逐降の夏


 諏訪を包み込んでいた冬が解けて行く。
 天蓋を覆った護りの帳はぱちりと音を立てたままに溶け往き周囲の景色と混ざったか。
 同時に、夜が揺らぎ、凍える風が北より吹き荒れたかと思えばその地に残った雪も夜も何もかもを取り去ってしまっただろう。
「……行ったか」
 呟くレイン・ナイト(r2p005368)は解け行く空へと視線をやった。
 第八熾天使麾下天使の撤退と伊佐々派の撃破。はGraves(r2p008337)と、そう呼ばれた天使イレイサーは次はないとそう言った。
 青年は京都に生を受け、大阪で暮らしていたという。彼は自らが屠るべきあやかしが友であると知ったのだ。その絶望のまにまにその有様さえも変容してしまったのだからはない、としかそう言い切れぬだろう。
 冬風が解けて行くと共に狂い咲いた桜もひらりと地へと落ちていく。冬に佇んだ鹿角らは春と共に散りゆくのだろう。
「アレもまた……寂しかったのかもしれませんね」
 明日見原 真奈未(r2p000455)は、はらはらと消えゆく雪を見つめて、そうつぶやいた。あの呪いもまた……冬に残された、何か悲しくて苦しいものの、そういうものの塊であったのかもしれなかった。
 ――そうして、桜は雨となり大地を潤して湿り気を帯びた風に攫われ、夏の気配をも飲み干した。
「冬が、解けていく……。春が過ぎて、もう、諏訪に夏がくるんだ」
 息を飲む月雲 千星(r2n000150)の傍らには八重と呼ばれた少女の姿があったか。
 ぺたんと地へと座り込んでいたのは愛らしい白縹のワンピースに身を包んだ緋紅の髪をした少女だった。
 八重垣剣、とそう呼ばれる娘は三種の神器そのものだ。彼女の傍でぎゅっと手を握り締めたのはワインオール・クラフトラヴ(r2p004817)か。
「へへ、こういうときって、やったか!? とか言うべきなんですかね?」
「え、え……どうなのかな? でも、そう……やったの。私たちは、あの人が天使として倒される事を選んだから。それを、受け入れた」
 いたいけな少女とは思えぬほどに、大人びた表情を浮かべていたその人の手をクラフトラヴは強く、強く握りしめる。
 霧原 夜宵あのひとは自らが死ぬ理由を作りだしたのだろう。彼女の死で明くる空は眩くて、少し苦しい。
「あ、弥栄ちゃんは」
「八重」
「弥栄ちゃ――アオノちゃん……」
 八尺瓊勾玉のの中でも陽に傾いた夏の気配の少女はじっと八重を見据えていた。
「大祝は、……フナドノサエは」
「……わたしの冬は、打ち倒されたの」
 ふらりと立ち上がった八重が小さな夏の少女を抱きしめた。混じりけのない陰の気配は打ち払われた
 その神秘のすべてを飲み食らう様にして、禍々しき気を喰らうた石薬師 八雲(r2p002610)は「私はを食っただけだ」とそう囁く。
「八尺瓊勾玉は空の器になったのだろう。お前の神格も今は欠片程度。一人の精霊程の力しかない。
 ……けれど、そうしたまでのことはあったんだろう。人々の願いに、応える事が出来た」
「わたし一人ではどうしようもなかった。
 ……皆の、おかげだね。はここに芽生えている。冬が溶け、春が訪れて夏がきた」
 そう微笑んだ八雲の視線の先に、小さな芽があった。
 騒々しい程に、さんざめいた春の野に咲き綻んだ花々を、引き連れて行くように明るく笑う夏が来る。
 そう囁くようにして、地に芽吹いたひとつの芽。新たな命の始まりを予期するそれは能力者達がフナドノサエを喪わぬ様にと、招いた新たな命となったのだろう。
 今しばらくの眠りを終えたならば、きっともう一度かの神はこの地に再誕せしめるだろう。
「大丈夫。諏訪にはもうすぐ夏が来る。……あの冬は遠ざかってくれたから。
 だから、八重も、それにわたしの大切な友達能力者のみんなも行くところがあるんでしょう? 行って」
「でも、それまで私も、此処に残った方が」
「ううん。大丈夫。皆が居る。此処は神が在る場所。道を繋ぐことができるから――」
 諏訪の湖に氷のが作り上げられる。その先に、揺らぐ気配が見えてから八重はぽつねんと呟いた。
「御津那海……」
 ――御津那海。本来の彼女が居たはずの場所。厭離衆の居る
「一人、この道を通り過ぎて行ったの。厭離衆を追いかけて、煙の中をやみくもに走って行った人影」
千鹿ちゃん……!」
 千星が呼べば、アオノはこくりと頷いた。空となった八尺瓊勾玉をそっと千星へと手渡してから彼女は笑う。

「今度は、八重の力になってあげて。千鹿が先行く導となっているはずだから。
 引き裂かれてしまった八重を、どうか、どうか――







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