青き受難の海を越え
その名を知らぬ者はいない。
途方もない攻撃が降り注いでも尚、それは醒めぬ悪夢で在り続ける。
実に30年近く――人類の海への進出を阻み続けた受難。
数え切れぬ命を沈め、数え切れぬ悲劇を生んだ、青き地獄の大災禍。
その名は、大怪物クラーケン。
――振り抜かれる巨大という破壊は、それだけで致死である。
奴が何かをする度に、機動防衛浮島『アイギス』が木っ端に砕け、巻き込まれた精霊が霧散し、人類軍の船も爆砕轟沈する。追随して巻き起こる大波濤が、挑む者らを嘲笑うように押し返す。
それでも――大里 杏理(r2p002672)は、砕け割れたコックピットより直接奴を見据えるのだ。支援仕様人型機動兵器の背後彼方にはかつて取り戻した横須賀が、そして杏理のふるさとが――護るべきものが、あるのだから。
「皆で取り返して、みんなで立て直した街っす。これ以上何も壊させないっす! 皆の想いは、繋げてみせるっす!」
罅割れ煙を吹く鉄躯を唸らせ、杏理は叫ぶ。ぐるぐる巻きのガムテープで緊急修補されたマニピュレーターを伸ばし、もう一度、いや何度だって、薙がれる破壊を防いでみせる!
この嵐を、この海を、越えるんだ。あの水平線の向こうへ、どこまでも彼方へ、知らない世界へ。かつては誰もが諦めていたそんな夢物語を――
「追いかけよう。きっと、現実にしよう……!」
幸せばかりの御伽噺を抱きしめて、宵闇 弥白(r2p003368)は物語を語る。空想でも妄想でもないノンフィクションを。
――夢みたいなハッピーエンドを。
その燦然たる希望の言葉はクラーケンの狙いを弥白へ誘引するだろう、そして狙いを変える為の『方向転換』は確かな時間を生んだ。
「折角『仲直り』に付き合ったのに、街が壊されたんじゃたまらないわね」
夜を渡る濡羽・蘭(r2p003229)の黒の記号が、一閃。黒い蝶を辺りに揺蕩わせながら、クラーケンの命を喰らう蘭の戦いは鈍りやしない。
「さ、今宵の『舞踏』を続けましょう」
「私が居る限り、もう誰一人死なせやしない。たとえ相手が、どれだけ強大だったとしても。私達は戦って、生き抜いてきた。これまでも、そしてこれからも」
斥力に乗って、RF・3rd=Z1X(r2p002110)は蘭と共に跳び出した。銃口を向ける。迷いはない。狙いはブレない。杏理が護り、弥白が傷を消してくれる。だからもう、あとは死ぬまで戦い抜くだけ!
――刃が。銃弾が。荒れ狂う巨大に傷をつけていく。
ひとつひとつは微々たるものだ。だが、重なれば?
「『こちら』の仕事は済みましたが、まだこの海を賭けた戦いが終わったわけではありません。そうでしょう?」
「その通りですに。千葉を手に入れるというこの野望に、貴様は邪魔ですに、クラーケン!」
アレフサードの言葉にコミュニ・セラフ(r2p001168)が応える。月牙翼斧を膂力の限り振りかぶった――狙うは一点、奴の傷。コウネリの仲間達と共に、今、一つの矢となろう。
――諦めきれぬ心を持って、我がままに。それが『コミュニ・セラフ』という人間だから!
「生きて帰る。クラーケンは殺す。どちらも果たしてみせるに!!」
一文字に振り抜かれる刃が、とうとう――暴威を成し続けてきた一つの巨大を、斬り倒して。
鬨の声が上がる。……だが、これで終わりではない。
まるで「それがどうした」と嘲笑うように、海を割って現れるのは更なる触腕――
破滅が叩き落とされる。
――だが。
「させない」
人類を護ったのは、ヴェールのように煌めく貝殻の城塞。
黒髪が揺蕩った。止まり木の一人であった権天使『貝殻媛』アドリアナは――最中にもクラーケンの猛攻を受け、貝殻が罅割れていきながらも――杜鵑(r2p000373)へと横顔だけで振り返ってみせた。
「……イェラキはクラーケンを倒すまでは貴女達と一緒に戦いなさいと言ったわ。
さっき私に切った啖呵ぐらいは働いてみてよね、大和男児」
「言われずとも、この程度!」
別方向から降り抜かれる触腕へと、杜鵑は立ちはだかろう。その身は金剛。その身は城門。肉が割れ、骨が砕け、血飛沫が迸ろうとも――彼方見据える黒山の如きクラーケンの本体とは、他ならぬ妻が戦っているのだ。妻の方が危険な戦場に居るというのに、己が先に沈むなど笑止千万甚だしい!
