貴方に訪れる、当たり前ではない4月2日
空が白んで、やがて青い空が見えた。
遠くに浮かぶ灰色のものは、雲だろうか。
多分、ちがうのだろう。それは、今身近から上がっているものと――生命の痕跡が燃える灰色の煙なのだろう。
4月2日の朝は、思いのほか静かだった。
昨日の夜のように、悲鳴も、なにかひどい音も、思ったほどに聞こえてはこない。
それはたぶん、『悲鳴を上げるものが随分と減ってしまったから』だということを、生き残った誰もが身を以って理解していた。
昨日の昼、笑顔で別れた友の姿が見えない。
昨日の夜、良い夢を願ってお休みをいった家族の行方が知れない。
今日の朝、助けを求めて走っていた誰かの末路は知りたくもない。
明日はどうなっている? そんな先の事なんで、もう誰にもわからない。
もう、誰にも、誰にも、この先の事なんて言葉にはできない。
事態は全く、未知の状況に叩き込まれていた。
空より現れた無数の、まったく正体不明の敵性存在は、当然のように深夜の人類街を蹂躙し、ほんの数時間、夜明けまでの数時間で、まったくずいぶんの人間を殺害し続けている。
今も変わらない。
今日、貴方が目を覚ました時に聞こえたのは、きっと遠くの方から聞こえる、聞いた覚えのないものだ。たたたん、とか、だぁん、とか、そういう、意外と軽くて響く音は、おそらくあなたが生涯聞くことはなかったであろう、銃声という非日常の音に間違いない。
銃声が聞こえるということであれば、どこかで誰かが、あの怪物たちと戦っているのだろう。
マリィ・ニールセン(r2n000016)は、それでも元気いっぱいに歩いている。初めて手にした真剣は、思いのほか重かった。1日の深夜に、まるで呼ばれるような気がして向かった家の近所の骨とう品店から、やむなく拝借した日本刀だった。
にこにこと笑っている。こういう時は、元気な笑顔でいるのがいい、とマリィは思う。日本には、言霊という文化があるらしい。マリィはそれが好きだった。弱気なことをいったら、きっとそれが本当のことになってしまうから、元気で前向きで、望むべきそれを言葉にした方が、マリィも楽しいし、きっと周りの皆も勇気づけられるのだと思った。
「だから、きっと、だいじょうぶ、です!」
ぐ、と真剣を手にして、笑った。
大丈夫、と言葉にすれば、なんだか大丈夫な気がした。あの時、戦ったみんなとはバラバラになってしまった……けれど、でも、きっとみんな元気でいてくれるはずだと、そう信じていた。
空を見上げると、なにか鳥のようなものが飛んでいた。それが、一瞬友達のように見えて、それでも確認する間もなくどこかに消えていってしまったから、マリィはなんだかひどく悲しくなった。
天使が飛んでいる。空を。
天使が歩いている。大地を。
その化け物を天使と呼んだのはだれか。
その醜悪なる怪物たちを天使と呼んだのは誰か。
いつしかその怪物たちを、誰もが天使と呼んでいた。名前なんてどうでもよかったのだろう。ただ、共通認識として天使という呼び名が、気づけば誰にも広がっていた。
天使が飛ぶ空。
天使が行く先。そこに。
横浜市南部、とあるビジネスホテル。
そこではまさに、激しい戦闘の音、そして黒煙と悲鳴、怒号が響き渡っている。
最前線、であった。
およそ日本という国において、表立って行われるはずのないことが、今ここでまさに始まっていた。
「通せとは言わない。
通る」
古多恵 花見(r2p000256)が抜き放った刃が、光が走ったかのような刹那の内に、地を這う白い怪物を切り伏せた。斬。一刀のそれ。
「うわぁぁあああ!! ぶつかるぅぅぅう!?」
悲鳴とともに、自転車に乗った中湊咲 氷慧(r2p001706)人影が天使の群れを突っ切った。いや、ひき殺して、吹き飛ばして、進む。やがて自転車はぐちゃぐちゃになった化け物のクッションにぶつかって、その運命を共にした。
「ああ、セキトバが流石にこれじゃ使い物にならんで」
ライダーはぴんぴんとした様子だが。いずれにしても、ビジネスホテルを包囲していた天使の群れに、ここに一本筋、道ができたのは事実だ。
「んー、花見がいるってことはあ、つかさのいたとこ、ここでいいのかあ。じゃあ、全力出していいよね……」
