花咲くように


 空が燃えていた。
 霊峰富士の噴火の光は遠目に見てもそう見えた。時代が時代であれば霊耀とでも言われたであろうその色は、人々に不安を齎した。
 されど人は、前を向くもの。時折空を見上げ、まだ戦いに幕が降りぬことも最前線で戦う仲間が帰って来るかどうかに不安を覚えるけれど、K.Y.R.I.E.の能力者たちはみな仲間たちを信じていた。前線で大きな怪我をしても、必ず傷を癒やしに、補給をしに、此処へ戻って来る。
「――ねねちゃん先生、前線へ出ていた皆さんのお戻りです!」
 オト(r2p000740)に呼ばれ、ネネフェミリア・ラーワビステル(r2n000096)が振り返る。
 此処は、御殿場に幾つかあるK.Y.R.I.E.の簡易拠点のひとつ。花守館の生徒が主に使用しているそこで負傷者の手当に従事していたネネフェミリアは、オトの声がした方向へとパタパタと駆けていく。
(……笑顔でいなくては)
 花守の子たちのことも、刻陽学園の生徒たちのことも――知り合ってくれた全ての人のことを思えば心が千々に裂かれてしまいそうだけれど、皆が不安を感じないようにいつも笑顔を心がける。
「おかえりなさいですよぉ!」
「ただいま、ねねちゃん先生」
「ネネ先生、帰ったよ」
 怪我の有無やその状態を確認し、汚れや駄目になった装備を受け取るオトの側に居た斧束 自(r2p002018)と素木 都織(r2p005456)がネネフェミリアを見て瞳を細める。前線へと出る者たちはどうしたって煤で汚れてしまったりするものだから、お湯で濡らしたタオルでネネフェミリアはふたりの頬を拭った。
「おふたりとも、酷い怪我はなさそうで良かったです!」
 それでも細かな傷や蓄積した疲労はあるから、オトが癒やしの雨を呼ぶ優しい歌を謳う。ふたりのためだけでなく、前線から今帰ってきたばかりの仲間たちが癒やされるように。
「戦況はどうでしょう」
 偵察や足自慢の仲間たちが点と点を繋ぐように拠点間を行き交って情報を伝えてくれてはいるが、前線に関わることに一等詳しいのは前線に出た者たちだ。
 前線から戻った者たちからの報告を聞くのも、拠点を預かる者たちの役目のひとつだ。纏めた情報を各拠点へと伝えたり、もっと後方の箱根やマシロ市のK.Y.R.I.E.本部へ報告せねばならない。
「……大変だけど、まだ」
「うん。負けてはいないし、負ける気もないから」
 天使たちが飛び交う戦場を、この世で考えうる最悪を集めたような戦場を目にしてきたふたりの瞳は、負けていない。辛くても苦しくても背中を預けてくれる仲間たちがいて、互いに支え合って皆よく戦っている。
 脆弱な生き物と人間を侮ることなかれ。手を取り合うことを知っている人間たちは互いの足りない所を補いながらも前を向く。誰かが怪我をして拠点やもっと後方へと下がったとしても、その穴を埋められるようにと能力者たちは備えている。
 ふたりの表情を見て、ネネフェミリアが淡く笑む。
 皆の心が負けなければ、きっと大丈夫だ。
「あ、そうそう。ママからお弁当の差し入れも来ていますからねぇ」
「わあ、うれしい!」
「お母さんのお弁当は冷めても美味しいんだよね」
 手当を受けていた自と都織の表情が明るくなる。こんな時だからこそ、長く戦いが続くからこそ、レイヴンズたちには心からの笑顔ストレス緩和が必要だ。
 マシロ市から離れられない寮母(r2n000095)は、皆が帰る場所マシロ市を守りながらも前線の花守の子寮生たちのことを思っている。冷たいものばかりを口にしなくていいようにと材料を簡易拠点へ送ってはネネフェミリアが調理をし、前線へ出てる間の食事は携帯食料になりがちだからと拠点へ戻って来るであろうタイミングにお弁当も送ってくれる。最近の物資の中には寒さ対策用の編み物まで入っていた。
 マシロ市を護る者たちも、重傷を癒やす者たちも、みんなみんな、前線に立つ仲間たちのことを思っている。

「みんなでお家に帰りましょうねぇ」

 そう、帰るのだ。
 マシロ市へ、帰るべき場所へ。
 だから、誰も欠けてはいけない。
 そのために祈ることが必要ならば、ネネフェミリアは祈ることを惜しまない。想って想って、想い続ける。祈る余裕もないくらい前線ですり減り続ける仲間たちの分も。
「きっときっと、大丈夫ですよぉ」
 心配も、怖いことも、分け合えば小さくなる。だから大丈夫。
 で微笑んで、小さな先生は皆の不安に寄り添い続けるのだ。



⛄ウィンターボイス2025⛄

シーズンテーマノベル『鶫は鳴いていたか』

🎄クリスマスピンナップ2053🎄