「この戦いには、意味はなかったでござりゅよ、でももう意味ができてしまったでござりゅ」
盾となる杜鵑の後ろより、兎神 ウェネト(r2p000078)は跳び出した。握りしめる桜花九頭龍刀。
帚星は、もう消えてしまったけれど。
あの煌めきは、心にある。
――それを決して、無駄にはしない!
「すべて背負って……この海を、越えてみせるでござりゅ!」
「彼女は、命を懸けたのですから――」
ウェネトの一閃に重ねられたのは、ペルチスカの権天使『海嵐の天使』花波が束ねた海水の奔流。クラーケンを押し返す。その岩盤が如き体表を抉る。
そうして、こじ開けてくれたのなら。
「魔女隊の皆が一緒に居てくれる……花波さんも一緒に居てくれてる。
――皆で、クラーケンを墜とすんだ」
絃(r2p001348)はあらゆる想いを、たくさんの願いを自らの髪に込め、束ね、矢に変えた。
それは一射絶命の妙技――明滅する昏き一条が、今まさに振り下ろされんとしていた巨影を仰け反らせる。
「三人で、マシロ市の食べ歩きをしたかったのよ」
「そう。だから、これは、心海さんの仇よ……!」
九重 セナ(r2p001747)は不倒の光剣を、そして綾瀬 久遠(r2p000480)はイェラキの祝福を受けた拳を、それぞれ強く握りしめて。
今一度、この嵐を流星のように貫こう。
――似た者同士の貴女へ、この凱歌が届きますように。
雨が、風が、波が、どれだけ絶望を奏でたって。
歌が聞こえる。52Hzではない、誰かと誰かを繋ぐ歌――
「……そうですか。剣で私を殺すのではなく、歌で殺そうと」
通賢黙娘(r2p003175)は。偉大なる天妃、海の母、零落せし異界の神は――「ふ、」と笑った。
だってこんなの、笑ってしまう。こんなのあんまりにも、可笑しくて。
嗚呼――本当に。
なんて傲慢なんだろう。
本当に可笑しくて可笑しくてたまらない。
そう、だから。
「その傲慢を赦しましょう」
通賢黙娘の輪郭が、ほどけていく。消えていく。
目を閉じていく神は、最期に遥か水平線を指さした。
お前たちは進んでいけ。
だから鹿島 由鯉子(r2p000074)は――この戦域全てに歌を流し届け続けた祭部部長は、しっかと頷いた。
「この海を、こえれみせるのです。どこまでも、そして――いつか、せかいじゅうのお祭りをもおらしてみせるのです!」
その為にも、乗り越えねばならぬ受難があった。
「いきましょう」
真月里(r2n000190)はレイヴンズをひとりひとり見回した。誰も彼も傷だらけで、疲弊しきって、――それでも、誰ひとりとして諦めてはいないから。真月里は眩く笑みを、浮かべるのだ。
「あたし達なら、絶対に大丈夫!」
「もちろんだとも! 今一度、我が星剣を掲げよう――この輝きは未来の為に!」
先駆けとなり、精霊と共に海を駆けるのはAria=Penlife(r2p000067)。星の剣を大上段に、碧眼は絶望的な巨大を見据え、放つ、黎明に語られし荘厳の剣――
超新星の如き奔流は何よりも雄弁に、対クラーケン本体部隊へ「我々が来た」と告げるだろう。
「我々も往くぞ! 特務部隊POSEIDON――総員突撃ッ!」
「うおおおおおおーーーーッ! いっくぞおおおおおおお!!」
九相寺・大志(r2n000122)の号令と共に、全速前進するアイギス――そして四方 ヤシロ(r2p000334)。
ヤシロは大志の心の内を知っている。この嵐が、クラーケンが、長く長く大志を苦しめてきたのだ。「守れなかった」「失敗した」「自分が死ねばよかったのに」、膿んだ過去の痛みは如何程か。だから彼に届けよう、この嵐の先を。晴れ渡った凪の空を。きらきらとした水平線を。
「散々暴れてくれたようだけど、今度は君が獲物になる番だ!」
咆哮を上げる。牙を剥く。思い知れ。星をも喰らう魔狼の咢が、クラーケンの触腕を抉るように食い千切る!
