もう一つの結末
幾度目か。驚いた顔をしたミハイルへの追撃はそこで留まらなかった。
――オン・ヴァルナヤ・ソワカ
神火清明、神水清明、神風清明、神心清明。祓戸の大神達、祓い給え清め給う
佐久那太理に落ち多岐つ、早川の瀬に坐す瀬織津比売
「――大海原に持出でば、遺る罪は総て在らじ!」
桜花水天・天叢雲――あの日の敗北の砂を噛み締めて、今一度力を得た悠月の術式が宿敵を撃つ。
(――一瞬で良い。例え一瞬でも崩せれば、あの足を止められたなら!)
カルラと一葉が一撃を叩き込む間を導ける可能性を創り出せたなら!
龍を成す水の神威が――その顎がミハイルの全身を見事に捉えた。
「――俺を、俺達を見ろ。崩天のミハイル!」
限界を超えて届かぬ明日へ。
悠月の龍に乗るように全身全霊で吠えた一葉が師匠には遠く及ばぬ――まがいものの切っ先を閃かせた。
(今この瞬間だけで良い!
俺は常識に反逆する、あの人の剣を継いだ事に意味があったと証明する為に!
命を天秤に賭ける事も構わない。怖いのは――)
――この意地が振るわぬ侭折れる、それだけだ!
銀閃・夢想天――即ち天獄。
未完の夢想天をさらに昇華した剣戟、嵐はミハイルの防御を完全に突破し、無数の傷を彼に刻んだ。
「……最高だな、おい。前菜ってレベル、今超えたぜ」
事これに到り、初めてと言っていい。
表情が歪んでいる。ハッキリとダメージを受けている。
ミハイルの表情から薄笑いが完全に消え、目と歯を剥いた彼はレイヴンズを遊び相手以上の強敵と認識していた。
――だから。
レイヴンズとミハイルの戦いは次の瞬間に決定的な結末を要求していた。
共にリターン・マッチを望んだ華月がミハイルの間合いを奪う形で身を沈めたカルラをじっと見つめていた。
「――やっちまえ」
短い言葉には大いなる万感が篭り、そして。
「あああああああああああああああああああ!!!」
裂帛の気合を吐き、己が獣性を完全に剝き出しにしたカルラは全てを賭けて何もかもを解放した。
(――我が友、一ノ瀬正明! 君は幸運だ!
あんなにも素晴らしい弟子が、現代に君の剣を蘇らせた!
嗚呼、君は実に幸運だ。私も、君の友も! 今、この一撃を君に捧げようと云うのだから!)
カルラの右拳が有り得ざる神秘を集約した。
それは在りし日に彼女が望み――世界最強が目を細めた破壊の概念そのものだ。
「ミハイル! アレクシスなど見るな! 私を――私だけを見ろ!」
――熱烈なラヴレターはあの日の続き。
伸びた一撃をミハイルは。
ミハイルは右の爪で防御した。
それは紙一重。だが、今だ遠い薄紙一枚。
「ホントによ――」
強烈な衝撃が烈風となり渦を巻く。
出し尽くしたカルラの一方で凶相に微笑さえ浮かべたミハイルは至上の親しみさえ込めて呟いた。
「――殺さずにゃ、いられねえよ。アンタ達みてーな最高なの」
「光栄だ」
同じく微笑ったカルラの目の前で大爪が開いた。
誰が声を上げるより先に――
「――浮気性」
――ステラの小さな声が喧騒の静寂という二律相反を破壊していた。
ミハイルの爪がその瞬間、動かない。
間一髪、転がるように一葉が動けない彼女を押し倒し、直後に大爪がカルラの影だけを握り潰していた。
「そんなに構って欲しいとは知らなかったぜ?」
「また格好つけてるじゃないですか、伊達男」
ステラの細い指先は、その力は――まるで嫉妬深い乙女のように刹那の数秒を縛る楔となっていた。
「そんなだから――ほしうらないは十二位です」
「……………」
「ねぇ、ミハイル」
ステラは言った。
「……ミハイル、貴方が『もう十分』と思ったなら……それを狂わせるのが私達の役目です。
忘れないで下さい。貴方を倒すのは私達で……アレクシスを倒すのも同じくです。
発破を掛けたのが貴方なら……いっそ道中、ご一緒させてくださいよ……?」
「――――」
冗談かそれとも本気か。
予想外のステラの言葉にミハイルは一瞬だけ逡巡し、直後に。
「嫌だね」
と、人好きのする笑顔に戻って言った。
「……?」
毒気の抜けたかのような彼は左耳から飾りを外し、それをステラに放り投げる。
「次の機会に返しに来いよ」
言葉は一方的。
ミハイルは強烈な衝撃波で纏わりつくレイヴンズを吹き飛ばし、今度こそ彼方へと飛び去った。
死力を出し尽くしたレイヴンズにそれを止める術は無く、しかして。
「……また会えるかな……? いや、今度はもっと付き合って貰わないとだね!」
(……うわあ)
「燃えてきた」
呆れる絵空にも構わず、カルラは満身創痍のまま寝転がって崩れない天を見る――
※レイヴンズによるミハイル追撃が成果を上げた模様です……!

