迫撃


 暫定的な分類上こそ『変異体(サヴェージ)』ではある。
 しかしてそれが神話に語り継がれる伝説的な怪物そのものなのか、天使か介入階級(アザーバイド)が異世界より持ち込んだ外来種なのか、世界変容(カタストロフ)に伴い突然変異した在来種なのか、もう確かめる術などどこにもない。
 そして、そんな真相を解明したところで現状(いま)の打破には全く以て無関係なのだろう。

 ――畏れよ。

 慄け。そして刮目するがいい!
 そう言わんばかりの威容が、その目に映る現実が。遠い日の絶望こそが真実だ。
 第七艦隊(米軍)と特務艦隊(自衛隊)を蹂躙せしめた海の悪夢。
 房総半島を崩壊させ、数え切れぬ人間を海の底へと葬り去った波濤の災禍。
 権天使すらも一撃で木っ端に砕く暴威の化身。
 アダーマ級激神災害。
 超常指定:甲級。
 規格外。

 その名を人はきっと――大怪物クラーケン(海神)と呼ぶ。

「攻撃が来るぞ!!」
 大嵐に揺れるKPA-WS-53 アルゴー(ウォーシップ)より、由原 れんげ(r2p005566)は声を張った。ただちに起動する水流ジェットエンジンシステムが緊急離脱を開始する――その頭上、れんげの隻眼が睨む先には、とてつもなく巨大なものが空を埋め尽くさんばかりに落ちてきており――
「……ッ!!」
 回避が間に合わなければ船ごと砕かれ死ぬ。
 そんな明確な死の気配に、れんげは胸元のロケットペンダント(もう居ない両親の写真)をほとんど無意識で握りしめていた。
(お母さん、お父さん……!)
 祈った直後。それは何処かに届いたのか――
 世界が割れんばかりの破裂音と凄まじい水柱が天を衝く。
 巨大すぎる触腕が海へと叩きつけられれば、相応の波濤が戦場を揺らした。
「っ――皆さんご無事ですか!」
 船は一瞬だけ浮いたものの、どうにか転覆は免れたようだった。甲板上に伏せていたヘンリエッタ マルティーニ(r2p007764)は跳ね起きつつ船上を見回す。れんげがよろめきつつも立ち上がり親指を立てた、同乗している他の軍人らも無事だ。
 よかった、……なんて安心している暇はない。れんげもヘンリエッタも叩き上げのキャンプ・パールコースト軍人だ。最前線に安寧など(油断した)一瞬もないことなど知っている(者から居)(なくなる)。船は既に反転し、反撃の航路を取っていた。
「今度はこっちの番なのです」
 ヘンリエッタはロケットランチャーを構える。周囲、数多のウォーシップでは、同様に武装を構える軍人らの姿があった。誰の目も刃の如く――戦友を殺戮した怪物を赦す者など、パールコースト(人類圏)には存在すまい。
「これは、皆の(思い)仇なのですよ(知れ)」
 暗澹たる嵐の闇に、幾重もの火線が煌めいた。対クラーケン戦を想定し製造されたKPA製の火砲は、この世界の、異世界の、そして神秘の、様々な『対巨大生物戦』のノウハウを詰め込んだ代物――2054年(いま)のマシロ市だからこそ造れる超現代兵装である。
 立て続けに爆発が咲き乱れる。海を領する黒き巨影が、揺らぐ。

 ――横須賀近海。
 クラーケンを押し留める為の戦闘はいっそうの激しさを帯びていた。

 月光船(ルナ・ルクス・ナウィス)――真月里(r2n000190)の護送を無事に果たした人類軍は、遂にクラーケンとの最終決戦段階へと突入。
 ここに居る戦力の使命は、月光船に誘われ現れたクラーケンを消耗させ、分体(シェーヴェ)やコバンザメ(ファルマチュール派天使)を減らしつつ、連中を他のエリアへと移動させないことである。
 タイムリミットは、真月里の最後の準備が整うまで。
 ラファエル・ペラルタの補給が終わり再出撃するまで。
 ――K.Y.R.I.E.の本隊がやって来るまで。

「アルファ下がれ、ブラボーとデルタはそのまま交互に攻撃続行だ弾幕切らすな、チャーリー回り込め、エコーそろそろそっち攻撃来るぞ水流システム起動しとけ、フォックストロットはエコーの援護だ天使は無視していい突っ切れるシェーヴェ狙え」
 四葉のクローバーを咥えた白燕が描かれたアルゴーが嵐を渡る。専用改造された旗艦にて、キャンプ・パールコースト横須賀基地司令・浪花 アルネ(r2n000145)は自ら指揮を執っていた。目まぐるしさの中で針穴を通すような状況である、だが若き司令官はその針穴を魔法のように通してみせる。
 若くして指揮官に抜擢された彼女の実力に偽りはない。高度な情報処理能力と瞬間的な判断能力、そして度胸は天性のものと言っていい。
「当たれば死ぬのは弾丸も一緒だ! ミリメートルの口径かバカクッソでッけえか、たったそれだけの違いだろ! ならビビる必要なんてねえよなあ!」
 乙女の力強い鼓舞が戦場に奔る。軍人らは鬨の声を上げてそれに応えよう。アルネは先ほどもクラーケンの脚一本を相手取ったところだが……今こそ正念場なれば、休んでいる暇などある筈もない。
「……っ……!」
 ――そう。さっきは脚一本だった。
 だがどうか。今ここにある天衝く巨影は、ひとつ、ふたつ、みっつ、もっと――次々と、その姿を海上に現わしているではないか。
 それでも。
 人類軍はクラーケン相手に今もなお戦い続けている。
 否。勝利に向けて戦い続けねばならない。  第七艦隊も特務艦隊も、『消耗』『想定外』『情報不足』という不幸と不運が重なって敗れてしまった。だが、今はもう違う。
 負けて、傷ついて、喪って、それでも――人類は進み続けてきた。築き続けてきた。生き抜いてきた。横須賀だって奪還してみせた。
 人類は強くなった。
 時を経て、ここまで強くなった。

 ――今だからこそ、人類はこの海の悪夢と戦うことができている!

