未来へ進むために
「……ですから。これから光の領域を閉じようと思います」
光の領域を閉じる。
それは自分たちの暮らしてきた場所を捨てるということだ。
そうしなければならないという事実。
誰もが自分の身に置き換えれば、「辛い」という一言では済まされないものがある。
それでもやらなければならない。
そうしなければ守れないものがあるからだ。
だから、『月の神霊』真月里(r2n000190)の言葉に……『横須賀キャンパス長』九相寺・大志(r2n000122)は「すまない」と視線を下げてしまう。
ホロ通信の『PA横須賀基地司令』浪花アルネ(r2n000145)にも、何も言えることはない。
勝つための犠牲と言えば美しい。しかし美しいだけだと分かっているからだ。
そんな美しさなどクソくらえだというのに、今はそうするしかない。
「……此処には、忘れ去った平和があった。捨てたくは、なかったね」
「あたしも、可能であれば維持したかったですが……仕方ありません」
光の領域を閉じたとしてもクジラ島や、その周囲のものが消えるわけではない。
光の結界に守られていないクジラ島とその海域という、そんな場所が出来上がるだけだ。
無論、そうなったクジラ島は完全に安全な場所ではなくなってしまうが……もはや仕方のないことではある。
それでも、そうしなければならない理由は。
「旧自衛隊風に言えば、甲級幻想災害……今風に言えば」
「アダーマ級激神災害、か」
大志の言葉を継いでアルネが呟いた、その言葉。
アダーマ級激神災害。
それは繰り返してはならない悲劇の名前だ。
房総半島が水没し、一県丸ごと滅ぶ規模の災害――残念なことに、それは今すぐにでも起こりうる。
クラーケンが第一に目指すのは『食べ残した力』の集合体である光の領域である可能性が高いからだ。
――状況を整理しよう。
第一に。アダーマ級激神災害を起こしたクラーケンが目覚めた。
第二に。それを再度起こせるだけの力が今、光の領域に集中している。
これはつまり、クラーケンが光の領域を喰らったその時……アダーマ級激神災害と同規模の激神災害が起こるという明確な事実を示しているのだ。
すなわち、また大地が沈む。
そうして更に強力になったクラーケンがレイラインを喰らう度に大地が沈み、また強くなる。
そんなことをさせるわけにはいかない。
だからこそ光の領域を閉じなければならない……というわけだ。
今の状態では守り切れない。そんなリアルを受け止めなければならない。
だが……いや。だからこそ発動しなければならない作戦がある。
「真月里君、本当に申し訳ない。これは私たちの無力さの露呈としか言いようがない」
「何言ってるんですか。これは避け得ぬ運命でした」
頭を下げる大志に、真月里は優しく微笑み頭を撫でる。
まるで幼子にするようなその行為に大志は「敵わないな」と苦笑して。
しかし実際、守れるものであればこの光の領域を守りたかった。
それが叶わないのは、この光の領域という場所は人類圏から離れすぎているということもある。
それでも今まで実行に移さなかったのは実行することで何を刺激するか分からないという一点につきた。
しかし今となってはそんなことを言っている段階ではなくなった。
「あたしは人間を守りたい……その為には、光の領域を維持していてはダメなんです」
真月里とて、光の領域を維持できるのであればそうしたい。
此処を訪れた人間たちと遊んだ思い出は、真月里の中でも大切なものとして残されている。
しかし……状況がそれを許さない。
光の領域の弱点である「浄化宝珠」の存在はすでに知れてしまった。
今回防ぎきれたとして、次回以降もそうであるなどと誰が断言できるだろうか?
