ジェスターの抜け道


 旧時代の地図というのは存外に当てにならないものだ。
 近郊調査は生き残る為に幾度と無く続けて来た。からの避難民の間に生まれた梧桐ごとう 紫恵那しえなは自身が生まれ育った狭苦しい街しか知ることはなかった。
 ある程度一人で戦えるようにと自らに戦闘スキルや訓練を施してくれた闇医者ノエの助手として近郊調査と索敵に赴くようになってから漸く現在の周辺について知る事が出来るようになった。
 天使たちの襲来により地形とは大きく変化している。
 まさしくは、天変地異。言い換えればでもあっただろう。
「相変わらず、相模原側は水没中……っと」
 紫恵那シェナは呟いてから物陰に身を隠した。
 彼女はと呼ばれる場所で生まれ育った。
 嘗ての時代、この場所は多摩地域と呼ばれていたらしい。だが、度重なる地形変化や天使たちの襲来などで地形は大きく変化してしまった。
 ノエが拠点を構えたBarソムニウムは旧地図ならば日野市のあたりとなるらしい、が――そのような面影は最早ない。
 溢れかえった水は沈みゆく大地を飲み込んで一帯を孤立させた。点在する島々は魔法仕掛けである場所や世界外の存在アザーバイドの終の棲家が存在し、はたまた天より遣ってきた星々の光に覆われた場所もある。
西の屋敷はどうなっているか、あの人達に聞いておかなくっちゃね……。
 それに、そう……東のあたりの調査もしなくちゃ。北への道は分からないけれど――問題は、南」
 今、彼女が立っているのは南側。との道を有する唯一のエリアである。
 地はまじないによって大きく変化し、アザーバイドたちの文明によって汚れていった。歯車仕掛けの街並みの王として君臨する召喚士くそったれはサーカス団を名乗る天使の一軍との協力関係となったらしい。
(……あいつ……イーリロスは駒を増やしたい。サーカスのやつらはマシロ市を危惧してるから能力者を間引きしたい。
 厭なものね。そうやって協力し合って、人間を排除しようとするなんて。まるで人間みたいな動き、するんだもの)
 シェナは深い息を吐き出してから、首を振った。
 今、自分が天使やまだ見ぬ隣人マシロ市に何らかの思いを馳せてやいられない。
 彼らは特等席だ、公演だと嘯いてマシロ市の能力者をこの場所へと連れてきて排除しようとするだろう。
 彼らが到達できるようにとわざとらしく開かれた旧町田市から進むことのできる抜け道は塩化地帯にとって阻まれた彼らにとって存外に魅力的だ。を目指すというならば――たとえ、それが何らかの思惑が絡んでいようともマシロ市にほど近い場所であるならば無視はできないという理由も添えて――魅力的だ。
「……無事に来て頂戴ね」
 シェナは呟いてから自身の衣服にもこっそりと仕込んでいた細身のナイフを取り出した。
(帰らなきゃ――)
 Barソムニウムは中央街と呼ばれる場所だ。南との間にかけられた橋には防衛の魔法がかけられている。
 そちらまで退き、ひとまずは現状をノエに伝えておくべきだろう。
 彼女は自らのに身を委ねる。堕天使の黒い翼、淡い桃色の天冠、そして、自らの怒りや戦意がそのかんばせを覆う仮面となり、捩じれた角を生やし――

「もう、お帰りか? シェナ。そう急かない方が良い。彼女も寂しがっていたよ」
「最悪」

 目の前に立ったに舌を打った。