ある少女達のメランコリア


「ご機嫌よう。耳にしたとは思いますけれど。……との事です。
 私達は選択を為ねばなりません。恐怖と呼ぶ濤声が手招きをする洞に飛び込むべきであるか、どうかを」
 ――それは、彼女達が富士に赴く前の話である。
 K.Y.R.I.E.司令室ではOperation『Lost Arcadia V』が発動し、緊急対応が開始されている。
 マシロ市に存在する山百合館は男子禁制とされた由緒正しきミッション系の女子寮である。
 そのを身に纏った朝機 楪(r2n000188)は共に茶を楽しんで居た二人の生徒を眺めては嘆息する。
「恐ろしい話ではありませんか。……海より深き誓いは、私達が命を蔑ろにせぬようにと結びついた真綿のリボン。
 その指輪を部屋へと置き去りにして、死地へと向かわねばならぬのです。
 ……ねえ、ユエルさん。さゆはさんとは共に行くのでしょう? 帰宅だけを祈らせて貰っても?」
「ええ、有り難う。ゆず。……親愛なる我が友人、楪。
 そう心配そうな顔をしないで。幼稚舎の頃から貴女はいつだって心配性だったもの」
 困った顔をした九陽 ユエル(r2p005304)はの艶やかな柘榴色の瞳を覗き込んだ。
 いつも寂しげな顔をして居る彼女は特定のを得ては居ない。だが、山百合の模範生としておのれを律し過ごしてきた事をユエルは知っていた。
「けれど――」
「大丈夫だよ。ゆず。怖いことばかりだけど、今から暗く沈んでいたら何も出来なくなっちゃう。
 折角のクッキーだって味わえないよ? 今日はゆずの為にって用意したんでしょ、ラズベリーのクッキー」
 朗らかに笑いかけたラフィ・A=F・マリスノア(r2n000017)を真っ直ぐに見詰めてから楪は少し照れ臭そうに視線を降ろした。
「もう、食いしん坊のようには言わないで」
「食いしん坊でしょう。ふふ、まさか皆の憧れる白百合の楪お姉様がラズベリーのクッキーとオランジェットに目がないなんてね」
 揶揄うようにラフィがころころと笑えば、楪はくすりと小さく笑った。
 射干玉の髪がさらりと揺らぐ。テーブルの上には小さな百合の水晶が飾られていただろう。
 それをそっと白い手袋の指先で撫でた楪が目を伏せる。
「私は誓います」
 彼女の言葉と共に百合の周辺に淡いホワイトサボンの香りが漂った。
「私は誓います」
 ユエルの指先が百合を撫でる。桜の様にひらひらと魔力が散る。
「私は誓います」
 ラフィの指先が百合を撫でた。ふわりと眩い光が広がって、ゆっくりと霧散する。
「ふふ、こんな小さな頃に教えて貰ったおまじないを今更するだなんて思っても居なかったわ。
 ねえ、ユエルさん。ラフィさん。それに、ええ……明依さんも紫珠香さんも。
 貴女達は、いつだって軽やかに走って行ってしまうから、どうか怪我などしないようにね」
「勿論」
「それに、ミミさんやアクアさん、茉奈さんも行くのでしょう。緋色さんは藍華さんと一緒ならば心配はないかもしれないけれど。
 ……チトセさんやライカさんだって戦場に行ってしまう。
 いいえ、それだけではないわ。いつだって、無茶をするさくらさんやくるみさんだって――」
「ゆず」
「心配性でごめんなさい。けれど、私、またこのガーデンで皆さんと楽しいお茶会がしたいわ。だから、これは細やかなおまじないと致しましょう」

 ――私は誓います。私達は誓います。
   あの美しき百合のように、咲き誇り、決して散ることはないと。

 囂々と音を立てる山を眺めながらも楪は顔を上げた。火山灰を払うように指先を動かして息を呑む。
 出立前のことを思い出してしまった。幾人かの寮生とは顔を合せたけれど、楪はマシロ市に戻る気にもなれず、前衛基地近くで待ち惚けるように佇んでいたのだ。
「……お約束、しましたもの」
 共にお茶会を。そんな約束をしたのはルベリィ・ウィシーズ(r2p000545)や花喰 依葩(r2p000077)、冬終 苹果(r2p005500)とだっただろう。
 きっと旧友達は富士にまでやってきて茶会の席を設けそうな勢いでその地に佇む楪を見れば笑ってくれるのだ。
「美しき白百合よ。どうか、どうか、友の無事のしらせを私にくださらないかしら――」
 彼女は願う。何もかもが極光の向こう側に隠されてしまうかも知れない苦しみを取り除いて欲しいと。
 彼女は祈る。伸びゆく月影の向こう側に、が笑って居る未来を。

 ――ねえ、心配性ねって笑って下さるかしら?



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