場所も分かっている破壊可能な弱点を放っておく馬鹿が何処にいるというのか。
「こう言ってしまうと、神様らしくないと言われてしまうかもしれないのですけれど」
真月里はそう前置きすると、指を口元にあてて悪戯っぽく微笑む。
「あたしは、もうちょっとこの世界を見守っていきたいんです。だから此処では絶対に死ねません」
「そうか。それなら……この戦いが終わったら横須賀キャンパスにでも入学してみるかい? 楽しい仲間がきっと君を飽きさせないだろうさ」
「わあ! 学園生活! あたし、そういうの……すっごく憧れてたんです! 青春! 爆発! どっかーん!」
「はは……」
無理に明るく振舞っている。
教育者としての経験か、大志はそんなことに気付いてしまう。
そもそも真月里は、この戦いの後に自分が生きているというビジョンが見えないのかもしれない。
いや、違う。
自分が死んでも人間を守ろうと……そう考えているのだろう。
だからこそ、努めて明るいことを言おうとしている。
そこが真月里らしく、けれどある意味で「らしくない」明るさに繋がっているのだろう。
「……そうだね。是非楽しんでほしいと思うよ」
「そうしたら大志のことも学園長先生なんて呼ばないといけないですかね!?」
「いや、私はキャンパス長だよ。学園長先生は別にいるからね」
「そうなんですか⁉ 人間社会って複雑ですね!」
覚えなきゃいけないことがいっぱいです、と頷く真月里は……まるでキャンパスにいる普通の少年少女のように見えて。
実際のところ、真月里の本質はそうなのだろうと大志は思うのだ。
何処までも純粋で、何処までも人に寄り添える神性。
「……守らなければね」
であれば、大志は真月里を命に代えてでも守らなければと思うのだ。
その為にも、作戦を完遂しなければならない。
まずは、光の領域へと攻め込んできている勢力の撃退……そして。
「作戦に変更点はあるかい?」
「いいえ。このまま時間稼ぎを。すでに侵攻は始まっています。この周囲に配置した浄化霊珠を回収し、光の領域を幾つかの形に分けるための……その時間を稼いでほしいです」
浄化霊珠。光の領域周辺を浄化し、光の結界を保つ為の補助装置。
これはすなわち、光の領域に溜め込んだ力を分割し保管するための器にもなり得るものだ。
これを月光船へと変え、人員と共に横須賀へ向け出港する。
そうして横須賀に光の領域の力を丸ごと移動させることで、防衛体制を整えている横須賀への誘引作戦を実行しようというのだ。
「となると、それを悟られてはいけないね。いや……悟られる前提で実行するべきか」
悟られれば、当然それを全力で妨害してくるはずだ。
つまりこの作戦には二つの前提がある。
今まさに始まっている、光の領域を守る防衛戦。
防衛戦後の、横須賀への移動作戦。
その二つが成って初めて、誘引作戦が実施可能となる。
「問題ないよ。この作戦は上手くいく。いや、絶対にそうしてみせる。あのクソ海産物には必ず引導を渡す」
ホロ表示されるアルネの表情からは、そんな映像からでも分かる程の殺意が透けて見えている。
こびり付く不安ですら燃やすほどの闘志と言い換えてもいい……だが、それは今度はアルネが真月里を安心させようとしているようにも見えて。
「……ふふ、そうですね。あたしたちでクラーケンを『えいっ』ってしちゃいましょう!」
「その意気だ。ところで聞く限りだと、懸念はそれだけじゃないんだろう?」
それもまた避け得ぬ話題だ。だから、これもまた一つの責任と大志が真月里へと声をかける。
「……そうだね。真月里君、君の友だちのことだが」
「分かっています。彼女がどうしてあたしを吸収しようとするのか……分かりません。クラーケンの影響で暴走しているというのなら、それで納得したいのですけれど」
通賢黙娘(r2p003175)。
零落したミラーミスであり、この世界で信仰を得て神霊となった彼女の力は、真月里を凌駕する。
世界の海について知り尽くしているであろう彼女であれば、当然クラーケンが制御しえぬ災害であるということなど分かっているはずだ。
なのに、クラーケンを制御するなどという夢を見ている?
「違和感があります。彼女の言っていることは何処かおかしい……なんというか」
「言葉を飾っている?」
「……まだ、そうと決まったわけでは、ないのですけれど」
背筋の冷えるような話だ。
神霊たる真月里をも超える力を持つ存在が、海の神であり航海の神……万物の神とすら謡われる存在が自分の言葉を嘘で飾り、何かを企んでいる。
友人であった真月里にしてみれば「何故」だけが頭の中でリフレインし、正解が見えないのだろう。
無論、それは大志とて同じだ。海の人間であれば誰もが崇めていた女神が何を考えてそんなことをしているのか。その御心を測れようはずもない。
「もし、通賢黙娘が陰の気の影響で暴走しているなら……助けてあげたい。あたしが、この島の精霊たちが皆さんに助けてもらったように。彼女の友だちとして……」
その為には、真月里が生きていなければならない。
自分を犠牲にしてでも人間に生きていてほしいと願うこの少女を……神霊を、守らなければならない。
もし、その「守れる」中に真月里の望むように通賢黙娘がいるのであれば、それはきっと素晴らしいことではあるだろう。
「……友達、か」
「はい。人間が好きって言った私に色々教えてくれたのも、彼女でしたから。だから、きっと彼女も昔の人間が好きな彼女に戻れると思うんです。そうしたら……」
――そう出来るのなら。
たとえば、の可能性ではあるのだけれど。
真月里と通賢黙娘が仲良く横須賀キャンパスに通うような、そんな未来だってあるのかもしれない。
仲良く手を繋いで、一緒にキャンパスを走り抜けて。
もしも、そんな未来を作れるならば。そんな可能性が存在するならば。
(そう出来るなら、どんなに……)
どんなに幸せだろうか?
きっと誰もが、そんな「めでたし」な未来を欲しがっている。
だからどうか、願わくば。この先にそんな……幸せな、結末を。
※広域地理情報管理システム『アストラチカ』のメジャーバージョンがアップデートされました。
更新内容
・日本地図掲載←New
・新人類圏地図掲載←New
・世界地図掲載←New



