空虚の中に残されたもの


 ――どんなものにも終わりはある。
 目の前の光景に、誰かがそんな言葉を思い出す。
 フェルエナは輝きに呑まれ消えた。
 ジルデは歌に見送られ逝った。
 嗚呼、それと比べれば。
 物語に満ちたそれらの最後に比べれば、この男の終わりは

 消えていく。
 永遠に続くかと思われた戦場の音を静寂が塗り替えていく。
 静かに、儚い幻か何かであったかのように。
 消えていく。
 ルーン兵が、溶けるようにその姿を消していく。
「……終わり、だな」
「ええ。私たちの勝ちよ」
 『芳桃丸』白塚 無黒(r2p000110)と『我が身を滅ぼす博愛』鵜来巣 未明(r2p000774)が、視線で互いの健闘を称え合う。
 厳しい戦いだった。
 無限の如く増えていくルーン兵はそれだけで脅威であり、それを統率する『カオスルーン』フィフス・アイレーン(r2n000199)は間違いなく強敵だった。
 だが、それでも勝ったのだ。
「見たでしょ? フィフス。これが私たちの証明。ひっくり返せない差なんてない。超えられない壁なんてない。ええ、まずは一人、ギャフンと言わせてやったわ!」
 当然のように、答えなどあるはずはない。
 けれど硝子の靴を脱ぎ捨てた未明の一歩は、確かに力強く踏み出されて。
「……これが盲信の果て。きっとあの男は……いえ、今更なのだわ」
 『奇跡を希い追う』ミラー・松庭=レーツェル(r2p001529)は、フィフスの最後を思う。
 あの男は結局、今際の際までアレクシスへの信仰を手放すことはなかった。
「少しではあるが、分かる気はするよ」
 無黒からしてみれば、怨念の如き強い想いも執着も身近なものだ。
 だから、決して愚かだなどとは言わない。
「可哀想な男だった」
「きっとそうね。あの人自身がきっと、人形だったのだわ」
「名前の通り、のルーン巨兵に過ぎなかったのだろうさ。術式に奴自身が組み込まれていたのが、その証拠だ」
 事実、フィフスの死と共にこの巨大術式は崩壊した。
 自分ですら部品だとしか思っていなかったのだろうと、『看取りの堕とした影法師』繕命 行時(r2p004787)はそう確信していた。
「……せやな。きっとあいつにとって、自分もアタシらも……全部チェスの駒に過ぎんかったんや」
 だからフィフスは敗れたのだ。
 『黒薔薇の竜』ナタリア・トゥオーノ(r2p000741)は、心の底からそう思う。
 背負う想いはただ信仰のみ。それ以外の全てが同じに見えるのであれば、何と空しいことだろうか?
 フィフスはきっと、何処までも空っぽな男だったのだ。
 嗚呼、そうだ。
 だからナタリアは此処まで生き永らえてきた。
 人間の光を示し、それが幻ではないと証明してみせた。
(九頭龍大神……)
 この戦場を睥睨していた小さな蛇の幻影は、変わらずそこにいる。
 一瞬、視線が合った気がして。思わずナタリアは楓瑤(r2p007121)と顔を見合わせた。
 まさか、と。そんな想いを共有したかったのかもしれない。
「今……九頭龍様と目が合いましたよね?」
「せやな。せやけど……」
 それは肯定的な意味だったのだろうか?
 きっとそうであると信じたい。
 この戦場に九頭龍大神が介入してくることはなかったし、何かを伝えてくることもなかった。
 それでも。きっと聞こえていると信じて楓瑤は祈る。
「……九頭龍様。私たちは勝ちました。貴方の……お眼鏡に、叶いましたか?」
 きっとそうであると信じたい。
 だからこそ、あの小さな蛇の幻影は未だ此処に居るのだと。
 ……そう、戦いはまだ終わっていない。
 フィフスが倒れ、ルーン兵が消えてもそれはまだ全ての終わりには程遠く。
 けれど、確かに変わったこともある。それは、例えば一人の少女の周囲を飛び回る、見覚えのあり過ぎる輝きたち。
「あれ? Luciaさん。それって、もしかして……!」
「……そのようね」
 『誰が為の祈り』Lucia Afrania(r2p000218)は『色紙使い』来那人辻 檀(r2p007193)に、なんとも複雑そうな声を返す。
「あ、でも! さっき程の力は残ってないみたい! 兄様ならもっと分かるかな?」
「どうであるにせよ。死で縁は途切れない、ということかしらね……」
 フィフスは最後に言った。
 呪いあれ、と。
 であれば、これもまたフィフスの残したなのだろうか?
 Luciaの周囲を飛ぶルーンの群れは何も語ることはない。
 ただ、形だけを残すそれは……もう居ない、空っぽな男の生き方にも似ていた。

⛄ウィンターボイス2025⛄

シーズンテーマノベル『鶫は鳴いていたか』

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