今は夢見ぬ始発点


 色とりどり、四季折々の花々が咲き誇る相模原の地。分厚い濃霧の中に閉ざされたその湖の中を天使達はゆるりと羽ばたく。
「――ねぇ、せんせ。聞きました? 東京のこと。
 わたくし達の後輩は第九熾天使派の方々がやっておられる儀式(ゲイム)を順調に勝ち抜いておられるようですわ」
 黒交じりの赤髪をした天使カコは愛おし気に傍らの天使を見つめて首を傾いだ。その姿は異形と呼ぶにふさわしい。
 全身は機械で作られ、頭部と四肢を除いたならばその前身の殆どは骨だけに見えた。機械ゆえか、表情は変わらず微笑みばかりが口元に浮かべられている。
「ほう? 彼女から零れ落ちたあの破片に手が届かんとしているのか、それは面白い事だな」
 顎の下を撫でて感嘆の息を吐いたのは花冠を思わす天冠の男である。褐色の肌に色素の抜け落ちたような灰色の髪が映えた。
 切れ長の双眸に宿る甘い色の瞳で鋭く見つめられてカコはぞくぞくしながら鉄面皮のような顔に分からぬ程度の笑みを崩す。
「でもきっと、わたくし達との戦いはまだ先ですわ。
 今はまだ予選に過ぎず、あと一つの決戦を経たならば漸く決勝戦が始まるというのです。
 そうして、きっと、それが終わった頃。たくさんの戦いを経験して、力を着けたK.Y.R.I.E.とわたくし達は戦うことになるというのです! 恐ろしいですわ!」
「あぁ、なるほど? 第五熾天使派との戦いを潜り抜けた彼らは更に力を付けるということか。
 しかし、此度も潜り抜けるだろうな、今回で直接熾天使と戦うわけでもあるまい。
 戦うならば、コスモスを抱える姫君か、はたまたあの胡乱で真面目なゲイムマスターか。いずれにせよ、そのぐらいは倒せねばな」
 くつくつと笑って男は笑おう。カタルモイと呼ばれる東京での儀式は男にとっても興味深いものだった。
 歪な願望器。それを手にするためK.Y.R.I.E.は必死になって戦うだろう。矮小な天使でも瞬くうちに主天使へと昇らせる出力を秘めた卵である。 
 あれが熾天使の力の破片だと知ったならば、そんなものを人間以外の勢力に奪われてしまうことは何としてでも避けたいはずだった。
「せんせも最初は欲しがっておられましたわよね? もうあれは要らないんですの?」
「要らん。あれは一介の天使には身に余るものだ。あの無垢な幼子がどのような経緯であれを手に入れたかは知らないが、俺達が扱いきれるものではないだろう」
「まあ……そうですわね、そうなったらわたくしったら暴走してしまうかも……それは嫌ですわね。
 わたくしはせんせの為に在るのですもの。せんせの為にならぬというのならばわたくしなんて不要なものですわ!」
 顔色一つを変えずに天使は身震いしてみせる。それは暴走する恐怖というよりも隣にいる彼の役に立てない事への恐怖であろうか。
「あぁ、感謝しているとも。どうあれ、東京での戦いが彼ら全てにとって望みうる形となったなら、次は相模原に矛先は向くだろう。主天使よりも強い程度であった第五熾天使を撃退し、あの卵を守る主天使、あるいは座天使を討ち果たしたならば。
 その時に相対するK.Y.R.I.E.は実に興味深い相手だ。そうでなくては我々も研究のし甲斐がないというもの」
 先生と呼ばれて、天使は緩やかに薄らと笑みを刻む。
 その顔を見てカコは頬に手を添えてふっと視線を逸らす。たまに見せるその顔が好きだった。
「うーん、全てが終わったなら、東京を見てみたいところですけれど、そんな暇はきっとありませんわね? 少しばかり前に鎌倉で見かけた能力者が湖を渡ってるのを見かけましたの。もしかしたら声を聞かれたかもしれませんわね?」
 どこか詰まらなさそうに、そう言った鉄面皮の女は溜息を吐く。
「ねぇ、せんせ? 全然話は変わってしまうのですけれど、わたくしったら、あの日の夢を見なくなったようですのよ。
 わたくし達が天使に成ってしまった日、いつもと変わらない日々の終わってしまったあの日の夢」
「む?」
 こてりと首を傾げてそう呟いたカコに男は眉を吊り上げる。
「何でしたか? ラウェルナ? 以前にあの花の研究をしていた頃ですわ。あの頃からすっかりとあの夢を見なくなりましたわ」
「ほう……ならばあの日の夢をあの花に奪われたのだろう」
「まあ! 大変! せんせとの逢瀬の日々ですのよ! まさか奪われてしまっただなんて……」
「逢瀬か……今もこうして二人でこの花の中を歩いているのだから、一つぐらい奪われても構うまい」
「むぅ、せんせは乙女心が分かっておられませんわね! こういうのは全部がほしいのですわ! ひとつとて奪われてしまうなんて悲しいですわ!」
 むすっとしたようにも見える顔でカコはそう続ける。それに男は「そういうものか」と呟いた。
「だったら探しに行くか? それならば付き合おう」
「ふふふ! そう言って頂けると嬉しいですわ。でも、確か今はあの花の群生地を魔女が占拠しておりましたよね? たしか、コトネ、とかいう……」
「そうであったな。あまり大っぴらに我々が魔女と関わっていると知られる理由もない」
「あーあ、面倒ですけれど、仕方がありませんわね……それがドロス市の魔女達との約束ですもの」
「諦めろ、東城……お前は一つとして奪われて悲しいと言ったが、これから新しい逢瀬を作ればよかろう」
「まあ、せんせったら……ふふふ、仕方ありませんわね! そんなにわたくしと新しい思い出を作りたいとおっしゃるなら!」
 嬉しそうにくねってから大きく羽ばたいたカコに男が続く。
「あーあ、あの日の思い出ったら、誰に奪われてしまうのでしょうね」



※イラストオプションに『祇化』が実装されました。(用語説明:呪創/祇化)








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