「なら、頑張る軍人さんの邪魔はさせませんよ~♪」
 戦っているのはキャンプ・パールコースト軍人のみにあらず。横須賀キャンパス支援部隊は、海上にはびこるクラーケン分体(シェーヴェ)を相手取っていた――その一員にして教師、ベリル・ブロッサム(r2p006378)は機動防衛浮島『アイギス』上で神秘の加護を仲間にもたらす。桜花の煌めきが舞う最中、同じく横キャン生徒のツキ・ソロー(r2p005708)は数多のナイフを魔術展開してみせた。
「……あの化け物を放っておくと横須賀が沈む可能性だってあるんだろう?」
 横須賀キャンパスは、大切な弟が楽しく通っている場所である。それを失わせはしない。護る為、明日の為、横須賀キャンパスの面々は奮闘する。
 あちこちで戦いの音が嵐に響く。そんな中で――天使の声は厳かに響いた。

「何故抗う?」

 ファルマチュール(r2p003494)。クラーケンに心酔する異形の天使は、水上に立ち辟易の目で人類を見る。
「足掻き続ける努力自体は健気なものだと認めよう。だが、見るがいい」
 天使の眼差しがクラーケンを示した。数多の火砲を浴びて尚、クラーケンは平然とそこにいる。攻撃は命中している、確かにダメージは通っている、だが……それはあまりにも膨大な生命体であったのだ。
「水面(うみ)に剣を突き刺しても、精々さざ波を起こすだけと言うのに」
 それに対する返事は、――銃声だった。飛んでくる弾丸を受け止めんとしたファルマチュールだが、鋭すぎる弾丸はその掌にめり込んだ。舌打ち。
「さあ?」
 アルゴー船上より銃を構えるバーナード・ロックウェル(r2p001584)は、バラクラバ(顔隠し)の奥より何食わぬ物言いで。
「剣で駄目なら銃で。銃で駄目ならミサイルで。そうやって進化してきたものですから」
「お前たち天使が……勝手に僕らの限度を決めつけるんじゃない」
 強く天使を睨みつけるのは上舎 義之(r2p007178)だ。もう奪わせないと願う想いは煌めきとなり、治癒の力となって戦場を満たす。
「それにほら、まだ勝負はついちゃいない。――見てみなよ。そろそろだよ」
「……なんだと?」
 不敵に笑う義之が、クラーケンの方を指さした瞬間だった。

 この戦いの為に設置されていた機雷が多数の水柱を噴き上げる。

 爆裂。炸裂。鳴りやまぬ立て続け。光の島の精霊達の協力によって造り上げられた精霊力機雷に、流石のクラーケンも苦悶する。
 誰もが息を呑んだ。

 効いている。

 ――爪牙無き人類(獣)の術があの大怪物に届きかけている!
「――――、」
 悲鳴もなく、クラーケンがその手足を海の中へと引っ込めれば――
 嵐が一瞬、止まった。
 完全な凪が無音となって世界を満たした。
 ――なれど人は知る。嵐の前こそ、静かなのだと。





 海中より天へと放たれ、戦場を一閃に切り裂いたのは凄まじい大渦。

 海上のアイギスを、アルゴーを、――人の命を巻き込んで、それは破壊をもたらした。
「な、……」
 目の前で起きた出来事に、一瞬で友軍がシグナルロストした現実に、アルネは意識に間隙が生じるほど驚愕する。
 そうして改めて思い知るのだ。意識せずにその悪名を吐き捨てていた。
「バケモノめ、……ッ!」
 震える手を握り込み、すぐに被害状況を確認する。れんげ達は無事だ、シェーヴェを相手取っていた横キャン部隊ならびにファルマチュール達を相手取っていたK.Y.R.I.E.部隊は少し離れていたがゆえに被害は少なく済んだ、ベリル達やバーナード達もまた。
 それと同時刻、海より現れるのはさっきよりも数が増えたクラーケンの脚。
「ハ。……とうとう、鬱陶しい雑魚じゃなくて『排除すべき敵』と認識したってか?」
 一体どれほど途方もないのか。
(それでも、それでも――!)
『浪花司令!!』
 神秘探査役の念話がアルネの頭に飛んでくる。
『海底より攻撃接近!』
「くそっ、緊急離脱!」
 アルゴーが瞬間的に加速を行う。
 だが――
 追い縋る絶望が――
 旗艦の船尾を掠めた。
「ッあ、……!」
 船が空中にかち上げられる。視界が回る。世界が回る。水面が迫る。
(待って、私、まだこんなところで――)

 かくて波濤が、浪花アルネを乗せた船を呑み込んだ。

 

ロストアーカディア二周年!