2p000777)は緩やかに顔を上げ、目の前に佇む少女を見た。
「―――――」
 名前を呼ぶ。愛おしく、幾度となく呼び掛けた響きだっただろう。
 瞳に宿された桜色は万華鏡の様に移ろい、ゆっくりと瞬かれる。


「……良かったの? そんなことして」
 少女の背後には天使イレイサーが立っていた。眩い月色の髪を揺らすだ。
「元からずっと、ずっと考えてたの。貴女がそうだったかは分からないけれど。
 私は天使のことがずっと嫌いじゃなかったの。
 寧ろ、好き。……天使が訪れなければ私は今生きていなかった。
 だから……こんな事を誰かの前で言うのは憚られてしまうけれど。
 私は大破局が起きて良かったと、思って居るの。天使達がやって来て、壊れかけたこの世界にならなければ……そう、この世界が滅ぼされなくては私は満足に外を歩くことも出来なかったんだよ。
 ねえ、月華ちゃんはよく知って居ると思うの。
 太陽の陽射しのあたたかさ、草叢に転がったときの噎せ返るようなかおり、浮き足だった雨のにおいに、焼き立てのパン屋さんのお茶目なお誘いだって」
「……どう言う意味か聞いても良い?」
「私は何も知らなかった。窓から見るだけの景色が私の世界だった。
 私は外を歩き回ることもなく、そのままベッドの上で一生を終えるはずだった。
 でも、知ってしまったなら――使
 どうして全ての天使を悪だと言えるの? の?」
あたしと、のあたし、どっちに聞いているの?」
 月見里 月華(r2p002525)にさくらは困ったように肩を竦めた。
 その眸に咲き誇ったがじいと月華を見詰めて居る。何かを見据えるように、何かを愛するように。

「困らせたくは無かったの、ごめんね。
 ただ、ただ――分からないだけだよ。全てを諦めたくなかったの。
 天使達は、何かひとを害する意味があるのかもしれない。
 分り合える人も居ると思う。だから、私はここまで歩いてきたの。
 彼らを殺してきたのだって、自分が強くならなくちゃ碌に話しが出来る天使にだって出会えなかったから」
「あたしみたいな?」
 月華の問い掛けにさくらは可笑しそうに小さく笑った。
 皆が皆、月華のようには言葉を話せまい。ある程度の位階が自我を有するに至る鍵だともさくらはそう、認識していた。
 けれども、それだけじゃきっと足りない――さくらの目的はの力になることだ。決して認められるまい。その恩人が世界を破滅に導く者イレイサーであったのだから。
「月華ちゃんより、もっともっと強い誰かの力を借りなくっちゃ……」
 アレクシス・アハスヴェールのような熾天の座に着いた天使であればを作り出す命を出し、端役の天使とも生きていく道を見つけられたのだろうか。
 いいや、そもそも彼らと共存する方法を見出せないかも知れない。散々傷付け合ってきたのだ。折り合う未来というものに向かい合うことが難しい事をさくらは痛いほどに知っていた。

 ――人類の敵!
 ――これまでの報いを受けろ!

 知っている。認められない感情だという事は。
 知っている。大切な人を喪ったという声だって聞いてきた。
 知っている。それは人間の当たり前の感情で、29年で培われたものだ。
 でも、違う。水代 さくらフレッシュの少女はその言葉には向き合えない。
 天使に命を救われた。天使が居なければ今なんてなかった。
 天使を否定する声が自らの存在否定にも感じて、どうしたって、痛かった。
 だから、さくらは目の前にあった硝子窓をその拳で打ち破ってしまった。
 手を引く誰かを振りほどくように。無数の眸に晒されながらも茨の路を進むと決めてしまった。

 ――恋なんて、茨の道だ。痛まぬ筈がない。

「私は、もう二度と天使を殺したくはない。
 だって心を救ったのになんで命は救わないの?
 救った心が生きる未来を、なんで護らないで終わらせるの?
 やさしいことは、罪だよ。想い合って、握った指先を簡単に離すことが出来る。
 ……そんなやさしさは、きっと嘘だ。
 だから、私は、天使を理解わかるために、あの人達を護らなくちゃならないの。
 それが、私の生きる道、だった。

 ねえ。
 ……くるみなら、沙織ちゃんなら、先生なら、ラフィちゃんなら……。
 ……最初からもっと上手くできたのかな」


 ※水代 さくら(r2p000777)が告解しました――

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シーズンテーマノベル『鶫は鳴いていたか』

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