
エンドレス・ゲイム
「益体も無く、思い出す事もあるものですね」
夜のマシロ市を眺めながら、涼介・マクスウェル(r2n000002)は少し昔の事を思い出して溜息を吐いた。
ビルの屋上から見渡す街の灯りは一度は絶えかけた人類がまだそこにあるという確かな証明であり、自己主張のようにも思えた。
かつて自身が一顧だにしなかったあの世界の人々もこんな風に生きていたのだろうか?
そんなささやかな疑問はあったとしても、悪魔は別に後悔はしない。
否。完全な合理性に僅かばかりの愛着を含んだこの街の行く先についても、彼は最重要視する心算は無い。
涼介の条件提示は人類の存続ではない。
ましてや幸福等ではもっとない。
天使の駆逐ではない。世界の救済でもない。
到底叶わぬ、抗い得ぬこの終局に最善を与える事のみだ。
そして、その素晴らしいギフトはサービスの先渡しという形で既に人類に与えている。
「投資した以上、返して貰いたいものですからね」
では翻って。涼介が受け取りたいものとは果たして何か。
言うまでも無い。
――彼が求めているのはマリアテレサ・グレイヴメアリーのみである。
マシロ市も、この世界の人類も自身と同等の責務を負わねばならぬ事は当然である。
仮に自身がこの場所を見限るとしたならば、それは人類が涼介との契約を満たし得ぬと判断された場合に限るのだから、却って話はフェアだとも思う。
詰まる所、人類はマリアテレサを破る為の剣盾にならねばならぬ。
最終的に得るものとリスク、どちらが勝るかは知れないが――黄昏の人類は藁に縋らねばもう死んでいたのだから選択の余地等あるまい。
「我ながら悪魔にしては――
――ええ。願いを叶えぬ恩恵無き神にしては思い切った譲歩をしたものですが」
涼介は心の底からそう信じている。
(……しかし、マリアテレサは厄介だ)
あの世界が滅びた時、刃を交わした涼介は事実を誰より良く知っていた。
恐らく此の世にマリアテレサとやり合って生き残った者等自身しか居ないのだから断言出来よう。
――どうですか、教授。直接マリアテレサを御覧になって。
――どうもこうもないな。マクスウェル、貴様の危惧は正解のようだぞ?
奴は所謂一つのNULLだ。つまり最悪という意味になる。
(アレとの対決の本質に根差す問題はただの強さではない。
単純な暴力ならば私も、あのバルタザールでも。或いは或る程度匹敵するかも知れないが……)
最大の問題がそこではない事は明白であり、同時にそれは涼介が今回マシロ市を育てるプランを選んだ理由でもある。
何れにせよ満願叶えばマリアテレサへの切り札と成り得るかも知れないK.Y.R.I.E.は現状の涼介にとって興味の対象に他ならない。
「ならば少しは甘やかすのも合理的だ」と彼は自身のマシロ市へのスタンスを肯定した。
彼には不似合いに、そこには僅かばかりの言い訳があった事は否めないが……
(そう言えばマリアテレサも存外にマシロ市の逗留を楽しんでおりましたね)
二十九年も瞬く刹那。涼介はその時を永きとは捉えない。
されど、マリアテレサと同様にこの男も他者と強く関わった経験が少ない事も影響はしているかも知れない。
「やはり、どうにも益体も無い」
涼介は少しだけマシロ市に肩入れしてしまった自身の思考に苦笑いをした。
契約は契約だ。あくまで彼等は責務を果たさねばならない。
そういう意味では彼の邪眼が見据える彼方――アレクシス・アハスヴェールは最初の相手として丁度いい。
「まさか、この程度の相手で躓くような事はありませんよねえ?」
いや、アーカディア・イレヴンは手強い相手だ。様々な事情で弱体化しているとは言えアレクシス・アハスヴェールはこれまでの相手とは文字通りレベルが違う。
しかし、それでも。涼介の求むる剣は運命を打ち砕く可能性の獣である。
ならば状況が絶望的である程に――いや、程々に絶望的であるのが最も都合が良いのは確実だ。
「この程度は自力で超えて貰わないと。
本当に期待しておりますからね、皆さんには」
夏の夜風が前髪を微かに揺らした。
眼を閉じた涼介はこの街も最近見知った人類も案外気に入っていたけれど――
彼は勿論やがて到るであろうマシロ市史上最悪最大の決戦に手を貸す心算等毛頭ない。
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