鏡鳴く誰そ彼にて
店頭に映るテレビに男の人が映りこむ。隻眼の、若い男の人。その人が誰なのか、月雲 千星(r2n000150)は知っていた。
(……ううん、違う)
モニターを見上げる、花蔭 明依(r2n000056)の姿を横目見て、千星は尻尾をゆらりと揺らした。
千星たちは初めて御津那海町に訪れた。此処が何処で、どんな場所なのかを商店街の名前からしか判別できていなかった。
だから、本当なら知らないはずの人だ――なのに、その人の顔に見たことがある。
こびり付くような違和感を振り払うようにして息を吐く。そうして、見上げたモニターに映る人は、やっぱり知る筈のない人だった。
テレビから聞こえてくるその人の声を聴いたことがある。車の使用を控えて欲しい、なんてそんなことをお願いしているその話を聴いたことがある。
声明を聞き終えたら、今度は商店街を歩いて、パフェを見るはずだった。
「……明依ちゃん、あのね」
店頭のサンプルを前にしゃがみこんで、目を輝かせた明依に向けて、千星は声を掛けた。
そんなことをしていると千星たちの前を女子高生2人組が横切って店内へと入っていく。
「なぁに?」
こてんと首を傾いで明依は瞬きを繰り返す。柔らかく微笑む彼女に、千星はキュッと手を結んで小さく深呼吸をした。
今から自分が言おうとしている事があまりにも非現実的だと、分かっていた。
どうして千星は気付いて、目の前の女の子が気づけないのか、その差もよく分からない。
不思議そうにしている明依の手を取って、千星は歩き出した。
「ち、千星ちゃん?」
突然のことに驚いた様子で明依が名前を呼ぶ。その声に、千星はキュッと彼女と繋いだ手に力が籠るのに気づいた。
「……ここなら、いいかな」
どれくらい歩いただろう。公園へと辿り着いて、千星は小さく息を吐いた。
「……明依ちゃん」
くるりと振り返る――こてんと首を傾げる明依が本当に不思議そうにしていた。
「……えっとね、あたし、今から変なことを言うと思うの」
「変なこと? 何でも言ってみて」
微笑む明依に、千星はまた大きく息を吸って、吐いた。
その時、不意に思い出したのは、諏訪で遭遇した厭離衆と名乗る終末論者の人が言っていた言葉だった。
「……滅びは至り、形を結んだ。半端な形で留まり、廻っている」
ぽそりと、あの人に言われた事をそう呟いたら、明依はきょとんとした顔をした。
「えへへ、前に諏訪で戦った厭離衆の人がそう言っていたの、思い出したの。
あのね、あたし達、同じ時間を繰り返してるみたい」
深呼吸を繰り返してから、千星は笑って誤魔化すようにしてそう言った。
目の前に居る明依以外、知らない人ばかりのはずの町、知り合いなんている筈もなかったのに。
モニターに映っていた廻月本家のご当主様の姿と、顔。それを見ている明依の横顔。
千星たちを横切ってお店に入って行った女子高生たちも。それ以外の、色々な物にちらほらと見覚えがあった。
それは既視感としか呼べないような、ほんの些細な違和感でしかなかった。でも、その積み重ねは間違いなく千星たちが何度もそれを見ていることを証明している。
「……そっか」
不思議そうにしていた明依が、不意に目を細めて笑った。
「ご、ごめんね。変なこと言って……」
「ううん、違うの。言ってくれてありがとう」
ふるふると顔を振って否定した明依のサイドテールがひらひらと揺れる姿に何だかほっと安堵の息を吐いた。
「明依ちゃんは、気づいてた?」
「ううん、全然。気付いてなかったよ。でも、ふふ、千星ちゃんはそうだって思うんだよね?
だったらきっとそうよ、千星ちゃんがそんな嘘を吐くなんて思えないもの」
くすりと笑ってそう言った明依が鉄製のアーチに腰を掛けた。
「……でも、私がループに気づかなくて、千星ちゃんがループに気づけたのなら、何か違いがあるのかもね」
私と、貴女と、違いは何だろう――そんな風に明依が笑った。
「あたしと、明依ちゃんの……違い?」
こてんと首を傾げた千星に、「そう」と明依は重ねて頷く。
「きっと、私達は何かが違うの。
此処がずっとループしてるのなら、きっとその違いが此処から抜け出すきっかけかヒントになる筈」
「あたしと、明依ちゃんの違い――」
ぽつりとそう呟いて――きゅっと杖を握る。
目を閉じて考えてみて、けれど分からなくて――ぞくっと背筋に嫌な気配があった。
振り返らないといけないのに振り返ったらいけない――そんな気がした。
今にも千星を殺そうとでもいうような、殺意の気配。恐ろしい筈のその気配にさえも、何故か身に覚えがあった。
「千星ちゃん?」
そんなふうに千星を呼ぶ明依の声がした。
こくんと頷いてから、千星は勇気を振り絞り、ぎゅっと目をつぶったまま勢いよく振り返った。
「夜刀、神、様……」
黒く渦巻く呪詛がそこに在った。蛇の形をしたそれの頭には角が生えている。
それは千星の母方が祀り続けてきた神の名前――見るものを必ず殺すという祟り神。
その瞳が千星を真っすぐに射抜いている。まるで我の巫女のくせに繰り返しの中に逃げるなとでも言うように。
神様に刻まれた目印、執念は繰り返し程度で逃がしてやくれないのだろう。
「千星ちゃん!」
鋭く叫ぶ明依の声がして、はっと、我に返る。深呼吸をしたらそこには何もいなかった。
「神様があたしたちを見ているの、かも」
それは呪詛であっても祝福であっても、神霊達に見られている事にはきっと、変わらない。
「神様達が? ふふ、そっか。それなら、納得かも。私にとって、神霊も精霊も妖怪も向こう側にお帰り頂く相手から」
明依がそう言って笑って、何処かを見ながら刀を抜いた。繰り返しの一日、終わりが近づいてきている。
※――花蔭明依、月雲千星は御津那海町の何処かに居るようです。






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