それはまるで、昨日のような
「おかえり、結斗」
刻陽学園大学付属病院の病室で、逢坂 純(r2n000078)はそう言った。
穏やかな微笑みを浮かべた純はトレジャーバローでの喪失を心配した兄に念のために検査を受けるようにと無理やりにでも大学病院に診察へと向かわされたのだろう。
バイタル的な問題はなく、早々に解放された純が待っていたのは拐かされ、東京へと連れ出されていた石動 結斗(r2n000024)その人だった。
「……ただいま、純。大変だったって?」
「それは、結斗も。だいじょうぶ、だった?」
「……どうかな」
自分の肉体の事を言えば、きっと問題はない。けれど、己の心情的な部分に触れれば――言葉が濁る。
俯いた結斗は「美夢」とぽつねんと呟いた。
「そう、ウィリアムの術式で命を繋いでた美夢は、みんなのお陰で命を繋いだ。
けど、それでもしばらくは入院になるって聞いてたんだけど……姿が見えなくって……」
「ぼく、美夢、会ったよ。結斗より、先に検査終わったみたいで」
「じゃあ、何処に――」
純は困ったように笑ってから「どうしても、行きたいところがあるって」とそう言った。
じっと眠って何ていられなかった。
あのまま、彼と共に死ぬはずだった。ずっと、ウィリアムの腕の中でおしまいにするのが夢だったから。
――宝物が生きていてくれたら、それでよかった。
きっと、少しだけ後ろ髪が引かれた。「ママ」と笑ってくれるあの光に、愛おしい一番の星に。
貴女に妖精の祝福なんてなくても、この世界で一番に愛するべきは貴女だと分かってしまっていたから。
「ウィリアムの腕の中でそのまま眠るのだとそう言っていたのに、待たせてしまう事になったわね」
美夢・ペンスフォード(r2n000053)は小さく笑った。
きっと、彼が居なければこの命の灯は疾うに尽きていた。
これまでソフィーリアを見守れたのも、彼のお陰で。彼がくれた幸せが、美夢にとっての全てだったのに。
「……ごめんなさい」
出会ったことが間違いだったのだろうか。
ウィリアムは、ひょっとして娘が産まれなければ生きていられた?
もしそうだと言われたって、美夢には後悔はなかった。当初の理由はどうあれども、ソフィーリアと出会えた事だけは否定したくはなかったからだ。
「何となく、ここに来てしまったけれど、桜の時期じゃないものね」
美夢は刻陽学園中等部の生徒会室に立っていた。旧刻陽大学附属中学校の生徒会室と同じ間取り、同じような窓。
大破局のほんの前、2024年度の入学式の準備に追われていた頃をふと、思い出す。
「わっ、すっごい桜だよ! 見て、美夢ちゃん! 桜の花びら掴んだらお願い叶うそうだよ!」「わあ、本当だね。夏帆ちゃん、待って。落ちちゃう。落ちちゃうから。落ちちゃ駄目だよ? 危ない」
桜を掴もうと手を伸ばす忍海 夏帆(r2n000020)が明るく楽しげに笑っている。
相変わらずの様子の彼女に「落ちるぜー」と声をかけた神寺 一弥(r2n000019)は菓子を齧りながら呆れたか。
「ていうか、忍海。おい、庶務しろ。庶務。こっちに任せんな」
「あはは、仕事はみんなで頑張ればいいし桜が綺麗なのも本当だし、良いんじゃないかな? 楽しんでも」
「後で、書類どっかやったとか叫ぶのお前だろ、嘉神」
嘉神 ハク(r2n000008)はぱちくりと瞬いてから可笑しそうに笑う。
「助けてね、一弥君」
「……やれやれ過ぎる、全く」
「あ、夏帆。本当に落ち―――――」
中学生の頃の、淡く優しい時間
あの頃は漠然と未来にずっとずっと、続いていくと思っていた。誰も欠けずに高校生になって、大学はどうしようと話すのだと。
水泳部だった夏帆が看護師になりたいと笑ったことも、教師になりたいとそう言ったハクも。
将来とか分からなすぎるぜとぼやきながらテキストと睨めっこをしていた一弥だって。
どんな大人になるんだろうなんて考える事もない位、その時を精一杯に生きていていた筈なのに。
「……不思議ね。あの頃の私達は、こんな大人になるなんて、考えても居なかった。
ねえ、ウィリアム。私、帰って来ちゃったみたい。
……ここから、夏帆ちゃんがいなくなって、手を取ってくれた貴方も居なくなってしまって。
結斗やソフィーリアは生きていてくれるけれど、メイちゃんは主天使で、ハク君も今、戦場なのよ。
私って置いて行かれる側だったのね」
ぼやいた美夢はそっと窓辺に手をやった。桜の季節にはまだ遠い、ひんやりとした窓枠をゆっくりと指先で撫でる。
「私――……」
唇を僅かに動かしてから、美夢はゆっくりと振り返った。
静かに開かれた扉の向こうにはあの頃からは随分と変わった彼の姿がある。
どちらも、きっと待っている方になってしまった、私達。
「……お帰り」
「ただいま、一弥君」
※イラストオプションに『祇化』が実装されました。(用語説明:呪創/祇化)









