
潜むは鬼か蛇か天の使いか
「箱根での戦い、お疲れさまでした皆さん」
嘉神 ハク(r2n000008)は先の戦いの戦勝を祝うものだ。
箱根攻略戦、オペレーション・ダウンタワーは成功に終わった。
同時に行われた周辺のオベリスク掃討も多数のレイヴンズの尽力によって想像以上の戦果を残す事が出来た。箱根周りの土地に関しては天使から完全に開放したと言ってもいいだろう。小田原の終末論者勢力に関してもなんとか抑え込む事は出来た。そして――
「幾つかの報告によると、敵勢力は更に西……
つまり富士山方面に撤退した、という事です。鎌倉の襲撃事件の時も西側へ退いた動きを確認していましたが、富士山が本拠という事なのでしょうか」
「断言はしかねますが、恐らくそうでしょうね。
連中とはここまで何度か交戦してきましたが……
ここからは、より危険性が高まるかと。決戦も近いかもしれません」
続け様、O.R.A.C.L.E(r2n000101)がモニターを指し示せば簡易な地図が表示される。
マシロの位置。鎌倉、そして箱根……その地点にK.Y.R.I.E.のマークが示され、されどその更に西――富士山には『Enemy Base』なる文字が刻まれていた。
遂にここまで来たか、と思う反面。気になる事がない訳でもない。
「箱根じゃ、あのミハイルっていう天使がいたって話だろ――
俺が出張った所では会わなかったけどよ。
まさか……あの主天使級が今回の黒幕、って事なのか?」
その気になる点が一つを告げるは来栖 正孝(r2n000072)である。
――そう。箱根では主天使の存在が確認されたのだ。
崩天のミハイル。いや彼自体は少し前、挨拶とやらで一部のレイヴンズへの接触があった報告がなされていた。だから存在自体が完全に意外であった訳ではないが――しかし。箱根での戦いに姿を見せたという事は……
「……いえ、どうにもそういう訳ではなさそうという事でした。
実際にミハイルを目撃した戦場からの報告になりますが。
同地点に存在した力天使バルトロとは消極的な協力に見えた、と」
「もしもミハイル=黒幕であるのなら動きが鈍い理由がありませんね。無関係か偶然、という事でしょうか?」
「流石に偶然って事はないだろうが……まぁいずれにしてもやっぱりキナ臭いもんだな。西に引き込まれてるって言う可能性もあると見られてるんだろ? それに……小田原の終末論者も倒し切った訳じゃあない」
が。ハクとO.R.A.C.L.Eはその可能性を否定する。
ミハイルが黒幕にしてはおかしい点があるのだ。戦場の動きもそうだし、そもそも面と向かって敵対するなら、かつての挨拶もする意味がどこにあったのか……?
顎に手を当て正孝は思い悩もう。
順調だ。K.Y.R.I.E.の作戦は順調の筈だ――が。
靄がかかったように見えぬ黒幕の影はどうしても気になってしまう。
それに小田原の終末論者達も未だ健在であり、いつか対処しなければならないだろう。
箱根を制圧し、K.Y.R.I.E.の勢力圏も広がっている。だが広がれば広がる程マシロからは遠ざかり、天使の領域へ深く入り込む事になってしまうのもまた事実だ。ここで一端地盤を固めるのも良いのではないかと思う――
「……しかし『時間を掛ける』事が最善とは限りません」
瞬間。ハクの顔には苦々し気な感情の色が浮かんでいた。
「天使達が我々を狙っているのは確かです。
横須賀のラファエラや鎌倉の先代とは明確に違う目的で彼らは動いている。
ならばその脅威がいつかマシロへと襲い掛かって来る事も……確かでしょう。
時間は、はたして我々の味方なのでしょうか?
マシロを護るという意味でも――我々は更に西に進む必要があるかと」
不安が全くないか、と言われれば決してそんな事は無い。
むしろ戦いに赴くレイヴンズの安全を重要視したいのがハクの本音だ。
――だが。止まればより事態の悪化が生じうるのではないか、ともK.Y.R.I.E.では目されている。あの包囲殲滅されんとした鎌倉の危機は尋常ではなかった。敵の急な撤退がなければどれ程の被害が最終的に出ていた事か――
鎌倉で跳ね除け。箱根で勝利を得たが。
しかし未だ、彼らと雌雄を決する勢いで打ち破れている訳ではないのだ。
人類は忘れてはならない。天使の脅威を。
彼らをマシロに近付けさせる訳にはいかないのだ。
「……もし立ち止まれば敵が態勢を整える時間にもなる、か。次は富士山に?」
「はい。と、言いたい所ですが……富士山に近付く前に街が一つあります」
「御殿場か」
「ええ。敵も易々とは富士山に近付けさせないでしょう。
御殿場付近でまた攻防戦が行われる事が想定されます」
故に改めて進むことをK.Y.R.I.E.は計画している。
箱根からの更なる西進。富士偵察作戦だ。
――しかし道中には御殿場市がある。天使も確認されており、接敵が予見されよう。
「小田原の勢力も考えると箱根自体を空には出来ません。
防衛を置きつつ、偵察・調査を行うと言った形になるかと」
「ま、確かに最低でも調査は必要だろうな」
「十分な警戒の上、なんとか成し遂げたい所ですね……今回も、皆で無事に」
O.R.A.C.L.Eはモニターの地図、御殿場付近に『Battle Phase』を追記するものだ。
富士山が敵の本拠であるのなら、そろそろ敵も本腰を入れてくる事だろう。
さて……ならば鬼が出るか蛇が出るか、それとも天の使いか。
なんとも楽とは言えぬ状況が続くものだ。
(……この事態。あの市長ならなんて言うかねぇ)
ふと。正孝は思考を巡らすものだ。
この場に優秀である彼はいないが……さて、もしいればなんと述べただろうか。
――私は皆さんの事をいつだって期待していますよ。ええ、本当にね。
そんな言を、紡いだろうか。
……涼介・マクスウェル(r2n000002)の抱く思惑はともあれ。
富士方面の偵察作戦が――迫っていた。