新たなる敵の登場に、クラーケンの敵意が向けられた。
海面を捲り上げ、大怪物は彼らを一網打尽に薙ごうとする。通賢黙娘という難敵と戦い抜き、疲弊も極まった満身創痍の彼らにとって、それはあまりにも致命的で――
「はは! 窮地などいつものことよ!」
エミリア・マクロプロス(r2p003477)はありったけの血を注いで、錬金の神城をここに成そう。巨大なるゴーレムは両腕を広げ防波堤となる――既に通賢黙娘との戦いで損傷しきっていたゴーレムは砕け散ってしまうけれど、十二分だ。
「時は稼いだ! わしらはまだ、死んではおらんぞ!」
「ええ――生きる為に、斬りましょう」
手が動く。足が動く。だから蜂須賀 タクヤ(r2p000055)は駆け抜ける。アイギスの支援砲撃が、精霊達の加護が、そして真月里の歌が――彼の道を拓いてくれる。
「蜂須賀タクヤ、参る」
名前のない剣を構え、見据える。斬るべき場所なら分かっている。
かくて、一閃。――両断された触腕が海に落ち、大波を上げた。
――しかし、全てを薙ぎ払うのはクラーケンが噴く大渦で。
究極の破壊は、本来ならば深刻にして甚大なる被害をもたらしたのだろう。これで全滅していた未来も、きっとあったのだろう。
けれど。
「流石だと、褒めてやるわ」
血だらけになりながらも、シトリー・セーレ・ハーゲンティ(r2p004983)は魔槍を突いて立ち上がる。
「然して、知りなさい。――我が軍勢こそが暴威であると!」
張り上げる声。託す願い。あの破壊の渦を死力を尽くして削いだのは、シトリー率いる一軍で。
だからこそ、白縫 かがち(r2p000825)は今こうして生きている。――その胸に、数多なりし想いが届く。
「ひとは、嵐に身を縮め怯えるばかりではない――見よ! 嵐を打ち破らんとするひとの強さを!
その姿がわーにも力をくれる!
なんせわーはましろを守ると決めた! 守神にならんと腹を括った!
――ならばくらーけん、なーを恐れてなど居られぬのだ、この蛇は!」
結んだ絆が、築いた日々が、眩しくて尊い思い出が、そんな全てが神様の宝物だから。
「くらーけんよ、いまこそなーの『敵』が来たぞ!」
薙ぐ、腕。
凄まじい嵐が、迫り来る波濤ごと暗雲を押し返す。
クラーケンは防御の為に腕を構え――ようとしたが――
無い。
腕が、足が、無い、たりない。
「思い知りましたか」
フレデリカ・アンダーソン(r2p002829)は銃口を向ける。
彼女は『矢』だ。そしてこの戦場に居る全ての者も、『矢』だ。
一矢報いてみせるのだ。一矢で足りぬなら、百を、千を。
かくて波濤へ降り注いだ数多の矢は、今、この大怪物を追いつめている。
駆逐艦ラファエル・ペラルタの艦砲射撃と共に、浪花 アルネ(r2n000145)の声が奔った。
「今こそ我らはこう言おう。我々はここで勝つと!
往くぞ! 往こう! 越えて往こう!
この海を越えよう! 受難の海を――ずっとずっと越えられなかったこの海を――
今日! ここで! 私達の手で!!」
この嵐を越えてみせる。
越えるんだ。
進むんだ。
辿り着くんだ。
前へ。
前へ!
前へ!!
青き受難の海を越え!
「少しは、……報いることができるかな。フリットさんにも、みんなにも」
「できるさ。ヤツに風穴を開けて、その向こうに明日を見よう」
ぼろぼろの身体を寄せ合って支え合って、早苗 秋作(r2p006854)とフリット・キッチカート(r2p007337)は一つの拳銃を共に握った。その手を、そして想いを重ねた。
想いも銃口も、真っ直ぐ『敵』を向いて。
失敗すれば、不発に終われば、きっと二人は死ぬんだろう。
コイントスみたいに運命を決めよう。生きるか、死ぬか。かの劇作家も似たようなことを書いてたじゃないか。結局そういうことなんだろう。
カウントダウンは終わり。
さあ、ショータイムだ。
――スクリーンの中の英雄が、クライマックスとカタルシスを届けに来たぞ!
それはフリットの願い。
誰もが憧れた英雄ヒーローは、狙いを過たず敵を貫く。穴を空ける。
それは秋作の想い。
存在を焼き尽くす運命の火を、その身一つで肩代わりする義理人情。
撃った銃が砕けるほどの一撃に、空薬莢が宙を舞う。
きらきら――金色のそれがゆっくりと海に落ちていく。
海ごと体に風穴を空けられたクラーケンの、全ての脚もまた――力を失い、海へと静かに落ちていく……その身体は水面にぶつかる寸前、制御を失った神秘の力の作用なのか、全身が結晶へと化して。
かしゃん、と。
高い音を立てて、砕け散った。
――嵐が、止んだ。
雲間より射し込む光が、全ての生者を照らしていた。
2054年3月18日午後5時6分、横須賀近海にて。
大怪物クラーケン、討伐完了。
ロストアーカディア二周年!





