祈りと願いと朱け色の空


 廃墟と化した聖堂の中から外を見れば、赤らんだ空をバックにした小田原の天守が目に映る。
 その赤が夕焼け色であるのか、あるいは御殿場に起こる霊峰の噴火の余波であるのだろう。
 天守に張り付くように在る繭の脈動は止まず、溢れる気配は日に日に増している。
 悪意のけだものとも呼ばれるなにか。そこから生まれる数多が何を作るのか、ルイシーナも理解していた。
「シスター・ヒルダは何と言っていただろうか」
を御殿場に向けるとのことです」
「……時はそうないというわけか」
 目隠しを巻いた修道女の答え、青色の瞳を伏せて息を吐く。
 御殿場にて繰り広げられる第五熾天使とK.Y.R.I.E.の闘争は続いている。
 終鐘教会はきっと、第五熾天使の動きに合わせて動くだろう。
「……全く、怪異狩りが聞いて呆れるな」
 口をついて出た言葉は思ったよりもずっと自嘲を含んでいる。
 小田原城天守閣にある繭は、かつてならば討たねばならなかったものそのものだろう。

 ――我らは戦士である。人世を保つが為、そうでなくてはならない。
   我らは殺戮者である。人世を保つが為、そうでなくてはならない。
   死が我らを別つならば、我らはその死の為に祈らねばならない。

 ――されど、我らは主に憐れみを求めない。
   故に、我らはたとえそれが敵であろうと、死後の眠りは安らかであれと祈ることができる。
   我らは主の為ではなく、人の世を保つが為に殺戮者であるのだから、我らの為に祈るのだ。

 骨の髄までしみ込んだ教義は今だって忘れていない。
 討ち果たすべき側の天使になっても、それは変わりはしない。

 力を持たないただの人間でしかなかった。
 昨日まで寝食を共にしていた友人が骸に成り果てる。
 骸が残ってくれればまだいい方――そんな場所で、私は一緒に戦う力さえない一人だった。
 それが倒すべき存在イレイサーに成り果てたからこそ力を手に入れるなど、なんという皮肉か。
 憧れたあの人は今の私を見て、何を思ったのだろうか。
 殺し叱ってくれるあの人と同じ色の髪と瞳になっても、結局、私は私のままだった。
「同胞は皆、この町を出たな」
 想い馳せそうになるのを堪えて、瞼をあげて問いかける。
 こくと応じたのはほんの僅かばかりの人数、この地に残った戦士たち。
 皆が皆、この地に骨を埋める事を決めた者の目をしている。
「私は再会の約束をした。人としての死を齎されるのだとも。
 あぁ……本当にそれがもらえるのだとしたら――戦士として、私は戦いたいと思ってしまった」
 組織の一員として、敵となった人達を殺すことだってあった。
 それはかつての同胞であったことだってあった。それが組織としてやるべきことだった。
 己に与えられるのは化け物の死だと、諦めた事だった。
「それに――『天使と人間の共存』を掲げるこの町が滅びゆくのは忍びない」
 その理念は、ルイシーナ達の教会のそれとも近しいものだ。
 故にこそ、この町の在り方が終わってしまうというのなら。
 この町の在り方が終わってしまうというのなら。
 あの繭に潜むものが戦場に解き放たれるというのなら。
「我らは主の為ではなく、我らの為に祈るものだ。だが今日この時ばかりは彼らの為に祈ろう」
 悪意のけだものと共に生きようという人々の為に――

 崩れた聖堂に集う天使と修道者達は鳳城 朱魅(r2n000184)にとっての最後の戦友となるのだろう。
 此処で死ぬと決めた人達、彼らが何を想い今を生きているのか、朱魅は知らない。
 眩しいくらいに目を細めてそれを見て、ふと感じた脈動に視線を移す。此の地を護るために作られる繭。
「あはっ☆ 今日も良く育ってるねぃ……」
 から這い出ようとするものが何であるのか、朱魅は何となく理解していた。
「……それでが見るものはなんだろう?」
 朱色の目を細めて微笑んで、朱魅はこてりと首を傾ぐ。随分と遠い場所にまでやってきてしまったと思う。

 戦う術を持っていなかった一人の女の子、それがあたしだった。
 その他大勢のままで戦う人達のことを支えるのが自分に出来ることだと思っていた。
 戦えない人達が戦える人達にどれだけ祈りを籠めているのかをあたしは知っていた。
 戦えない人達が戦える人達にどれだけの夢を託しているのかをあたしは知っていた。

 でも、あたしは戦うための力を手に入れた。
 だからあたしは、あたし達らしく生きていけるように支えてくれる人達の為に戦うのを当然だと思っていた。
 命の遣り取りをするのは怖くて、終わった後に圧し掛かる命の重さが怖くて。
 マリア様にお祈りしても、清廉にあろうとしても、怖さは隠せなくて。
 それでも、後ろにいる人達の顔が浮かぶから、あたしは頑張れた。
 頑張って頑張って――どうしようもないところで、気付いたら天使になっていた。
 大切な友達のところにもう一度顔を出すなんて出来なくなった
 言われるままに作った妹分ドージェにお別れだって言えなかった。
 マシロ市の繁華街で肉まんを買い食いすることも、羽カフェの新商品を楽しみにすることも。
 新しい洋服やコスメだって、買いに行くことはもう出来ない。
 出て行ってしまった最推しの顔を見れたけれど。
 その代わりに捨ててしまった全部が、きっとずっと大切だった。

「ふふ、羨ましいねぃ」
 笑みを溢して、あたしは笑う。
 今を今のままに生きていけるあなた達が羨ましい。
 誰かと一緒にお茶をしたり、当たり前におしゃれしたり、そんな風に生きていけるなんて羨ましい。
 勉強も、遊びも、戦いも、全部全部ひっくるめて、青春だった。それが今も出来るあなた達が羨ましい。
「――もう少しだけ時間がほしいなぁ……なんて。ふふ、きっと無理だよねぃ」
 脈動する繭の中身が育つには時間が無くて――だからきっと、此れから起こるのはどうしようもないくらいに殺し合いだ。

 ――だからね、お願い。きっとを殺しに来てね?

 誰に言うでもなく、あたしは心の中で呟いて、アタシの仮面をつけて笑おう。
 それで、アタシは天使らしくあなた達の邪魔をするよ。

 だから――この祈りおねがいぐらい、どうか叶いますように。


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