招かれざる客
「――極東にて盤面が開いた」
遥か欧州――ベルリン、朽ちた聖堂に集った面々の前で疾く暴く獣はそう言った。
「開幕のベルが鳴り、緞帳がゆっくりと持ち上がる。
それは喜劇か、悲劇か――或いはその両方か」
「相変わらず回りくどい物言いだな? おい、盟主サマよ!」
意図を伝える気が無いかのような唐突な物言いに悪態を吐いたジャック・ザ・リッパ―にディーテリヒの傍らに侍るアリシスが小さく舌を打つ。
(そこが良いんでしょうが。全く何も分かっていない!)
一瞬即発の空気に引き攣った顔を蒼褪めた櫂がそれを誤魔化すように派手で露骨な咳払いを繰り返している。
「ああ! 今日は喉の調子が悪いですねえ!?」
「……チッ……お父様に無礼なチンピラが……」
「ああん?」
「いえ、何でもございません。何でも、ええ。ジャック様」
ほほほ、と微笑んだアーレリアのこめかみに青筋が浮いている。
態々集めての第一声がそれだったのも、我慢の利かない性質も……まあ、どっちもどっちといった所だろう。
この歳若い人造兵器に比べれば如何にアリシスに耐え性があるかは語るに及ぶまい。
「皆でランチミーティングでも、と思っておりましたのに……
どうやらそういう話ではないようですね」
腕を振るいたかったのか少し残念そうな顔をした”シェフ”はさて置いて、咳払いをしたエルネストは改めて盟主に問いかけた。
「肉体労働組は兎も角、研究チームまで呼び出したのだからそれ相応の用だろう?
我等が盟主には僕の時間という砂金の一粒を無駄にしない賢明さを要求するね」
「相変わらず君は分かり易い男だな」
「……うん?」
皮肉ったエルネストにChronosが含み笑った。
「いや、何。君の場合は言葉よりも表情がモノを言うというか。
盟主を皮肉りたいなら、無駄に緩んだその口角を弁えたまえよ」
エルネストは何とも言えない仏頂面を作った。
実際、比較的仲の良いChronosには見透かされている。
人類が朽ち滅びて尚退屈な日常に世界最強、最高峰の魔術師からの招集が掛かった事はエルネストにとって強い娯楽を帯びていた。
「それに」
「特異性を言うなら俺達が呼ばれた事なんて些細な話だろう?
エルネスト、君はこれまでに使徒のお歴々が揃っているのを何回見た事がある?」
Chronosの言葉を栄士郎が継いで言った。
「確かに! ディリぴに呼ばれるなんて珍しいじゃんね!
うちだけなら兎も角、じゃっきー、アルちん、パトちゃんさまもせーぞろい!
なになに? どっかに戦争でも仕掛ける感じ? 例の薔薇園に吶喊とかする感じ?」
正風の緊張感の無い言い様にジャックは「けっ」と小さく吐き捨て、腕を組んだままのアルは意味ありげに微笑んでいた。
残る一人――パトちゃんさまはと言えば――
「ヨハネ、であろう?」
――そんな端的な言葉でディーテリヒにこの状況を検めていた。
「ワレは好かぬ魔具だがな。相変わらず身勝手な預言を上手く行使しやる。
それで、ディーテリヒ殿。お主はヨハネに何を観測した?
それはワレの午睡を妨げる程度には――意味のある事なのだろう?」
絶対の魔人たる使徒の風格も露に、かのクレオパトラもかくやなる褐色の圧倒的美貌に愉悦交じりの笑みを浮かべていた。
「極東、日本で天使の願望器が観測されている。
これは不完全なるモノであり、万能の聖杯ではない――が。
その足掛かりには成り得るだけの魔性を秘めている。
そしてどうやらそのステージが変化したようだ。争奪戦に」
「――――」
ミセリコルデ・イヴが目を見開いた。
天使の願望機と聞けば彼女が強い興味を示すのは当然の事だろう。
不完全な願望機なる存在がどれ程の不幸と災厄を撒き散らすかは想像するに難くないが、元より彼女はそれで構わない。
彼女の歪な願いは自分自身ごとこの不都合で不幸なばかりの傷みの世界に慈悲の短剣を振り下ろす事だから――
「イヴ、ステイ」
アルの言葉にミセリコルデ・イヴは無表情を取り繕った。
Baroqueの飼うペットのような天使にはこの場での発言権は無い。
増してや偉大なる盟主の言葉に口等挟もうものなら、最悪ジャック辺りにその頸を飛ばされる――つまりアルは如才なく彼女を制御している。
「それで、盟主様。その願望機とやらはどの位の出力がありますの?」
飼い主はペットの聞きたい事を代わりに尋ねた。
「最低でも主天使級。直截に言えば卿よりその出力は大きいとさえ言える」
「あらあらまあまあ!」
目を丸くしたアルは口元に手を当てて大仰に笑ってみせた。
