破滅の日 - 新夜食堂
暖かな火を灯せるわけではない。穏やかな日常を過ごせるわけではない。
ただ、当たり前を当たり前に過ごす事が何よりも尊いことを知っていただけだ。
世界的恐慌。即ちは後の世で『
ほがらかなごちそうさまは聞こえない――けれど、確かに生きていくだけの備えがあった。
『新夜食堂』には非常食に水、カセットコンロ、毛布、市販薬と災害用の備えが揃えられていた。
その地にたったったと軽快な足取りでやってきた少女は「わぁぁ、とって大きいワンちゃんなのだわっ?」とぱちくりと瞬いて。
「あ、ええと……ごめんなさい? 中に入っても大丈夫かしら」
「あぁ……君は茉奈さん、かな? ここまでよく無事だったね……よかったよ。中にはあの子たちがいるよ。どうぞ」
混乱の市街地を駆けてやってきた天宮城 茉奈(r2p000173)は疲弊を滲ませながらも新夜食堂へと招き入れられる。
周辺を隈無く見回すのはこの食堂の元店長の新夜 太羊(r2p002858)か。緊張に冷ややかな声を漏す新夜 ミツキ(r2p001391)と彼女の無事に安堵して飛び付いた新夜 カルト(r2p001035)。
此れだけのことが起こったのだから、生きて再会できたことを喜ぶのは頷ける。
「おはようございます、門司司といいます。カルトさんとミツキさんはご無事でしょうか?」
恐る恐る斗問い掛けた門司 司(r2p001053)は幼くも見えるその姿で周辺を警戒するように見回していた。
誰かと話すことが出来る。そして、食事と睡眠を安心してとる事が出来るのは何にも変えがたい。
『勤務先』から抜け出したJoe・Canary(r2p000948)は野戦服に身に纏い「皆さんご無事ですか?」と店の戸を叩いた。
「ジョーさん!! 良かった~! カルトもミツキちゃんも、茉奈ちゃんも……無事、だよ」
無事。その言葉を口にしながらもカルトはこの現状を安全無事だと言えるのだろうかとも考えた。
それは命があると言うことだ。茉奈にとって悍ましすぎる記憶は消し去れるものではない。
――お父さんってば魔法使いだったみたいなのっ。
お父さんが今日の深夜帯の時間に教えてくれたの、お母さんもそうなんだってっ!
――私、後ろから怪物が来ているのわからなくて……お父さんが私をたすけてくれて。
まっかになっちゃった おかあさんをさがしなさいって。
突如として苦しみ呻く彼女に起こる変化も、この世界の在り方もカルトにも司にも分からない。
俄に騒がしくなった店内にひょこりと顔を出したチャラオ(r2p001925)は何かに酷く怯えているようだった。
「ウェイウェイ!」
たいへんなのじゃん、と彼は言った。居たる所に翼を生やした『天使』の存在が散見されているのだ。
慌てて告げるチャラオ。そして外は『怖い物』で溢れていると告げたのは土御門 筅(r2p001619)であったか。
「数は多いけど弱い相手で助かって……キミたちは、外に出てはいけないよ」
それが神秘という存在を知っているか否か。その違いだ。
茉奈を一瞥し、カルトは『もしも』の時を思った。
――もしも。
もしも、茉奈が『怖い物』になってしまったら?
外を蔓延る翼の人々。それが人の成れの果てであったなら?
(もし、もし茉奈ちゃんが天使になって襲ってきたら――
そうなったら、筅くんが茉奈ちゃんを殺してくれ。そうお願いするの? こんなに優しい人に……?)
カルトの血の気が引いた。カルトちゃんと呼ぶミツキの声も遠い。
踏込むこともなく、深追いもしない――出来ない――筅は「もし、もし、また此処に来れたら……稲荷寿司を、頼むよ」とそう静かに言った。
だから、どうか生きていて。
誰も彼も、これ以上傷付かずに。
筅にはすべてを守りきれる自信はない。すべてを守りきれる者は存在して居ない。
ただ、両手の届く範囲だけでも救うことが出来たならば。そう考えずには居られなかった。
カセットコンロがかちり、と音を立てる。沸かした湯と、少しの携行食糧。
それから、籠城戦となった嘗ては人々の笑いで賑わったこの場所は、今は絶望の只中であった。
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