二星 亜希(r2p000001)が妖艶に笑って見せると、その手にしたハルバードを、まるで棒きれでもふるうかのように持ち上げて、たたきつけた。巻き起こる暴風はまるで怪物の腕のごとく天使をとらえ、そのダウンフォースを以って大地へとたたきつける――。
「地上班、餌だよ!」
笑う亜希、地に次々とたたきつけられる天使を踏みつけ、そのこめかみに銃弾をたたきつけるのは、 一代 社(r2p001589)である。その周囲を舞うドローンは、猪市 鍵子(r2p000636)のそれだ。
「支援、ありがと」
「まぁ、これくらいしかできることないからね!」
社の言葉に、鍵子は笑った。
「ううん、良い支援!」
拳を振るい、たたきつける。それだけで、天使たちが粉砕される。亜門 明百花(r2p001561)が見上げるビジネスホテルの窓からは、階下の戦いにおびえた目を向ける人々が見えた。
その恐怖は、誰に向けてのそれか。天使か。戦う人々か。それともすべてか。
いや、いずれにしても、戦えるものはここで戦うしかなかった。何もわからぬまま、しかし降りかかる火の粉を払おうとあがく人たちは、確かに、ここに存在していた。
「今は何も考えるな」
玄羽 辰弥(r2p000528)もまた、そういう。
「なすべきことをなせ。それでいい」
「指定座標に到着。友軍の存在を確認、――及び、支援行動を受信。
情報に感謝。攻撃行動を開始する」
ナナ・シドール(r2p001063)が静かに声を上げ、戦場にその身を投じる。ヒリュウ・シルバー(r2p000116)もまた、ゆっくりと剣を抜き放ち、姿勢を低く、戦場を疾走った。
「友達がここにいる。
ならば――」
勇気を抱け。恐怖を打ち消せ。
走れ――今は、戦いの中を。
「トリアエズ、ナギハラウカ」
久雲 陽子(r2p000019)が、その口腔から灼熱を吐き出すと、燃えるを超越して天使たちが融解した。べちゃり、と溶けて地にしみていく天使たちの残骸を睨みつけながら、陽子が雄たけびを上げる。
「……陽子さん、たすかり、ました」
そんな陽子の背に乗っていた北靈院 命(r2p000308)が懐から抜いた符を振りかぶれば、陽子のはなった炎をさらに強烈に巻き上げ、火炎旋風となったそれが上空の天使を飲み込み、そして高く高く上がるのろしのようにもなった。
「ここに、つかさちゃんがいるんだったら……!」
やるしかない。鉄パイプを手に握りしめて、伊部谷 純(r2p002651)が天使へと踊りかかった。ぐちゃり、という生き物を殴り殺す感触にも、もう慣れそうになっている事実は、しかしそんなものを嘆いていられる状況ではない。それは幸か、それとも不幸であったか。
「まったく、きりがないわね……!」
角材で天使を殴り殺しながら、銀・プロフィア(r2p000692)が声を上げる。人類の反撃、それはあまりにも小さく、天使の数はあまりにも多い。
「……だが、ここに数が集う分、他所の安全は保障される。後は私達で狩ればいい」
ヒトク(r2p002892)が当然のように言うのへ、島風型駆逐艦 一番艦 島風(r2p001632)は、
「同意」
当然だと言わんばかりにうなづいて見せた。ビオウ(r2p000231)は言葉を紡ぐことなく、ただ天使の殲滅にのみ注力している。
「それに、良い餌場だ」
玖威 良秀(r2p000566)が、にぃ、と笑う。
「教えてやる。蜘蛛の狩りを」
リーラ・ツヴァング(r2p000085)が静かにそういう。
敵の数は多い。
しかし……。
貴方達は、まだあきらめてはいない。
「まだ、助けは来るはずよ」
水上 有紗(r2p002725)がそういうのへ、天宮 彩香(r2p000679)は刃を構えてうなづいた。
「全部、たたっきる!」
「試射がこんな大舞台とはね……。
行くよ。7thフェアリー、レディ」
夕凪 沙良(r2p000739)の言葉を合図に。戦士たちは、戦場へと疾駆する。
……人類の黄昏は始まったばかりだろう。
ただ、人類はまだ、諦観していなかった。
それが、どれほどはかなく、微力なものであったとしても――。
4月2日が始まる。
これが、あなたの、あたらしい、最初の日常だ。
※4月2日が始まりました。
……残念ながら、現実は『嘘』ではありませんでした。
※――『何か』が襲来しました! 全国各地でパニックが急増しています!