旧時代の頃から世界に事故的な願望機が生じる事例は幾つも観測されていた。
だが、使徒を上回る程のものと問われれば――その例はかなり限られたものになる。
「天使はそれをコスモスと称した。
東京に展開した座天使がそれを餌に――破滅の遂行を進めようとしている。
そしてK.Y.R.I.E.がそれに対抗の構えを見せている状況だ。
ああ、誤差にしかなるまいが生き残りの人類も比較的数多く巻き込まれているようだ」
「……欲しいな、それ」
正風がぽつりと呟き、Chronos、エルネスト、栄士郎等も頷いた。
一方のアーレリアは「そんなものなくても私がお父様の願望機です!」等と宣うているが、それはさて置き。
強力な願望機は魔力の塊のようなものだ。
或いはそれを研究し、解析する事が叶えばより強大で安定した出力源に昇華する事さえ可能になり得よう。ならばこれはやはり妖刀を鍛えたい正風にも、アンジェを完成させたいChronosにも、エルネストや栄士郎のようなより純粋な研究者にとっても垂涎の品である事は疑う余地も無いのである。
「敢えて伝えたという事は……そういう事になりますかな?」
「卿等が決める事だ。少なくとも私が関与する事はヨハネには記されていない」
ミュンヒハウゼン男爵が問うとディーテリヒは否定も肯定もせずにそう言った。
(人類の可能性を希求する哲学者にとっては、我々もその一部に過ぎませんか)
腹の中で「徹底している」と笑ったミュンヒハウゼンは「どうするべきか?」と面々に尋ねた。
「恐らくは――全員が向かう事は叶いますまい。ベルリンの守りも要る、いや。盟主殿がおれば問題は生じないであろうが。
我々Baroqueが木っ端の露払いに盟主殿を頼るのは沽券に関わる。ならば、コスモスの回収には選抜が要ると思うがどうか」
「私は! 行きません! お父様いませんし!」
「そうであろうなあ」
アーレリアは知れている。
「……私は残ります」
「ほう。魔術家の御令嬢なら興味はありそうなものだが――」
「――少佐はベルリンの守りを私に託されたのです」
「成る程。愚問を詫びる。貴殿は徹頭徹尾親衛隊であったな」
「リセリア以外はあ?」
アレクシアが周りの顔を見渡す。
「あ、先言っとくわね。アタシは勿論参戦希望。
コスモスって最後はどうするか知らないけど、アタシには叶えたい願いがあるからね。
手に入れたら後腐れなくポーカーで決めましょ、ポーカーで」
「イカサマしかしないわよ、この女」
腐れ縁のアイリーンがアレクシアの言葉に水を差す。
「勝った後の事は置いといて、私も行きたいわ。K.Y.R.I.E.って連中に興味があるし……
結構、生き残った人間もゲイムしてるんでしょ? そういうコマちまちま弄って遊ぶの趣味なのよね」
「あ、あの……私達も人類なので、一応人間の方は味方だと思うのですが……」
アイリーンのあんまりな台詞にカロルがおずおずと言うが、
「カロルはまだ大人の遊び方を知らないだけよ」
「そうそう! カロル君はわかってねーですね。
いい女は他人を転がせて何ぼなんですよ。
スオスオみたく。ねえ、愛しのジャック?」
と、宣うアイリーンは気に留めた風も無く、スオルはと言えばカロルを出汁に傍らのジャックに流し目を送って「殺すぞ」とすげなく応対されている。
「私は……お医者さんだから皆の為にも同行したいかな?」
「己はどちらでも良い……と言いたい所だが、座天使か。相手にとって不足はないな」
「つまり、密も極聖も『行きたい』ね」
アレクシアの確認に密は頷き、極聖も「それで良い」と応じた。
「おい」
「……は、はい!」
「丁稚。お前はどうなんだ?」
「……………ええと」
「意見していいって言ってンだ。手間取らすな」
「はい! 勿論、同行させて頂きたいです!」
ジャックは櫂の言葉に肩を竦めた。
「……つまり、何だ。リセリアと人形以外全員行く気満々って事か?」
「傑作が打てそうだしねー」
「人間賛歌が見れそうですしね。無ければ作ればいいだけですし」
「コスモスとやらをワレのアクセサリーにしてやるのも良いかと思ってな」
使徒達の言葉は気楽そのもの。
構成員達も絶望のデスゲーム――命空骸戯を前にしても畏れを微塵も有していない。
ただそれはあくまで彼等の事情であり、それを受け止めねばならぬ東京の事情は全く別物であると言わざるを得まい。
まさに彼等は招かれざる客。
いや、違う。招かれてはいけない客である――
※欧州で何やら動きが起きようとしているようです……








